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第五十八話『吹雪』

 「おはよう。何、食べ、たい?」


ロジェさんは、はにかみながらそう言って台所に立っている。昨日覚えた日本語の活用をすぐに何も見ずに言えるなんてさすがロジェさんである。


「ロジェさん、おはようございます。今日はえっと、ベーコン食べたいです。」


「ベーコン?分かる、た?」


「えっと、分かるの連体形で過去の”た”につける場合は”分かった”って撥音、えっと”った”ってはねる音になります。」


「ありがとう。分かった。」


そうロジェさんは返した。ロジェさんはこうした日常会話でも学んでしまうというのが恐ろしいところであるし、間違えることを恥ずかしいとは思っていない。恥ずかしいとは少しは思っているのかもしれないが、間違いを成長の糧とできるところに尊敬の念を覚える。


ロジェさんが地下室の扉を開けるので、私もロジェさんの方に向かう。ロジェさんは大きな原木のベーコンをナイフでベーコンを切り、お皿の上に載せる。燻製にしてあるとはいえ、ベーコンは中までは火は通っていないようで、ロジェさんは


「後で、焼くね。」


と言って、私に渡してくれた。まさか、”ね”という柔らかい言い方と言ったのを覚えて、使えるなんて思っていなかったので驚いた。ジャガイモなどを取っているロジェさんに話しかける。


「ロジェさん、すごいですね。」


「?何が?」


「昨日、私が言ったことすぐにできることです。」


「……リンの言葉、早く、覚え、たいから。」


「嬉しいです!」


まさか、ロジェさんがそんなに覚えたいと言ってくれるなんて思っていなかった。しかし、引っかかるところがある。研究のためではなく、私の言葉としてジパング語もとい、日本語を覚えたいのだろうか。


ロジェさんと一緒に台所に立ち、私はベーコンを焼き、ロジェさんはスープを作っている。この世界にきてからコンソメスープのようなものを飲む機会が増えた。味噌汁と似たように心が温まる感覚に駆られる。朝ごはんを食べ終えたら、ロジェさんと一緒にまた日本語を学ぶことになっている。その時間がなぜか私にはとても嬉しく感じられた。


 その後、日本語について教えたものの、ロジェさんは活用に関してはもうほとんど習得したのもいいも同然になっていた。ロジェさんは三年間、ジパング語について研究してきたことが、つながるようになったというようになるほどと納得したような顔をしながら、どんどんと理解していた。しかし、まだ頭の中で考えることが多いからなのか、まだ途切れ途切れではあるものの、すぐにでも習得をするのだろう。


さらにロジェさんは


「リンが、使う言葉、でも分かることが、ある。」


と言った。


「どういうことですか?」


と聞くと、


「”いう”もそう。”いう”は普通に話すだけ、じゃない。”どういうこと”は何がある?その状態を聞くことがある。わからないことを聞く時に使う。正しい?」


「はい!正解です!」


ロジェさんはスポンジみたいにどんどんと日本語を吸い込んでいくのを、追いつけない存在でどこか遠い存在にも見えると同時に、日本語をどんどんとネイティブのように話せるようになっていくのでとても近しい存在にも感じた。


 今日の夜は、いつも以上に雪が窓を吹きつけていた。吹雪が窓に当たる音が大きく、私はベットの上で布団をかぶっていたが、その音は耳の中に響いてくるようで、眠ることができなかった。


(あったかい飲み物を飲めば、落ち着くかも……。)


そう思い、いつものソファが置いてある大きな部屋に行こうとすると、暖炉のパチパチ燃える音と、若干部屋から暖かな光が漏れていることを感じた。のぞくと、ロジェさんが暖炉のそばで本を読んでいた。ロジェさんはこちらの足音に気づいたのか、


「寝れない?」


と聞いてきた。


「……はい。あの、それで何か飲み物でも飲もうかと思って。」


そう言うと、ロジェさんはソファを立ち、陶器製のカップを一つ取り出し、


「ここで座って?」


と言った。ロジェさんは紅茶ポットで紅茶を注ぎ入れて私に渡してくれた。温かくてホッとする味がした。


「ありがとうございます。」


そう言うと、ロジェさんは微笑んで


「どういたしまして。」


と言ってから、本を手に取った。私は紅茶で体をあっため、ロジェさんの真似をするようにジパングの本を手に取った。先ほどよりも少しだけ吹雪の音がおさまったように感じた。

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