第五十七話『五十音表』
「ロジェさん、これが五十音表です。」
「五十音?」
ロジェさんに、先ほど即興で書いた五十音表を見せる。ロジェさんは「あ、い、う、」と読んでいた。
「あ、い、う、え、おって書いてあってこれが母音です。」
「母音?」
「なんというか、元になる音?みたいな感じです。で、こっちが子音です。」
と言って私は五十音表を横になぞる。ロジェさんはよく分からないというふうに見ていた。ローマ字を使えばわかりやすいのだが、ロジェさんが英語だと思われる言語であるアルビオン語をできる言語として出していなかったことから、英語のアルファベットはあまり出さない方がいいのだろう。
「並び方に法則、決まりがあって、これがあった方が、多分、文法というか、日本語の繋ぎ方が分かりやすくなると思います。」
「並び方?繋げる?どういうこと?」
「えっと、”ない”とか”こと”とか”たい”に繋げるためのものです。」
ロジェさんはうなづくいた。私は続けて言葉を続ける。
「日本語、ジパング語には、活用形という分別の方法があります。五段活用と上一段活用、下一段活用、あと、カ行変格活用、サ行変格活用があります。」
そう言って、私は別の紙に書く。ロジェさんは興味深そうに私の手元を見ていた。
「この動詞、動きを表す言葉の分別は、”ない”って言うのをつけて、分別します。」
「ない?」
「はい、えっとたとえば、行かない、だと”ない”の前がこの”か”になるのってわかりますか?」
「まだ、難しい。」
ロジェさんがそう言って顔をしかめるのを見て、当たり前だと思う。
「えっと、”か”だとこの並びで”あ”が母音ってことが分かります。」
ロジェさんは私の説明を聞きながらうなづく。
「この”あ”が”ない”をつけたときに母音になると、五段活用に当てはまります。」
ロジェさんは少し顔をしかめながら聞いていた。私も中学の頃や高校で古典を習った時に難しいと感じたので、日本語がネイティブではないロジェさんだといくら頭がいいとはいえ、難しいのだろう。
「えっと、その前に日本語には未然形、連用形、終止形、連体形、已然、じゃなくて仮定形と、命令形の動詞の変化があるんです。」
私は上から順に言いながら書いていく。そして、上に五段活用、上一段活用、下一段活用、カ行変格、サ行変格と書き込んでいく。
「で、五段活用は、上から”あ”、”お”、”い”、”う”、”う”、”え”、”え”って変化するんです。」
「なんで、その未然形?は二つ?」
「……なんでかは分からないです。すいません。」
「大丈夫。続ける、いい?」
「はい、えっと、で、”ない”に繋げるのは未然形、”ます”、”た”に繋げるのは連用形、終止形はそのまま、文の末尾、終わりに付くものなので、そのままです。」
そう言ってロジェさんの顔を見ると、ロジェさんは真剣な顔をして私の書いた五十音表と五段活用の部分を見ていた。少し、恥ずかしい気持ちにはなったが、通じているのだろうか。
「連体形は、”とき”とか”こと”とかに繋げることができます。仮定形は”ば”につきます。」
「ば?」
「はい、えっと、”ば”はご飯を食べれば、お腹がいっぱいになったとか、えっと、条件?を表すときに使います。」
ロジェさんはまたうなづいた。
「命令形は、そのままの意味で命令する意味です。結構強い言葉になるので、使わないことの方が多いです。」
私が説明の通りに語尾を書き表す。終止形と命令形のところには”。”と書いた。教科書のように書いてみたものの、これでいいかは不安である。そして、ロジェさんは五十音表と、先ほど書いた五段活用の表を見ながら、ロジェさんはいった。
「じゃあ、行くは行か、ない。行き、ます。終止形は行くのまま?で行く、とき。行けば?、行け。になる?」
ロジェさんが完璧に言ったのを見て私は目を見開いて驚いてしまった。あんな拙い説明で理解して、当てはめて考えることができるなんて思いもしなかった。ロジェさんは本当に頭がいいのだろう。
「ロジェさんすごいです!完璧です。」
そう言うと、ロジェさんは
「本当?よかった。」
と微笑んだ。そして、ロジェさんはどんどんと日本語の活用ができるようになった。私もロジェさんが分かりやすいように説明ができるように、五段活用が書かれている隣に別の活用をどんどんと書き入れていく。ロジェさんはどんどん言葉を吸収していった。
「食べるは、食べない。だから下一段?」
「はい、そうです。」
「だから、私はパンを食べ、た?で過去になる?」
「はい!すごいです!今日だけでここまでいけるなんて!私の拙い説明で大丈夫でしたか?」
「すごい、説明上手!だから、今日もリンのおかげ。ありがとう、リン。」
そう言ってロジェさんは微笑む。五十音表はロジェさんの役に立ったようで、五十音表を頼りにロジェさんは活用を当てはめていた。ロジェさんの研究に少しでも貢献できたのなら幸いである。
「じゃあ、晩御飯、食べる?」
ロジェさんがそう聞いた。
「えっ!晩御飯ですか?」
「うん、もう、七時。だから。」
ロジェさんの取り出した懐中時計はしっかりと七時の時刻を指している。朝の七時ではなく、夜の七時。まるっきり今日は日本語をロジェさんに教えていたようだった。
「ごめんね。リン、ありがとう。」
「いえ、私もたくさん勉強できました!」
「?そう?」
ロジェさんが疑問に思うのかもしれないが、私自身の日本語の分からないことをあらい出せたような感覚になれた。ロジェさんに教えられるほど、日本語のことについては知らないのかもしれないが、国語の勉強がまさかこんなところで役に立つとは思っていなかったので、勉強の成果が少し報われたような感覚になった。




