第七十二話『ここに来た時』
蒸気機関車の中には、四人が座れる程度のたくさんの個室が並んでいた。まだ蒸気機関車は動いていない。席はまだ空いているみたいだった。カジェタノさんが空室のところを見つけ、カジェタノさんがその部屋のドアを横にスライドさせて開けた。ロジェさんと一緒にその中に入る。
個室はアンティークの赤く平たいクッションのついた座席が左右に向かい合わせにくっついていた。カジェタノさんとロジェさんがトランクを上に持ち上げてくれた。
「ありがとうございます。」
と言うと、ロジェさんは笑って「どういたしまして。」とカジェタノさんはニコニコとしながら、もっと褒めてくれと言わんばかりにドヤ顔をしていた。まるで大型犬を見ているみたいだった。その行動にロジェさんは
「**。」
と短い言葉を言った。すると、カジェタノさんはちょっと傷ついたような顔で席についた。ロジェさんはそのカジェタノさんの前に座ろうとしたが、私の方を見て、
「リン、窓から、外見たい?」
と言った。私は是非とも見てみたいと思い、思わずうなづき、
「はい!」
と言うと、ロジェさんは少し笑って、
「どうぞ。」
と言って、カジェタノさんの前の席を譲ってくれた。ロジェさんは私の隣に座る。席に座ると、列車とは思えないほどのふかふかの席で驚いた。これならずっと座っていてもお尻が痛くならなそうだ。ロジェさんが席を立ち、何かと思っていると上の方から毛布を出してくれた。さらに、ロジェさんは私に
「上着、預かる。」
と言った。その右手にはハンガーを持っていて、よく見ると扉の近くにハンガーが掛かっている出っ張りがあった。
「ありがとうございます。」
と言って、私は上着を脱いだ。ここら辺は寒いので上着は厚手のものを着ていたので、上着が肩に重しのようにのしかかって重かったのだ。ロジェさんに上着を渡すとロジェさんは丁寧にハンガーに上着をかけてくれた。ロジェさんも自身のコートを脱ぎ、ハンガーにかける。カジェタノさんの分も受け取り、ハンガーにかけていた。
ロジェさんが座ったと同時に蒸気機関車の大きな汽笛の音がした。いよいよ動き出すのかとワクワクする。そして座席が大きく揺れ、動き出した。いつも乗っている電車とは全く違う感じがして、とても面白い。電車ほどのスピードは出ないものの、窓を見ていると景色が動いていてとても新鮮だった。
窓に張り付くようにして、外を眺めてみる。しばらく、先ほどの駅の周辺の景色が続き、さらに大都市であるように高めの建物が多く並んでいた。さすがにビルほどとは言わないが、あれは6階建ぐらいありそうだと思いながら眺めていた。先ほどの景色からフランスのパリを連想させる。一瞬見えた景色に大通りがまっすぐと伸びており、その中心に広場のようなものが見えた。
(本当にこんな景色があるんだ……!)
今でもヨーロッパには昔からの景色は残っているというが実際には行ったことが無い。海外すら行ったことないけれど。そしてしばらくすると、先ほどの景色とは一変し、何も変哲も無い畑の姿が見えてきた。小さな農家の村と思われるものがポツポツと点在しているが、それ以外には特に何もなさそうだった。
(ここまで景色が変わるんだ……)
と思い、農民と貴族の生活の違いを肌で感じた。かなり長い間見ていたようで、真剣に窓の外を見ている私を後ろからロジェさんやカジェタノさんが見ていることに気づかなかった。
「リン。」
という声を聞いて、ビクッとして振り返ると、ロジェさんとカジェタノさんはポカンという表情をした後、少し笑った。それを見て私は少し恥ずかしくなった。カジェタノさんが、私に
「**、******?リン?」
と何かを聞いた。それを聞いたロジェさんが翻訳するように言葉を発した。
「リンに質問、ある見たい。質問してもいい?だって。」
私はその言葉に、
「はい、大丈夫です!」
と言ってコクコクと同意の意味をこめて頷く。すると、カジェタノさんが微笑んで
「***、******?******zipangu?」
と聞いた。ジパングについて聞きたいのだろうか。
「ジパングの言葉?どこから来たの?だって」
とロジェさんが聞いた。私はロジェさんに
「日本から来ました。……ジパング語と日本語は同じみたいで、話せます。」
と言った。すると、ロジェさんがまた翻訳する。すると、カジェタノさんは少し考えたのち、
「**、nihonn!*****、********?*********?」
と言った。カジェタノさんがあんなに真剣な表情をしているのが、ロジェさんと話がしたいと行った時以来で少し新鮮かもしれない。そんなふうに思っていると、ロジェさんが
「日本は初めて、聞いた。日本は、別の世界?それとも違う?どうして、ここに来たの?だって。」
と言った。どうしてと言う話はそういえばロジェさんにも話していない気がする。ロジェさんの方をみるとロジェさんも真剣に聞いていた。
「多分、日本はここに似た異世界で、私が日本に来た理由は……寝ていて目が覚めたらこっちに来ていました。」
と言うとロジェさんがとても驚いた顔をしていた。カジェタノさんはどうして驚いているのか理解できないらしく、オドオドしている。ロジェさんがカジェタノさんにそのことを伝えると、カジェタノさんは
「**、*****?」
と言った。ロジェさんがその返答に顔が険しくなる。カジェタノさんが何かを言っているが、私にはさっぱり分からなかった。そのことに気づいたロジェさんが少し、眉を顰めて、こういった。
「リンは、寝ると、帰るかも、しれない……?」
と言った。寝たら戻ることは最初の方は考えたが、そんなことはなかった。さすがにここまで寝ずに生きてこれるのであれば、人間ではない。
「寝ても、帰っては無いです……。」
と言っても、ロジェさんはまだ不安そうな顔をしていた。
(もしかして、私が帰ってしまうかもしれないことを悲しんでくれているのだろうか。)
そう言った考えが、一瞬頭をよぎる。しかし、なぜか寝てもまだ帰らないだろうと確信している自分がいた。
「多分、帰らないと思います。」
とロジェさんに言うと、
「リンが言うなら、そうかも……?」
と言った。




