第三十九話『完成』
ミラは私の膝の上に乗ったままワクワクしながら、便箋を手に取った。そして、ロジェさんがミラに羽ペンを渡した。ミラは少し緊張したように慎重に羽ペンを受け取った。羽ペンを持つのは初めてのようで、プルプルしているので、ちょっと可愛いなと思って微笑ましく思っていると、ロジェさんも少しそう思ったようで、微笑んでいた。
しかし、そのままミラが固まっているので、どうしたのだろうかと思っていると、ロジェさんが、
「mira, was motest zer worten?」
と言った。ミラは、
「……uii mote …uiier mamu ”morke” wroten.」
と言った。ロジェさんは別の紙を取り出し、
「morke,…uiier mamu,…fur ollen.」
呟きながら文字を書いた。そして、それをミラに見せ、
「konn zer des wroten?」
と言った。するとミラは笑顔で、
「morke!je,roje!」
と言った。そういえば、まだミラは文字を書くのがあまり得意ではなかった気がする。だからロジェさんに助けを求めたのだ。
この世界の書き言葉についてはさっぱりと言っていいほどわからない私にとっては文字を書こうとしようとは思わない。だから、ミラは人に、お母さんに感謝の気持ちを伝えるため頑張って文字を書こうとしているところが偉いと思うし、尊敬する。
手紙を手書きで書くこと自体が私にとっては珍しくなっている。スマホで全てが完結するので、わざわざ手紙では出さないし、年に一回はハガキとして出していた年賀状もスマホで出すようになっていた。
手紙を書いた経験といえば、思い出せるのは八年前、自分の母に二分の一成人式で感謝の手紙を学校で書かされたときだったと思う。部活を引退する先輩たちのために書いた寄せ書きや引越しする友達に書いた寄せ書きも手紙というのだろうか。
ミラは小さな手で羽ペンを一生懸命に持ちながら、慎重にロジェさんの文字を書き写している。この世界の文字は英語みたいに単語と単語の間に隙間が開いていないため、どこからどこまでが、”uii”や”mote”のような単語を表しているのか分からない。
さらにロジェさんの書いた文字数だけ見ても私が想像している発音の文字よりも若干文字数が多いと感じるので私には聞き取れない発音や英語の”knife”の”k”みたいに発音しない文字も入っているのかもしれない。そもそも表音記号なのかどうかも怪しいけれど。
そんなことを思っていると、ミラは少しずつ文字を書き上げていた。だいたい半分くらいまできたところで、ミラは自身の上の方にある私の顔を覗き込むように見てきてどうしたのかと思っていると、不安そうな顔をしながら、
「…konn uii doii wroten?」
と聞いてきた。
正直、文字が分からない私にとってはどう返していいのか分からないが、一生懸命に書いていることが伝わるとても可愛らしくて、素敵な文字だ。
「…sehr doii!」
と私はいうと、ミラは可愛らしく、「morke!」と言って、少し照れたように笑った。隣にいたロジェさんも
「doii!Mira!」
と言っていたので、ミラはさらに笑顔になり、ホッとしたような顔を浮かべた。ロジェさんも同意してくれたので、文字が読めないみたいなことなないのだろう。
ミラはさらに真剣な顔をして文字を書き進めた。ここまでかなりの時間が経っているようで、教会の窓から入ってくる光がそれを物語っている。しかし、膝にミラがいたとしても全く足が痺れたり、疲れたりすることはなく、むしろ真剣なミラを見て、こちらが時間を忘れていたようだった。
たまに書き方が分からない単語についてはロジェさんに確認をしながら、書き進めている。
そして、ミラはようやく手紙を書き終えたようだ。”morke, uiier mamu, fur ollen.”おそらく書いたのはロジェさんが呟きながら言っていたこの内容で間違いないだろう。短くはあるが、文字が苦手なミラが苦労して書いた手紙はきっとミラのお母さんは喜んでくれると思う。
インクが乾くまでの間、ミラはインクを落としに手を洗いに行くようだった。ミラを膝から下ろすと、ミラは私に「morke!」と言った後、神父さんにお話をして、石鹸のようなものをもらった後に手を洗いに言ったようだ。
ロジェさんと私はミラが書いた手紙を見つめる。
「ミラ、文字書く、苦手。だけど、頑張る。だから、きっと、通じる。と思う。」
ロジェさんがそう言ったのを聞いて私も
「そうだと思います。」
と返した。
ミラが一生懸命に書いたペンの筆跡はおそらく、ミラにだけの大切なものだ。上手く言葉には言い表せられないが、文字の力を感じる。そしてロジェさんは私に聞いた。
「リンは手紙、書く、ある?」
「書いたことはあります。でも、最近だとスマホばかりで…。」
するとロジェさんは「スマホ…?」と聞いてきた。
「スマホは、えっと…いろんなことができるすごい機械です。」
「いろんなこと?」
「えっと…。」
スマホって意外と説明するの難しいかもしれない。この世界にはおそらくコンピュータはないし、電話も怪しい、インターネットもないだろう。できるだけ分かりやすい言葉で伝えれるだろうか。
「…なんでも調べられて、遠くにいる人と連絡、話すことができて、時間をかけずにいつでもどこでも手紙?みたいなもの送ることができるものです。それで、お買い物もできますし、写真も撮れます。私の世界ではないと生きていけないぐらい大事なものです!」
というと、ロジェさんは関心したようにうなづきながら、
「そんなに、すごいもの、がある。」
とどこか少し寂しそうにしながら、私の話を聞いていた。
「どうかしましたか…?ロジェさん、悲しそうですよ。」
というとロジェさんは少し誤魔化すように笑いながら、
「遠くにいる人と、話、したいから。かな。」
と言った。ロジェさんには大切な人が遠くに住んでいるのだろう。
ー恋人かな。片思いの人とか。
友人の話をしているかもしれないのに、そういうふうに考えてしまうと胸がズキズキと痛むのだった。だからと言って、部外者の私が私の個人的な感情の話で、ロジェさんの人間関係に変に首を突っ込むものではないと思い、何も聞けなかった。
ミラが戻ってくると、ミラは手で怖がるようにインクの部分を触った後、乾いていることを確認して、紙を二つに丁寧におり、きれいに封筒に収めた。ミラが手紙を封筒に入れて完成したところまで見ると、見守っていたロジェさんは「doii!」とミラの頭を撫でて褒めていた。
私も「doii!」というと、ミラは私の方を何かを期待するようにチラリと見たので、なんだろうと思っていると、ロジェさんが笑いながら、
「撫でる、ほしい、みたい。」
と言ったので、私が頭を撫でると、ミラはとても笑顔になった。
ミラは私たちと一緒に街まで戻ると、とても嬉しそうに私たちに「morke!」と言いながら帰って言った。私もミラが無事に手紙を渡せて、気持ちを伝えられたらと思い、ミラに心からのエールを送るのだった。
累計1000pv達成しました!ありがとうございます!




