第六十一話『ある男の訪問』
長期の休みが終わり、授業が再開し、最初の授業再開のお知らせをしに各家を回る予定であったが、またもや神父さんが、先に私たちの家に訪ねてきていたらしく、ロジェさんが
「また、大丈夫だって。」
と言っていた。さらに手にはお金の入った封筒が手渡されており、これからもお願いしますねという料金なのだろうかと考えたが、ロジェさんは少し落ち込んでいるあたり、拒否したがまたも無理やり渡されたケースなのだろう。
最初の授業は先に軍の人へのものが先のようで、ロジェさんは朝ごはんを急いで食べて、出て行ってしまった。私は朝ごはんをゆっくりと食べ、お皿を洗う。この週数間はあっというまに過ぎ去ってしまったことが、嬉しくもあり悲しくもありという何とも不思議な感情になった。
私もこの生活にだいぶ慣れてきたことが嬉しく、また次に子どもたちに会うことが楽しみになっていた。ジパングの本を何冊か取り、読んでみる。やはり戦争もので読むのにはまた時間がかかりそうだった。
(あの、吹雪の中で花は大丈夫だったのだろうか。)
ジパングの本を一冊読み終わったあと、そんなことを考えてみる。そろそろ、ロジェさんも帰ってくる時間だ。あの日から外へは一歩も出ていないので、外の空気を吸ってみるものありかもしれないし、玄関先で待ってみるものありかもしれない。そう思い、玄関も扉を開けると、冷たい空気が肌に当たった。思いっきり息を吸うと冷たい空気が肺の中に入り込んでくる感覚になる。雪はまだ大量に積もっていて、吹雪が止んだとはいえ、これでは歩くのが難しいかもしれない。
外に一歩踏み出すと、さらに冷たい空気が全身にまとわりついてくるようだった。モリ、もとい花を見てみるとそこには鮮やかに咲いた花の姿があった。あんな吹雪の中でも折れず、ずっと咲いていたのかと思うと、素晴らしい花だと思った。思わず、葦とオリーブの木という小さい頃に読んだ物語を思いだす。葦は強くはないが、強風に吹かれてもオリーブのようには折れることはなく、ずっと折れずにいるという話であったような気がする。
どんな風であろうと受け流せる強さは、私にも必要なことだ。そんなことを思いながら、花を触っていると、ある男の人が声をかけてきた。
「tire morke?……**、***roje**。」
なんと言っているのかさっぱり分からない。私がよく分からないという顔をしていると男の人はさらに言葉を続ける。
「**、******、***roje!」
何を言っているのかは全く分からないが、焦っていることだけは伝わってくる。
(ロジェさんの友人かな……?)
しかし、ロジェさんにまだ確認が取れていない以上、家にあがらせるのは良くないのかもしれないし、どうしようかと思っていると、その男の人は
「**、*****roje**?」
と何かを聞いてきたが、やはりさっぱり分からない。分かる、分からない以前の問題に聞き取れない。発音的に考えると、スペイン語やイタリア語などのラテン系っぽい発音な気がする。
「ve yht roje’s homye. yhst zer roje’s ferude?」
と一応、ポリット語で聞いてみるが、向こうにも通じていないらしく、向こうも分からないと首を傾げていた。 しかし、その男の人は意を決したように、一つ咳払いをし、
「**、cajetano rodorigezu!」
と言ってきた。カジェタノ・ロドリゲスとその男の人は言った。その人の名前なのだろうか。私は手でその男の人をさし、
「カジェタノ?」
と聞くと、その男の人は嬉しそうに首をブンブンと縦に振り、その通りと言わんばかりの対応を見せた。私も自己紹介しておかないと失礼かと思い、
「リン、浅川凛!」
というと、その人は嬉しそうに
「rinn!******!」
と言った。そして私の手を取ったかと思うと、そのまま手の甲にキスをされた。まるで王子様がやる仕草に困惑していると、
「caje!」
と誰かの声がして、そのまま私とカジェタノさんとの距離を引き剥がした。その人をみると、ロジェさんだった。ロジェさんは焦って帰ってきたのか、寒いのにも関わらず、少し額には汗をかき、息が上がっている。
「ロジェさん!」
「roje!***!」
と言って、カジェタノさんはロジェさんに抱きつこうとしたが、ロジェさんは抱きつかれそうになった瞬間カジェタノさんをサッと避けた。カジェタノさんは、雪のクッションにそのまま埋もれてしまった。大丈夫なのかと思い、カジェタノさんに近づこうとすると、ロジェさんが私のことを手で制し、言った。
「大丈夫だった?」
「はい、大丈夫でしたけど……カジェタノさんは大丈夫なんですか?」
そう私がいうと、ロジェさんは
「大丈夫。」
と適当に返した。その反応をみると、カジェタノさんはロジェさんの友人のようだ。それも気の知れた友人という感じがした。




