第九十四話『突然の』
船を降り、汽車に乗る。久しぶりにロジェさんと二人でいるような気がする。窓を開け、風を受けながら、汽車はモリ・ハルドの方へと走っていた。
「帰ったら、手紙、出したい。」
ロジェさんが、窓の外を眺めながらいった。その横顔を眺めながら、
「でも、検閲、えっと、検査に引っかかるんじゃないでしたっけ。」
と風情のないことを言ってしまったが、実際にそうなのかもしれない。ロジェさんは船の中、汽車の中で私がなかなかロジェさんに教えてもらえなかったようなものをたくさん教えてもらった。政治のこと、経済のこと、戦争のことなど、ロジェさんが前まで隠していたようなことをたくさん教えてもらった。
ロジェさんが辛そうな顔をして話すのを、私は何を言えないまま聞いていた。それと同時に、ロジェさんがこんなことを話すということは少しだけ、ロジェさんの横に立てたような気がすると思った。
「……そうだったね。」
ロジェさんは顔を下に向け、少し悲しそうに笑いながら言った。
「リン、話したいことが、ある。」
まだ他に何か重要なことがあるのかと思い、
「……なんですか?」
と姿勢を改め、ロジェさんに聞くが、ロジェさんは首を横に振って言った。
「モリ・ハルドに、ついてからでも、いい?」
「?……わかりました?」
かなり重大な話なのだろう。待つのは得意である。ロジェさんはこれまでにも重要な話をしてくれたのだから、私にとっても何か重大なものなのだろうか。
キ、キーーー
汽車の車輪が摩擦がかかり、大きな悲鳴をあげながらスピードを落とした。車内は激しく揺れ、壁に打ち付けられるようになった。異様な気配がして、乗客も皆、廊下に出てくるものもあれば、窓の外を眺めるものもいた。
私も身を乗り出して、窓の外を見ようとするが、ロジェさんに
「大丈夫?……私がみる。」
と言われ、止められた。ロジェさんの目が大きく見開く。
(本当に何があったんだろう?)
その後に衝撃の一言を発した。
「……線路が、ない。」
「……どう言うことですか?」
私が聞くと、ロジェさんは窓の外に目をやり、
「見て。」
と私に言った。見てみると、カーブに差し掛かるところで、汽車は止まり、幸いにも横転していないが、カーブの先の線路が大きく上に曲がり、原型を止めていない。その前には大きく大破された列車のようなものが横たわっていた。
「爆弾……?」
ロジェさんがそう呟くのを聞いて、私は体温が奪われたような感覚に囚われた。まさかそんなことがあるのだろうか。ロジェさんが前の大破されたところを観察している。乗客も平穏ではいられないのか、窓から外へと脱出しようとしていた。車掌と思わしき人が廊下を歩いて、何か他の乗客に言っている。
ロジェさんに声をかけて、車掌がいることを伝えると、ロジェさんは車掌に声をかけた。
「***、*******?」
「***、*****。」
ロジェさんは私の方を振り返り言った。
「……歩いて、帰ろう。……モリ・ハルドは無事、物資が狙われたみたい。窓から出て、歩こう。」
ロジェさんがそう言ったのを聞いて、私は静かにうなづいた。内心はバクバクであったが、戦争に対する知識は全くないため、ロジェさんについていくしかない。ロジェさんが窓を開け、先におり、私がトランクをロジェさんに先に渡した。そして、私も窓から地面へと飛び移る。
思った以上に高さがあるので、足が震えるが、ロジェさんが
「大丈夫!飛び降りて!」
と叫んでいるので、私は勇気を振り絞り、地面へと飛び降りた。ロジェさんが私のことを両手で受け止めてくれたため、何も怪我はなかった。
「行こうか。」
ロジェさんがそう言ったのを聞いて、私は線路の上を歩いた。先ほど窓から見えていた汽車の前を通りすぎる。破片が飛び散り、果物や野菜の汁と思われるものが線路に散乱している。人はいなかったのか血は見られなかった。木箱は粉々に砕かれ、窓も割れ、汽車のタイヤの根本から完全に折れているのを見て、これが、私たちの乗っていた馬車であったら、と恐ろしい想像をしてしまった。
しばらく先に進んだが、小さな荒廃した町が見えた。
(人が死んでる。)
空爆されたのか、爆弾が仕掛けられていたのか分からない。ただ分かるのは、テレビで、写真で見るような空爆された戦争の地が間近で今目の前にある、ということだった。
石でできているであろう家が粉々になっている。ところどころに机や椅子、ベッドなどの生活していたであろう痕跡が焼けて残っている。人が丸こげになって死んでいる。変な匂いがする。人の死んだ匂いか、爆弾の火薬の匂いなのか、それとも別の何かか分からない。ただ、得体の知れない、嗅いだことのない不快な匂いがあたりに充満している。
(初めて見た……こんなの。)
足が思うように動かない。ロジェさんはどんどん先に進んでいこうとしているが、私が足を止めたのを見て、私の顔色を眺めた。
「……初めて?」
「……はい。」
鼻を服の袖で抑え、私は答えた。ロジェさんが私の手を握った。
「……ごめんね。」
なんの謝罪かは分からない。でもただうなづく以外なかった。
「モリ・ハルドにはあと、半日歩く。」
そう言われ、私はロジェさんの手を固く握りしめ、一緒に歩いた。




