第六十七話『綺麗な人……?』
「そうよね……。覚えていないのは知っているわ。」
そう言って彼女は悲しそうに目を伏せる。その表情に私は少し驚いたと同時に悲しませてしまったという後悔の方が強かった。
「……えっと、」
「大丈夫よ。落ち着いて。ねえ、リン。この世界は気に入ったかしら?」
そう言って彼女は私の目を再び見た。
「はい!えっと……大好きです!」
そう答えると、彼女は嬉しそうにうなづき、
「良かったわ。……少し不安だったの。あなたをここに連れてきた時、森の中にあなたを連れてきてしまったの。……私の力不足よ。本当にごめんなさい。」
そう言って彼女はまた目を伏せる。その目を伏せるのすら、絵になっていた。
「連れてきたって……?」
彼女はやはり人ではないみたいだと確信した。彼女は私を日本から、こちらの世界、モリ・ハルドに連れてきたようだった。すると、彼女は少し悲しそうに言った。
「あなたと約束したのよ。」
「約束……?」
先ほどから彼女は私と以前にもあったというが、私にはそのような何も記憶がない。私が彼女のことを思い出せないことに少し罪悪感を覚えた。そもそも彼女の存在自体を覚えていることができないようにでもなっているのだろうか。
「約束……そうよ。あなたは私のことを助けてくれた。その代わりに、私はあなたに言ったわ。『辛くなったら、私の世界に招待する』って。そしたら、あなたはうなづいたの。」
そんな約束をしていたのだろうか。だから、私はこの世界に来たのだということがわかった。さらに彼女は言葉を続ける。
「遅くなってしまったわ。あなたはずっと何かに苦しんでいた。でも、私はまだあなたにとってこっちの世界で幸せになれるのかは分からなかったの。」
そう言って、彼女はまた目を伏せる。悲しそうにしている彼女を見て、私はどんな言葉を掛ければいいのか悩んでしまった。この人が真剣に悩んでこっちの世界に連れてきてくれたのだろう。私は今とっても幸せだ。彼女がタイミングを選んでくれたのだろうか。
ロジェさんに会えて、ディーヴさんに会えて、神父さんに会って、他にも町の人は私に色々とよくしてくれた。とても温かい気持ちになった。言葉を話せない私にもきちんと接してくれた。私はそんな気持ちを素直に伝えるべきだろう。
「私は、今幸せって思いますよ。」
私がそういうと、彼女は顔を上げた。そして綺麗な笑みで私に言った。
「そう、良かったわ。あなたの幸せを私は祈っているわ。」
そう言って彼女は私の手を穏やかな力で引っ張った。その行為に私は少し戸惑いながらも彼女のそばに近づく。彼女は私の頬を優しい力でゆっくりと触ると、
「昔と変わらないわ。……とっても可愛らしい。」
と言った。私はその言葉に顔を真っ赤にする。すると彼女はクスクスと笑って、
「そんなところも昔と変わらないわ。」
と言った。このままここにいたい気持ちもあるが、私はロジェさんやカジェタノさんに会わなければならない。
「あの、ロジェさんやカジェタノさん……えっと、この空間の外で待っている人がいて、すぐに行かないといけなくて……。」
そういうと、彼女は私の唇に人差し指を当ててこう言った。
「大丈夫よ。この空間は時間も場所も区切られているから、今のモリ・ハルドでは時間は経っていないわ。あなたが望むのなら、すぐにでもこの空間から出ることができる。……でも、私はあなたに聞かないといけないことがあるの。」
そう言って私の唇から人差し指を離す。先ほどから緊張してばっかで心臓が弾け飛びそうだった。しかし、私も聞きたいことが山ほどある。
「あの、その前に私も聞きたいことがあって……。」
「ええ、分かったわ。」
彼女はうなづいた。質問がたくさんありすぎで絞れる気がしない。いくら時間があると言っても、全て聞いていては、彼女にも引かれるかもしれない。
「えっと……あなたは誰ですか?あ!えっと、変な意味じゃなくて、名前とか、」
最初の初っ端の質問で変な聞き方をしてしまい、今すぐにでも土に埋まりたい気分になった。すると、彼女はまたクスクスと笑い、
「私の名前はあなたが当ててみて。」
と揶揄うようにそういった。私は一瞬言葉を詰まらせる。しかし、私は確信を得ていたような気分だった。
「……ティレ?」
「ふふ、正解よ。」
(やっぱりそうだった……!)
私の確信は当たっていたみたいだった。ティレという存在はこの国で神のような存在であり、人々から愛されている。最初見た時は彼女は雪の精霊かと皆違えるほどだった。雪はティレが来る合図。そのことがピッタリとはまったようだった。
「ティレって鳥じゃ……?」
「こっちの姿は嫌い?」
「そういうわけではないです……!」
ティレはどうやらからかい上手らしい。
「あの、ここはいつもの教会と違う気がするのですけど、どこかいつもと同じような雰囲気もあって、」
そういうと、ティレは
「この教会はずっと昔、今の教会があった位置にあった教会よ。……モリ・ハルドが独立戦争をした時に一度破壊されたわ。」
「……そうだったんですね。」
(いけないことを聞いてしまった気がする!)
そう思って、彼女から少し顔を逸らす。そして頭の中で今質問したいをたくさん並べてみるが、どれも重要でない気がした。
「あの、あなたの質問は……?」
そう聞くと彼女は少し驚いたような表情をした後、また微笑んだ顔になった。




