第六十五話『トランク』
夜ご飯はいつもとは違い、ロジェさん、カジェタノさん、それから私の三人で食卓を囲んだ。いつもは二人で囲んでいる食卓が三人で囲まれることはなんとなく不思議な感じがした。しかし、不思議とあたたかい感じがした。カジェタノさんはロジェさんや私とは違い、とてもよく食べ、カジェタノさんは
「***!」
と言って、ロジェさんにおかわりをせがんでいた。カジェタノさんは直接会話ができない私にも積極的に会話をしようとしてきた。
「いただきます。」
と言った時には、
「……い、ただ、きます?」
と私の真似をして、手を合わせた。カジェタノさんが、私にベラベラ話しているのをロジェさんが聞き、翻訳して、私が返し、またロジェさんが翻訳し、カジェタノさんがまた話した。ロジェさん自身がたまに返していることもあり、私にはよく分からなかった。
食事が終わり、お風呂に入ってから、就寝の準備を整えた後、ロジェさんは私にアンティーク調のトランクと鍵を渡してくれた。そして、ロジェさんは言った。
「これに、入れてほしい。」
「何を入れれば、いいですか?服とかですか?」
「服もそう。あと、大事なものとか。」
「ジパングの資料とかもですか?」
「そうだね。でも、私が持つ、から大丈夫。」
そうロジェさんは返した。私も荷物を整理すればジパングの資料を入れれる余裕があるのではないかと思ったが、私の大事なものを思い返すと、ロジェさんからもらったランプ、ブローチ、ポンチョなど、さらにディーヴさんからここにきた時にもらった服や編みぐるみ、などを考えるととても入りきるような量ではなかったため、断念した。
「ありがとうございます。」
とロジェさんに言うと、ロジェさんは笑って、
「どういたしまして。……荷物詰めたら、ゆっくり寝て。明日は、大変に、なる。朝に、教会に行って、神父さんに挨拶、してから、出るから。」
神父さんにだけではあるが、挨拶をできる時間があるということが分かって少しホッとした。ロジェさんはさらに続ける。
「私たちが、行くのはバルレッドという国、とても、遠い、だから。大変。……おやすみ、リン。」
「はい、おやすみなさい。」
ロジェさんは微笑んでそう言ってから、去っていった。アンティーク調のトランクには金色の金具がついており、鍵穴がついている。思った以上の重量感でびっくりしてしまった。しかし、そのトランクはまるで映画から飛び出してきたように素敵だった。そのトランクを横に倒し、床におく。先ほどロジェさんからもらった鍵穴を差し込むとカチッという音がした。そのトランクを上に上げる。特に目立った収納などはなく、ただ物を詰めるだけのようだ。
部屋の中から持っていきたいというものを選んでいく。ロジェさんからもらったブローチ、そしてディーヴさんからもらった編みぐるみ、これらは絶対である。蝋燭も入れたいところではあるが、これから入れる服の量をみるととても入りそうではない。洗濯があるとしても、ある程度の服を入れていった方がいいのだろうか。そう考えて、結局七組ぐらいの服を組んでトランクに詰めた。
あと少しだけ入りそうなので、ロジェさんからもらったガラス製のランプを入れた。ガラス製なので布で包んだがまだ、若干不安である。ある程度きっちりと詰まった服でランプが固定されるようにランプを入れる。そしてトランクを詰めた。
(そう言えば、いつこの家に帰れるのかな。)
私はまだ半年もいないのに、この家にとても愛着が湧いたようだった。モリ・ハルドを離れるのは正直にいうと少し怖い。
(いつの間にかここが”私の居場所”になっていたんだ。)
そう思うと少し胸があたたかくなった。この先もずっとこの地に住むことはできるのだろうか。私たちが離れている間、戦火に巻き込まれて、もしここがなくなっていたら。そんな不安を抱えて、ベットに入り込む。トランクに必要なものを入れたからと言ってもまだ、生活感が多いこの部屋を離れることになることに対してまだ実感が湧かない。
目を閉じると、あの最初の時とは違う不安が襲ってきた。最初は受験に落ちることをずっと心配していた。でも今の不安は、うまく言葉にできないが、もっと別のもののように感じる。しかし、明日の朝に起きなければならないことは確実なので、眠気が来るまで、ベットの中でぼーっとして過ごした。
朝が来ると、ロジェさんとカジェタノさんの起きている足音がする。さすがにお客さんがいるのにパジャマはまずいと思い、普段着に着替える。
「おはようございます。」
と挨拶をすると、二人して、
「おはよう。」
と返してくれた。ロジェさんはいつも言っていて、慣れているようだったが、カジェタノさんは少し辿々しかった。カジェタノさんは不安そうな顔で、こちらを見つめてきた。多分、ロジェさんから教えてもらったのを即興で言ったのだろう。
「すごいです!」
と笑顔でカジェタノさんにいうと、カジェタノさんは満面の笑みで返してくれた。今日の朝ごはんは、すでに用意されており、簡単なスープとサンドウィッチだった。すぐに食べ終わり、二人がトランクを持ってきたので、私もトランクを持って玄関へと向かった。
「じゃあ、バルレッドに行く、前に、教会に行こう。」
そう言って、ロジェさんは扉を開けた。私とカジェタノさんが出てからロジェさんは鍵をかけた。心なしかロジェさんも少し寂しそうにしている。ロジェさんも離れるのが不安なのかと思うと、少し親近感が湧いたのだった。




