第百三話
「クーア、ちょっと広げて持っていてくれ」
「へっ?」
クーアにバクのローブを持たせ、ラッテの方を向けて広げさせる。そのままイオリのドアのところへ移動した。
「それさえあれば、どんな魔法も防げる。防衛は任せたぞ」
「ちょっ、ちょっと! あたしのこと盾にするのっ!」
「キールの為だ。頼む」
「だからって、さっきまでキスしようとしてた相手に……ああー! もおおおおおおおおーーーっ!」
気合が入った牛の鳴き真似を披露しながら、クーアはラッテやイオリが向けてくる攻撃魔法をローブで跳ね返し始めた。
しかし魔法を使われている間ならまだいいが、ラッテに接近されて殴られでもしたら負ける。拳という武器を防ぐには、ローブでは心もとなさすぎる。急がなければ。
クーアに背中を任せて、私はイオリの根元にあるドアの解錠にとりかかった。術式の途中で何度もつっかかりながらもなんとか最後まで魔力が流れ、かちりと金属音がして鍵が開く。
「クーア、行くぞ!」
「ひゃあっ!」
クーアの二の腕をひっつかんで、ドアの向こうへと滑り込んだ。
瞬間、体が浮く。
ドアのすぐ向こうは下り階段だった。細い階段が闇のただなかへと伸びている。こんなところを転がり落ちたら、無事では済まない。
クーアの悲鳴を聞きながら使うのは、浮遊魔術だ。魔法の発動がなんとか間に合って、私たちは段差に叩きつけられるのをなんとか防げた。
だが一息ついている間もない。ラッテがこちらへ走ってくる姿が見える。
素早くドアを閉め、鍵をかける。ついでに魔法でも施錠した。時間がまったく取れなかったから日記帳の鍵くらいにしかならない最低限の魔法だが、少しだけならラッテの足止めになると信じておく。
クーアを抱え直し、照明魔術の光球を持たせる。そのまま滑るように階段を下りきると、そこにもドアがあった。鍵はついていたが、さっき上で開けたのと同じものだ。さっさと開けて中に入り、再び施錠する。
「エル!」
部屋に入ると、私を呼ぶ懐かしい声がした。閉ざされたドアの向こうで、子供の姿の私を見てすぐに私だと分かる者。そんなのは、ひとりしかいない。
「キール!」
その名を叫びながら、私は室内へと振り返った。
照明魔術の光が浮かび上がらせる場所。そこは寂しい部屋だった。窓もない部屋の中はイオリのものと思しき木の根がはびこり、あるものといえば中央にたたえられ小さな泉と、天井から入り込んだ木の根で編まれた大きな鳥籠くらいである。
「クーア、ドアの番は任せてもいいか?」
「仕方ないわね」
言うほどむくれた様子もないクーアにそのうちラッテが来るドアの見張りを任せて、室内を進む。
ぶらりとぶら下がっている鳥籠。それを作る木の根の隙間から、金色が見えた。ハルピュイアの翼の色だ。ついでに照明魔術の光がこぼれている。
「やっぱりエルだ! 来てくれるって信じてたんだ!」
ハルピュイアの明るすぎる性格をよく表現した金色の短い癖毛の少年が、私を見て表情を輝かせた。照明魔術の光球を抱えているこいつこそ、キールだ。子供服は支給されなかったのか、見慣れた緑色の旅装束を着ている。ただしサイズがまったく合っていないので、服はずるずるのだぼだぼだが。
「キール、ずいぶんと洒落た鳥籠に入っているな。どうした」
「どうしたもこうしたもあるか。廃墟見学をしていたらいつの間にか、このとおりだよ。ラッテとかいうメイドに死体相手に歌うように言われて、何日も過ごしてたんだ」
キールが指したのは、部屋の中央にある小さな泉だ。近寄ってみれば、くしゃくしゃに丸められたなにかが転がっている。
拾い上げて広げると、それは人ひとり分の皮とでもいうようなものだった。
水色の髪に、同じく水色の肌。ウンディーネの外見特徴そのままだ。これがリヴィーで間違いない。
ウンディーネは死後速やかに水に溶けて消え、循環し、また清流から生まれる。だが閉じられた空間である魔術空間では、ウンディーネが還るべき本来の自然は存在していない。だからリヴィーは死体として皮が残ってしまったのだと考えられた。
「頼むエル、ここ開けてくれ。抜け出ようとすると雷撃が飛んできて、出られないんだ。俺の力じゃ羽根一枚貫通させるのがやっとだったよ」
「それでおまえの羽根はぼろぼろだったわけか。待ってろ」
リヴィーの死体を泉の中に戻し、キールが閉じ込められている鳥籠に近づく。
イオリが根を動かさなかったのは、キールを捕まえていたからだったのか。逃げようとすると飛んでくる雷撃はともかくとして、鳥籠自体はどう開けよう。
ラッテが食事を出し入れするときはイオリが根を動かすのだと考えられるが、さすがに私が普通に頼んでもイオリは開けてくれるわけがない。
「エル、早く!」
切羽詰まった声にクーアの方を向けば、彼女は必死にドアを押さえていた。鍵を開けたラッテが中に入ってこようとしている。大人と子供だから、その体が持つ筋力の差は歴然だ。
仕方ない。
私としてはあまり手荒な方法は取りたくないのだが、本当に仕方ないのだ。
「……えい」
鳥籠を形成している根に、魔法で火を点ける。
火のついた根が、ひゅっと天井の穴に引っ込んだ。
同時に「ぬあー!」なんてイオリの悲鳴がかすかに聞こえてくる。
生きているやつに火をつけるのはどうかと思うが、先にキールを酷い目に遭わせたのはイオリとラッテだ。心を鬼にして、次々と根に火を点ける。三本ほど根を燃やされて、イオリもこれ以上はたまらんと思ったようだ。残っていた根が全て天井の穴に引っ込み、羽ばたきそこねたキールがぼとっと床に落ちた。
それに合わせるかのように、ついにドアが突破されてクーアが倒れ込む。
「エェェルクラァァァトォォォォ……!」
ドアを開け放ったラッテは、怒りに満ちていた。どう見ても間違いない。呻くように私の名を呼び、部屋の出口を塞ぐように立ちはだかり、両手で特大の雷球を織り上げている様を見て「いやまだ怒るというほどでもなかろう」とはならない。
「ははっ! やっぱりおまえは人を怒らせるのがうまいな!」
ずっと捕まってはいたものの食事をきちんと摂っていたおかげか、キールは軽口を叩くくらいの元気があった。
「褒めてもらえて嬉しいよ」
久々に再会した友人に、形ばかりの礼を述べる。
キールをこんな目に遭わされて怒りたいのはラッテよりもこちらの方だが、他者を監禁するような輩にそんなことを言っても通じるわけがない。そういったやつらは、自分勝手な理由だけで動いているのだ。他者の心情なんて関係ない。




