第九十話『納得』
カジェタノさんがブレンダさんに首根っこを掴まれているのはなぜだろうかと私は、呆然と見ていたが、そこから逃げ出そうとしたカジェタノさんがドアに足をぶつけ、大きな鈍い音がした。その拍子にカジェタノさんが後ろに転びさらに大きな音がした。ブレンダさんは焦って、カジェタノさんの頭を触り、大丈夫かと尋ねているようだった。
その音に気付き、黒鉄さんとロジェさんがこちらの存在を捉える。二人とも何をやっているのかという呆れた顔でこちらを見ていた。私は二人の目線に気まずくなり、手を振って笑って誤魔化した。
カジェタノさんが起き上がり、ブレンダさんと同時に二人の視線を見た後、カジェタノさんは再び逃げようとしていたが、ロジェさんの
「caje.」
という冷たい呼びかけに、カジェタノさんは動きをとめ、固まり、ロジェさんに恨めしそうに睨まれていた。
黒鉄さんとロジェさんの間には先ほどのような冷たい空気感が流れていなかったことに少し安心する。二人が何を話していたのかは全く分からなかったが、納得するような会話ができたのだろうか。
ロジェさんは私の方を見て、
「ありがとう。少し、話せた。」
と言って微笑んだ。私はその言葉に大きくうなづき、
「よかったです。」
と笑って返した。カジェタノさんとブレンダさんもロジェさんに向かって微笑んでいる。
急に拍手の音が聞こえてきて、その方向に目をやると先ほど挨拶をしたアレック先生がこちらに近づいてきた。アレック先生はロジェさんと黒鉄さんに向かって声をかける。
「***、******。」
そのことを聞いた黒鉄さんは俯き、何かを誤魔化すように本の方を眺めた。カジェタノさんとブレンダさんは驚いたように黒鉄さんとロジェさんを交互に見ていた。ロジェさんは黒鉄さんの方を静かに捉えた後、私に言った。
「私は、学校の、勉強したことを、示す、ものをもらうことに、なった。」
「?」
卒業証明書みたいなものだろうか。そもそも、ロジェさんはこの学校を卒業しているものだと思っていたが、そうではないらしい。それが一番心に引っかかる部分であった。カジェタノさんに至っては、泣きそうになっている。
(そんなにすごいものなのか。)
と思ったが、それ以前になぜ、他の人が黒鉄さんの方を見たのかが分からなかった。黒鉄さんの方を見ると、黒鉄さんは必死に目を逸らしているので、何かあるみたいだ。その疑問そうな視線にロジェさんは
「リュウが、私が、持つべき、と言った。」
と答えた。黒鉄さんが提案したと言うことは、黒鉄さんはロジェさんのこと色々考えて動いているようだった。
(さっきまで、微妙な雰囲気だったけど、黒鉄さんがその前に提案してたってことかなあ?)
色々な疑問が湧いてくるが、ロジェさんの言っている卒業証書のようなものはとても素晴らしいものらしいと言うことだけはわかった。それだけすごいものを受け取るのだろう。すると、ロジェさんはハッとして私に向かって言った。
「リン、さっき、言い忘れて。」
「?はい。なんですか?」
「えっと、その。」
ロジェさんが何やら言いにくそうにしている。
「あの、ゆっくりで大丈夫ですよ。」
まだ先ほどのように大きな話題が残っているのではないかと思い、聞く姿勢を整える。
「戦争、あるは嘘だった、みたい。」
「えっ!」
ロジェさんの衝撃的な一言に私はとても驚いた。私たちはてっきり、モリ・ハルドが戦争に巻き込まれる可能性があるからこちらの学校に来たものだと思っていたが、そうではないらしい。その驚いた衝撃で思わず声が出てしまった。
(じゃあ、なんで……?)
みんなを笑いながら眺めているアレック先生の方を見て、ロジェさんは言った。
「アレック先生の、嘘。」
「なんで、嘘をつく必要が……あったんですか?」
ロジェさんは気まずそうに顔を背けて答える。
「私が、頑固だから……。」
私はその説明にも納得はいかない。
(なんで、ロジェさんが頑固だと嘘をつく必要が……?)
「どういうことですか?」
と素直に聞くと、ロジェさんは
「私が、普通に、戻ってきて、と言われても、帰らないと思ったみたい……。」
とさらに気まずそうに答える。
「……なるほど。」
確かにロジェさんはとても頑固な一面がある。少し納得した自分がいた。




