第六十六話『挨拶と突然の』
外はまだ若干暗く、登ってくる太陽が雲と積もった雪をオレンジ色に染めようとしていた。まだ街は寝静まっている。ポツポツと人の姿はあるものの、いつものような賑わいは見せていなかった。ロジェさんとカジェタノさんと私の雪を踏む音がよく聞こえる。いつもの教会への道を行くけれども、いつもとは違う道を歩いているような感じがした。
教会まで歩くと、神父さんがいつもとは違い、教会の外で雪かきをしようと外に出るところであった。長めの黒いボタンのないコートを着ていた。こちらの存在に気がつくと、神父さんは驚いた表情をしてから、教会の扉を大きく開けて、入ってと私たちを促した。そして、神父さんは言った。
「was hafen? je, roje je,rinn und ……」
そう言って神父さんはカジェタノさんの方を見た。カジェタノさんは笑顔で
「tire morke!」
と言って神父さんに手を振っている。ロジェさんは、
「cer yht uiier ferude, cajetano.」
と言った。その言葉に神父さんは嬉しそうに反応し、
「ferude!ve yht guret.」
と言った。ロジェさんが友達を連れてきたという事実が嬉しいみたいだった。カジェタノさんも友達と紹介されたのが嬉しかったのかドヤ顔でロジェさんの後ろに立っていた。しかし、その後トランクを持っている私たちを見て、神父さんは神妙な面持ちになった。なんとなくではあるが察しているのだろう。
「……wer gezzen car?」
「nach uiier une.」
そうロジェさんは返した。神父さんは少し悲しそうに笑みを浮かべながら
「uii wirde sparuten, ……zu gezzen.」
と言った。ロジェさんは
「morke.」
と言って、すぐにその場を去ろうとした。ロジェさんがすぐにその場を離れようとした理由はよくわからない。いくらモリ・ハルドが戦火に巻き込まれないとしても、戦争のことでやはり後ろめたい気持ちがあるようだった。私もすかさず、
「morke.」
と言って、ロジェさんの後を付いて行った。その後、カジェタノさんはすぐにロジェさんに付いて行った。
しかし、教会の外から出ようと扉の境界線に足を踏み入れた瞬間、私は教会から出られなくなった。正確には扉の向こうにも教会の長い廊下が続いているような感じであった。先ほどとは違い、窓から差し込む光が明るい。時間さえも異なっているようだった。
しかも、私の後ろには先ほどまで会話した神父さんはおらず、長い廊下が続いていた。ロジェさんの姿もカジェタノさんの姿も見当たらなかった。
(時間が止まっている……?)
蝋燭が掲げてあるものの、火の揺らぎが見えず、太陽に照らされている埃でさえも空気中で止まっているようだった。
(本当に別の世界に来たみたい……いや元々から異世界にはいたけど……。)
どこか出れるところはないだろうかと思い、廊下を歩く。長い廊下はいつもよりも幅が広くどこか落ち着かない。カーペットも違う。
しばらく歩いていると、楽器の音が聞こえた。とても美しい音色で、右の奥の方から聞こえてくるようだった。こんな空間で音が聞こえてくるのが不思議だ。
(人がいるのかも……?)
どのような人かはわからないが、少なくともこんなおかしな空間にいる人物であれば何かを知っているだろう。そう言って、音のする方へと足を運んだ。ある程度まで歩くと、大きな曲がり角があり、そこを曲がるとさらに大きな幅の廊下が出てきたが、長さは奥が見える程度でそこまで長くはなかった。
(ここら辺からな気がする……。)
その廊下の中心部に大きな扉を見つけた。その扉は豪華な装飾でとても大きく、象が通っても全く問題ないであろうぐらいには大きかった。私はその扉の奥から音がするということを確信する。
「……失礼します……。」
演奏の邪魔になりそうだったので、とても小さな声でそう言い扉を開けると、ギギギと大きな音がして、とても焦る。しかし、その焦りすら忘れてしまうぐらいには扉の中は綺麗であった。
銀色のパイプが光る白色のパイプオルガンが目を引いた。そこにはたくさんの鳥の装飾がなされており、どことなくティレのことを思いだす。パイプオルガンなど人生で初めて見た。その大きさに圧倒される。その下の方に、ハープを弾いているとても綺麗な女性の姿があった。
(この世の人じゃないみたい……天使?女神?……綺麗……。)
私はその人に見惚れてしまった。その女性は雪のように白い肌と、黄金に輝く瞳を持っていた。その女性がハープを引くたびに髪が揺れ、白い髪は太陽の光を受け、金色に光っていた。まるでこの世の光景ではない。あんな綺麗なパイプオルガンさえも背景にしてしまっている。ハープの奏でるメロディーも美しいが、その人の手先の指の動きがとても繊細だと感じた。
その人の元にゆっくりと近づく。何か聞きたい気持ちもあるが、その演奏が終わるまで待っていたい気持ちもあった。その人へ向かう一歩一歩がとても重く感じる。それだけ、その人は神聖な感じを醸し出していた。
ある程度の距離まできたところで、私は椅子に座ることもできずそのまま立っていた。ロジェさんやカジェタノさんに早く会いに行かねばと思う気持ちとこの人をずっと見ていたいという気持ちがせめぎ合ってなかなか声を掛けられなかった。
その人の演奏が終わり、不意に拍手をしてしまう。その人が私の目をはっきりと捉えた。私は緊張で手汗が止まらなくなり、背筋が伸びる。そして、その美しい女性はゆっくりと口を開き、とても美しい笑顔でこういった。
「久しぶりね。リン。会いたかったわ。」
そう言われて、思わず声が漏れる。
「えっ、あの、えっと、初めて会ったと思いますけれど……。」
私がこんな綺麗な人に会ったのなら覚えていないはずがない。そう言って私は彼女の方を向いた。




