第四十五話『ミラの悩み事』
ミラはやはり一人で悲しそうな顔をして、立っていた。周りに家族の影が見えない。周りでは家族や恋人で来ている人が多く、さらにお祭りの雰囲気に当てられてかなり浮かれている。その中に一人佇むミラはこの空気の中で取り残されているように感じた。
(家族とはぐれちゃったのかな?)
そう思って、ミラに声をかけてみる。
「mira, tire morke!」
するとミラはびっくりした後、私とロジェさんの方を見て少し安心したような顔をした後、何かの緊張の糸が切れたかのように泣き出してしまった。
「was hafen!?」
まさか泣かれるとは思っていなかったので、慌ててミラに聞くと、ミラはまだ声をあげて泣いていた。しばらくは落ち着きそうにない。ロジェさんの方を軽くチラリとみると、ロジェさんは私に、
「少し、待つ、できる?」
と言われたため、「はい。」と答えると、ロジェさんは走ってどこかに言ってしまった。ロジェさんのことだからきっと考えがあるのだろう。私はただ、泣いているミラの背中を撫でることしかできなかった。ミラは何かを言おうとしているが、嗚咽が混じっていてうまく話せないようだった。
「ゆっくりでいいよ。」とか「大丈夫。」とか何か声をかけたいが私にはその声かけをポリット語でどう言えばいいのかわからない。ふとミラの手元をみると、あの時に書いた手紙があった。ミラはそれを握りしめている。
(もしかして、家族とはぐれたわけではないのかも)
しばらくすると、ロジェさんが帰ってきて、温かい飲み物を持ってきてくれた。そしてロジェさんは少ししゃがんでミラに話しかける。
「estet ve cye?」
とロジェさんが聞くと、ミラは首をうんうんとして頷くが、絶対に大丈夫ではないことはわかる。おそらく、我慢強いんだろう。大丈夫はcyeでいいというのは初めて知った。
「どこか、座れる場所とかに移動しますか?」
そうロジェさんに聞くと、ロジェさんは頷き、立って周りを見渡した。
「あそこ、大丈夫、と思う。」
と言われて、ベンチをロジェさんが指差した。私も移動しようと思って立とうとすると、ミラが、悲しそうな顔をしてこっちを見た。
「gezzst rinn weterfert?」
weterfertは初めて聞く単語だ。不安にしているのは私がどこかに行ってしまうことを気にしているようだ。
「mitten!」
咄嗟に思いついた”一緒に”という単語を言ってみる。すると、ミラは私の裾を掴んで、コクリと頷いた。
ベンチに移動して、ミラと一緒に座る。二人しか座れないので、ロジェさんと変わろうとしたら、軽く断られ、
「ミラは、リン、が好き。だから、一緒に。」
と言われ、ミラも私の裾を掴んだままだったので、隣に座ることにした。ロジェさんはしゃがんで、ミラの目線に合わせた。ミラが少し落ち着いて、ロジェさんがミラに温かい飲み物を差し出した。ミラは受け取ろうとしたものの、手紙のことを心配しているらしく、私に
「konnst zer hafen?」
と言った。私が、「ya.」と言って受け取ると、まだ少し嗚咽が混ぜっているものの小さく「……morke.」と言った。ロジェさんから飲み物を受け取ると、ミラはロジェさんにも「morke.」と言った。ミラはまだ熱い飲み物をフーフーしていた。
飲み物の中身をみると、バーリーのようだ。ミラは小さくバーリーを飲みながら心を落ち着かせている。ミラから受け取った手紙はまだ未開封で、ミラが握りしめていたところがぐしゃぐしゃになっている。ミラが落ち着いてきたところで、
「was hafen?.」
というと、ミラは俯き、悲しそうな声で言った。
「uiier mamu und uiie pamu hafen einen squraf.…」
どういうことなのか分からない。ロジェさんが
「母、と父の喧嘩。」
と私に教えてくれた。両親の喧嘩は痛いほど気まずくなるし、どちらについていいのかも分からない。どちらが悪いのかという意見を求められた時には最悪だ。最悪、離婚するかもしれないという不安を抱えてしまうものである。 ミラの手元をみるとバーリーはもうなくなっていたが、コップは握りしめたままだった。さらに、ミラはつぶやいた。
「uii…habe uiie pamu lage nee gegesten……so uii mote ollenin mitten yhen.」
と言った。長い間見てない、だから久しぶりに?お父さんと会えたけど、両親が喧嘩をしてしまったのだろうか。だから一人で出てきたのだろう。お母さんに手紙を渡せないまま。ミラは今日を楽しみにしていたのに。
ミラは言い終わると、思い出してしまったのか、また涙をこぼし始めた。話している間に思い出して泣いてしまうことはよくあることである。ミラを咄嗟に抱きしめる。心は痛いほどわかる。ミラは私が抱きしめてきたのに少しびっくりしていたが、ミラも私を抱きしめ返した。
(少しだけでも、ミラが大丈夫になればいいけど)
と思い、ミラが泣き止むのを待つのだった。




