第百二話
イオリへの質問をわくわく考える私の隣で、私より早くクーアが口を開いた。
「ちょっと、モテないからって八つ当たりしないでくれる? 見苦しいんだけど」
クーアはまるで小動物のように愛らしいが、その態度はとても大きい。私と手を繋いだまま、彼女はイオリを見据えている。
シンプルなクーアの言葉は、ただ手を繋いでいた私たちの姿に嫉妬するイオリを煽るには充分だった。
「この小娘が! うるさいわ! 吾輩だって好きで非モテに甘んじているわけではない!」
イオリの無数の枝が軋みながら人の腕のように折れ曲がり、その先端に青白い雷光を浮かび上がらせる。しかし感じられる魔力の量はそこまで大きくない。
この程度なら、あれでもやるか。
クーアに預けていたバクのローブを受け取り、反射魔法をかけ、イオリが織り上げている最中の魔法と同じ属性を対象とする。
イオリが放った雷撃魔法に合わせて、魔法のコーティングできらりと光るローブを思い切り振る。私たちを狙って放たれた無数の細い雷撃はローブに跳ね返されて、
「へぶあっ!」
イオリのでかい顔面を直撃した。
私は平和な時代に生まれたので戦闘は不得手だが、うまくいった。先祖が遺してくれた記憶の遺産に、心の中で感謝する。
「どうしたイオリ。この城の城主たるおまえの力はその程度か? ははあ、さてはおまえ、同化したドリアードにも嫌われてるな?」
「うるさい小僧! 綺麗な顔してるからって調子に乗るな!」
なんとなく口にした言葉は、イオリの心をぶすりと突き刺したようだ。
ドリアードだって攻撃魔法が向かってきたら、その結果イオリに協力する形になろうとも身を守ろうと防御するはずだ。その様子がないからまさかとは思ったが、本当に嫌われていたとは。イオリは精霊の心を離れさせる才能にも溢れている。
まあ、もしかしたらドリアードは、もう消滅した可能性もあるが。こんなやつと同化するくらいならと体を明け渡して消滅を選んだかもしれないドリアードについて想像を巡らせたら、心が痛んだ。
イオリがわめきながらびゅんびゅん細い雷撃を放ってくる。しかし何発放たれたとしても威力が低いのだから、反射魔法で簡単に打ち返せた。
最初こそ祭りの的当てのようにイオリの顔面を狙ってそれなりに楽しんでいたのだが、別に景品がもらえるわけでもないので次第に飽きてくる。
「それで? ドリアードにも嫌われて、リヴィーも死んでしまって、おまえはここでなにをしていたんだ?」
「リヴィーは死んでなどいない! 眠っているだけだ!」
目から樹液を流して半べそをかいていたイオリが、小さな子供のように叫ぶ。
城に閉じ込められて早々に飢餓状態に陥ったリヴィーが、約八十年経った今も生きていると考えるのは無理がある。
だがそこはどうでもいい。
私たちはキールを見つけて、ここを脱出したいだけだ。
そう思っていたのだが。
「拉致監禁して餓死させてそれでも眠ってるだけって言い張るとか、気持ち悪い……」
クーアが呟いたど正論すぎる言葉が、イオリに深く突き刺さった。
「……うるさいうるさいうるさいうるさい! おまえらみたいながさつな精神のやつに、吾輩の苦悩は分かるまい! 吾輩はただリヴィーと静かに暮らしていたいだけだったのに、それなのに! なにもかもうまくいかない! あああああ!」
「リヴィーは一度でもきみを見てくれたのか?」
イオリの攻撃も止んだので、素直に気になったことを訊いてみる。
「そういうことは訊くな小僧! おまえには優しさというものはないのか!」
樹液をべたべた流して泣くイオリに怒られた。
「手を繋いだ経験でも訊くべきだったか。すまなかったよ」
「黙れえええええ!」
イオリが枝をぶんぶん振り回しながら泣く。ドリアードは根も自在に動かせるはずだから地面から飛び出してくるかと少しばかり警戒するが、その気配はない。イオリは木としてずっと立ち続けている間に、足という存在を忘れてしまったのかもしれなかった。
そんなことを考える私の前で、イオリがみっともなく泣き喚く。
「そういうおまえだってどうせ手を繋ぐくらいしかできないんだろうか! この小僧っ子が!」
「お望みとあらばキスのひとつでもしてみせようか。なあ、クーア?」
「そうね……えっ?」
クーアの了承も得られたので、彼女が被っているフードの中に手を入れて、その白い頬に掌で触れる。ふわふわ柔らかくて、ほんのり温かい。
「えっ、ちょっ、ちょっと待ってエル! あたしまだ心の準備がっ」
「問題ない。任せてくれ」
クーアはちょっとがさつなところがあるしやかましいが、その分肝が据わっている……と思っていたのだが、なにやらおろおろしている。繋いでる彼女の手が汗ばんできた。
「私とでは嫌か?」
ギヴンにも私たちの関係をはっきり言わなかったクーアだ。もしかしたらあれは魔法のせいで記憶が薄れていたのではなく、心変わりの予兆だったのかもしれない。
もしそうならそうだとはっきり言ってくれた方が、彼女に無理強いをして傷つけずに済む。
そう思い、クーアに問うてみる。
「そんなことはないけど、でも、あの」
若干震えた声で、彼女は私を受け入れてくれた。
「安心しろ。優しくするから」
「えっ、ええっ、あのっ、なんかそれは、えっと、そのっ」
お互いの唇が近づく。
私たちの間にあるわずかな空気が、熱を帯びている。
あと少しで私たちがぴたりと重なるといった、そのとき。
「そこから離れなさい!」
鋭い言葉と共に、雷球が勢いよく飛んできた。クーアを抱き寄せて避ければ、私たちに当たり損ねた大人の拳ほどの大きさがある雷球はイオリにヒットした。哀れな老木の悶絶する声が生まれる。
「イオリ様!」
自分でやっておいて悲鳴を上げながら駆けてくるのは、ラッテだ。イオリがわあわあ喚くので気づかれてしまった。
バクのローブを羽織れば隠れて逃げられるが、その代償としてイオリについているドアを開けるといったことは一切できなくなる。便利な道具ではあるが、万能ではないのだ。
そうだ、クーアに手伝ってもらおう。




