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第八十七話『秘密』

「****、*****。」


「**、*****。」


「あの、二人とも、喧嘩はしないで……。」


「喧嘩じゃない。」


「?What sa(なんて言っ)y you(たの)?」


「あ、えっと、Don’t fig(喧嘩し)ht, please(ないで)…….」


it’s n(喧嘩)ot fight(じゃない).」


二人の間には確かに喧嘩というよりも気まずさというか、重い空気というかそのようなものが混ざっている。つまり、親しい間柄の喧嘩ではないように感じられた。しかし、喧嘩という言葉以外でどのように表現すればいいのかをうまく掴むことができなかった。


二人は互いを見つめたまま、睨むわけでもなく、距離を測っている。ロジェさんは少し気まづいのか先に目を逸らした。


(学生時代に何かあったのだろう。)


それしか推測ができない。ただ、ブレンダさんやカジェタノさんの反応を見る限り、どうにか間を取り持ってなんとかなるようなことでもなさそうなことは確かだった。


ロジェさんが目を逸らしたのを皮切りに、黒鉄さんは下の英語の本に目をやり、無機質な義手を使い本の表紙を撫でた。さらに気まづい雰囲気が流れる。


しばらく沈黙が続いた後、ロジェさんが重い空気を破るようにして言った。


「ryuu, ********、rinn。」


私の名前が聞こえて、驚いてしまう。黒鉄さんに話かけたのであることは間違い無いのだが、なぜ私の名前が出てきたのだろう。黒鉄さんはその言葉を聞いて、静かにうなづいた。ロジェさんは私に向かって言った。


「私、話したい。言えない、言えなかったこと。あの時、星の空を見た時……。」


そう言ったロジェさんは私の服の裾を弱々しく掴んだ。ロジェさんに手を見ると、震えている。ロジェさんの手をそっと包み込むと、ロジェさんは驚いた様子で私を見た。ロジェさんの手は緊張しているのか手汗で冷たくなっている。


(こんなに弱々しいロジェさん、初めて。)


何を話したいのかは分からない。だけれど、それはロジェさんの人生に大きく関わって、それがロジェさんにとって重要なことであることには変わりないのだろう。ロジェさんの手を握りしめて、


「はい、待ってるって言ったので。いつでも聞きます。」


と言った。ロジェさんは、まだ弱々しい顔をしている。黒鉄さんはそんなロジェさんの様子を何も言わずに眺めていた。ロジェさんは私の手を軽く引いて、


「外で話したい。」


と言った。私はその言葉にうなづく。そして、ロジェさんと一緒に図書館を出て、近くに言った小さな扉から外の庭の方へと出た。庭にはレンガでできた花壇が並んでいる。色とりどりの花が咲いているが、私はそれらに感動する余裕がないほど緊張していた。これから話すロジェさんのことをどのように聞けばいいのかをずっと頭を回転させながら考えていた。


ロジェさんが花壇の端に座ったのを確認して、私もその隣に座る。しばらくロジェさんは黙ったままだった。普段、そこまでロジェさんとの沈黙は気まづいものではないのだが、今回ばかりは緊張してしまう。私も手に汗を握りしめ、ロジェさんの話を待った。


ロジェさんは深呼吸をして息を整えた後、重い口を開けた。


「私は、軍の偉い人、の子供。私の父は、ナッシェード・ユーリド・クナウプ。ポリットの軍人。」


ロジェさんはそのように言った。なんとなく察してはいた。ロジェさんが普通の生まれではないこと。そして何か軍事的なことで関わっていること。ロジェさんはさらに口を開いた。


「私は、戦争のこと、何も知らない、知らなかった。だから、リュウ・クロガネが、怒った、私に。……リュウは私の父の、戦争、計画で、腕と足を、無くした。」


ロジェさんの話に口を挟めなかった。黒鉄さんとロジェさんの関係は国境をまたぎ、政治に関わっていた。黒鉄さんは戦争被害者の当事者なのだろう。


「カジェタノも、戦争で、生まれたところを、離れた。……私だけ、戦争で、いいことを、奪った。私が、学校に行けたのは、戦争のお金のせい。……でも、私が何も知らないから、私だけが、戦争で何があるのか、知らなかった。」


ロジェさんは後悔しているのだろう。知らないことは幸せでもあると思うし、そんなことわざが日本語にはある。一方で、ソクラテスは無知は罪であると言っていた気がする。


「リュウが怒るの、は当たり前。だって、私は父のこと、何も知らないから。私は見ようとしなかった。……私は戦争嫌い。でも、戦争で、学校行けて、ご飯がたくさん食べれて、幸せなのは私。私は戦争で、生まれた、かもしれない。」


ロジェさんはそういった後、私に向かって言った。


「今まで、ずっと、隠していた。ごめん。……でも、私のこと、嫌いになっても、いい。だから、知ってほしい。」


ロジェさんが隠していたことはロジェさんの裏の弱い部分だった。私はジパング語が話せるロジェさんがとても安心できる存在で、守ってくれる存在で、寄り添ってくれる存在であった。私はロジェさんがしてくれたように寄り添いたいと思う。私はロジェさんの目を見つめて言った。


「ロジェさん、話してくれて、ありがとうございます。……嬉しかったです。私にちゃんと話してくれて。」


そういうと、ロジェさんは目を見開いて驚いた。


(否定されると、思ったのかな……。)


私はロジェさんの瞳が不安そうに揺れているのを見た。さっきの発言は私の本当の心の内であるのは確かである。


「私は、ロジェさんの今の姿を尊重したいです。だった、ロジェさんは自由のために、戦争をしないために研究をしているって言いました!あの言葉は嘘じゃないってちゃんとわかります。ロジェさんが戦争を無くしたいと必死に頑張っているのであれば、私はその姿勢が今のロジェさんだと思います。軍の偉い人の子供じゃなくて、一人の研究者としてのロジェさんを私は見てきましたから。」


ロジェさんは私の発言に思わず、顔を逸らした。ロジェさんの方をよく見ると、目から涙が溢れ出そうになっていた。私は不安になっていた時にロジェさんがやってくれたように、ハンカチを差し出す。ロジェさんは


「ありがとう。」


と言って、そのハンカチを受け取った。

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