第九十五話『現実へ』
荒廃した町を歩き続ける。どこもかしこも同じ風景。どこも爆弾で破壊されていて、今自分がどこにいるのか分からない。そんな錯覚さえ覚える。私は、ロジェさんの手を握りしめたままだった。
ロジェさんが固く閉ざした口を開ける。
「この町に、スパイがいる、っていう噂があった、から、かも。」
その理由で簡単に爆弾を落としてしまうのだ。それは世界史の教科書で何回も見たものだった。それが現実に起こり得ていることを初めて知った。この世界は、本当に私のいた世界を模倣しているようにも感じられる。
死の匂いを嗅いだのは生まれて初めてのことだった。
遠くから、何かが聞こえる。なんの声なのかは分からない。微かな声。
ロジェさんもそれを聞き取ったらしい。私の方を見て、庇うような真似をしながら、微かな声のする方から遠ざかろうとした。
えーん、えーん。
その声が赤ん坊の鳴き声と気づいたのは私だけだった。
「赤ちゃんです!……まだ生きているんです!あの、私、行ってきます!」
この死の匂いがする中で生まれたばかりの声がした。その事実だけで私の足は息を取り返したかのように、動き出した。
「リン、待って……!」
そのロジェさんの言葉をちゃんと信じて待っていればよかった。そう思ったのは、もう遅い時だった。
「大丈夫です。危なかったら、逃げてきます!」
と言って、私は早く行かないとと思い、走りながら移動した。声のする方へと。
声がだんだんと大きくなってくる。
(やっぱり、赤ちゃんの泣いている声だ!)
今度こそはっきりと聞こえた。
この壁の裏だと思ったのは、おそらく高い建物があったと思われる。かなり高い壁が残っているところであった。
(ようやく、見つけた……!)
少しの時間しか経ってないのに、とても長く感じられた。建物の裏を除くと、布に包まれた赤ちゃんが一人で泣いていた。
(よかった……!これで……。)
そう思ったのも一瞬であった。赤ちゃんを抱き上げると、何かスイッチを押したような音がした。
カチッ
その音が聞こえた瞬間だった。私の体は大きく舞い上がった。気持ちではなく、実際に、こんなに人の体は軽いのかと思うほどであった。
死ぬ時が近いと変なことを考えるらしい。
地面に体が強く打ち付けられた。
ロジェさんが何か言っている気がするが、何も聞こえない。
(……大丈夫です。)
その言葉も口から出てこない。
そのまま、視界が真っ暗になり、爆薬の匂いが嗅覚から消えた。
目覚ましの音がして、目が覚める。
(単語帳、どこだろう……。)
そんなことを思いながら、枕元へと手を伸ばした。




