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第八十五話『黒鉄さん』

(手汗が止まらない……!)


手を握りしめても、ますます緊張するだけだった。


(面接を受けているみたい……。)


その間も黒鉄さんの疑いの目は私に向けられていた。


(誤魔化す、誤魔化す……。)


「……Actually(実は), I’m fro(私は遠く)m far away(から来て). This (その)place(場所) has(では) people wh(日本語とか)o can spea(ブリタニアン語を)k Japane(話す人)se and Br(がいて)itanian……」


嘘は言ってないない。これで説明に納得してくれたがどうかは謎であるが、伝わっていてと祈っていると、黒鉄さんは


「Japanese?」


と聞いてきた。そうだったと慌てて訂正をする。


Jipangu(ジパング)!」


「um……I see(分かった).」


黒鉄さんはそう返した。しかし、納得はしていなさそうだ。黒鉄さんは本を持ち直した。その時に、腕の方から何やら金属の音がする。金属の音は不思議な感覚で、その音を辿るように私は黒鉄さんの腕を眺める。その視線に気づいた黒鉄さんは、私に


Do you wa(見たい)nt to see()?」


と言って、黒鉄さんは持っていた本を梯子におき、シャツの腕の部分ついているボタンを外し、腕を右手で捲し上げる。私はその腕を見ると驚いたことに義手だった。金属でできた義手、そして黒鉄さんは私にその腕をじっくり見させる余地も与えないまま、私に言った。


Can you (手伝って)help me(くれる)?」


手伝って欲しいことでもあるのだろうか。私は必死にうなづきながら、


Yes(はい)!」


と言った。黒鉄さんはその返事に軽くうなづきながら、中央に向かって歩き始める。黒鉄さんは右手で杖を左手の義手で本を持って、歩いているが、どうも様子がおかしい。歩き方が変と言えば、変だ。


(左足、関節の部分が動いてない……もしかして、義足?)


そう思えば、体が動かずにはいられなかった。


I can(私できる)…… I want to (私はあなたの)carry yo(本を運)ur book(べます)!」


そう言って、私は黒鉄さんの義手にもたれた本を持とうとしてみる。すると、黒鉄さんは初めて笑った。初めて見た笑顔で不思議な気持ちになる。


(今ので笑う要素があったのかなあ。)


そんなことを思っていると、黒鉄さんは、


You are(君はとても) so kind(親切だね) , Thank you(ありがとう).」


とお礼を私に言った。


 黒鉄さんは大きな団欒スペースのような場所の椅子の一つに腰を下ろした。私はその向かい側に座り、本を置きながら、黒鉄さんの方を見る。


(手伝って欲しいことってなんだろう?)


そう思っていると、黒鉄さんは私の方を見て、思わぬ発言をした。


I want you(私はあなたが欲しい).」


「……へ?」


間抜けた声が出てしまった。私は思わず、口元を手で覆い隠す。黒鉄さんの真意はわからないが、そんな「あなたが欲しい。」なんて言葉は花一匁ぐらいでしか聞いたことがないぐらい衝撃的な言葉だった。でも、黒鉄さんの目線からそれが絶対に恋愛関係のことではないのだろうと気づく。


What do(それはどう) you mean(いう意味ですか)?」


そう聞くと、黒鉄さんは言った。


I want to(私はあなた) you help m(に研究を)e with m(手伝って)y research(欲しい).」


「え?」


(研究を手伝う?どうやって?……そもそもなんの研究?どうして私なの?他にも言語学者の人はいるはずなのに……。)


黒鉄さんは私が困惑した表情をしているのを見て、 少し落ち込んだ顔になる。


(手伝うっていうべきなのだろうか。)


そう思っていると、突然上から大きな影が降りてくる感じがした。


「リン。」


上を見上げると、ロジェさんがそこにいた。


「ロジェさん。あの、どうしたんですか?」


ロジェさんは息をあげて、肩を大きく上下に動かしていた。まるで走ってきたのか急いで来たのかは分からないが、何かあったのだろうかとロジェさんの方を見つめる。


しかし、ロジェさんは黒鉄さんを見つめていた。黒鉄さんもまた、ロジェさんを少し不愉快のような顔で眺めている。


roje(ロジェ), nasherd(ナッシェード)、****?」


黒鉄さんは言った。その問いにロジェさんは


「******。」


と何かを返す。何を言っているのかは分からないが、二人の間によくない空気が流れていることは察知できる。仲が悪いのだろうかとも思ったが、どちらかというと距離を測りかねているという雰囲気があった。その場にいるのが気まずくなり、視線を逸らすように扉の方を見つめると、カジェタノさんとブレンダさんがこちらを見ていた。


二人とも、こちらにくる気配はまるでない。むしろ私に「どうしてこうなっているの?」と焦っているように二人は私にアイコンタクトを取った。私の方がどうしてこんな状況になっているのかが分からない。私が首を振ると、二人は気まずそうな顔をして、その場から去ろうとする。私を助ける気はさらさらないらしい。


私は二人の喧嘩のような、喧嘩でないような会話に耳を傾けながら、何か収める方法はないかと考えていた。

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