第三十六話『マフラー』
いよいよティレのお祭りまで十日と迫ってきた頃、私は黙々と縫い上げていたロジェさんのマフラーを持って、ディーヴさんのお店の前まで来ていた。
最近ではロジェさんにポリット語を少し教えてもらっていたので、簡単な会話であればできるようになったのだ。本の若干ではあるが英語と似ている単語があるので、思ったよりも単語を覚えることの苦労は少なくて済みそうだった。
文法を教えてもらいながら思ったのは思ったよりも複雑ではなく、単純であると言うこと。最初覚えるまでが難しそうだが、意外と慣れてくると間違えずに言えるようになるらしい。しかし、まだ私にとっては難しい。ずっとカタコトでこの言語を理解している。ロジェさんいわく、たまに普通に話してても間違えることもあるので、あまり心配しなくても大丈夫だそうだ。子どもたちは私の拙い会話練習に付き合ってくれているので、感謝してもしきれないと言うのが現状である。
ロジェさんは古代言語としてはゲルマニアにあたる言語が変化して今の言語の形になったと教えてくれたが、英語と日本語以外わからない私にとっては、正直よくわからなかった。多分、ゲルマニアがゲルマン系の国にあたることはわかったが、どの国にあたるのかもよくわからなかった。
今日は、ディーヴさんに糸の編み終わった後の方法について尋ねようとしていた。ロジェさんは私をディーヴさんのお店の前に連れてきてくれたあと、野菜を買いに行くと言ってしまったので、今回はディーヴさんと初めて二人で話す。
勇気を出して、扉を開けると、ディーヴさんは一直線に私のところまできて、
「tire morke!」
と挨拶をして、抱きしめてくれたので、私も抱き返し
「tire morke!」
と挨拶をした。ディーヴさんは少し私の周りを見渡したあとに言った。
「?wer yht je,roje?yht rinn eins?」
ディーヴさんは私にわかるようにゆっくりと話してくれる。ゆっくりと話してくれていればわかるので、私も少しずつわかるようになってきていると感じる。
「je,roje……bauft gemes. so,…uii yhe …eins!」
「cye!」
私がまだカタコトではあるし、少し詰まりながらであるが話せたのが少し嬉しく感じているとディーヴさんは、とても目をキラキラさせて、喜んでいた。さらに抱きしめてくるので、私もさらに抱きしめ返した。
ディーヴさんは私にまた部屋まで案内すると、私と同じように最後だけまだ糸の後処理がされていないマフラーを持ってきて、私のソファの隣に座った。ディーヴさんは私に
「konnst zer zere kirune gesten?」
と言われ、マフラーを指さされたので、私は
「ya.」
と言って、ディーヴさんに渡した。gestenの意味が怪しかったが、見てもいい的な意味であっていたようだ。下手くそって思われてたらどうしようと思っていたが、ディーヴさんは私のマフラーを一通りみた後、笑顔で、
「doii!」
と頭を撫でで褒めてくれた。嬉しくて私も一緒に笑って、「morke!」と言った。そしてディーヴさんは私に糸の後処理の仕方について教えてくれた。ディーヴさんの手元を見ながら、私もゆっくりと真似をする。ディーヴさんはずっと私に「doii!」と言ってずっと褒めてくれていたので、ずっと少し嬉しいような恥ずかしいような気持ちになっていた。
この世界にきてから、ずっと褒められているので、慣れないことに嬉しさ半分、恥ずかしさ半分という気持ちである。
ようやく糸の処理が終わり、初めて自分で編んだマフラーを見てみる。少し不器用さが出ているマフラーではあるが、初めてにしてはなかなかうまくできたのではないかと考えていると、ディーヴさんは微笑んで、頭を撫でてくれた。
ディーヴさんはお母さんみたいだ。確かにゲルーノくんのお母さんではあるけれど、私にも優しくしてくれていて、授業の様子を見ても、子どもたちに好かれているのは見て取れる。みんなのお母さんみたいな感じである。
ー今からであれば、ディーヴさんにも編めるかな?
「…da,dhivu!」
「hm?」
ディーヴさんは私の問いかけに不思議そうに首を傾げた。
「uii mote…kirune.…fur da,dhivu!」
意を決して言ってみる。ディーヴさんは少し固まっていた。やっぱり、私みたいな人からもらってもよくないだろうか、と少し落ち込んでいると、ディーヴさんはとても嬉しそうな顔で抱きしめてきた。
「…da,dhivu?」
と私は少し困って、ディーヴさんに話しかけてみると、ディーヴさんは私に
「…birre, uii yhe jet sehr birre.」
と言ってくれた。そして抱きしめていた手を離して、私の目を見て、嬉しそうに「morke!rinn!」と言ってくれた。ディーヴさんがここまで喜んでくれると思っていなかったので、私は少し驚いたあと、ディーヴさんに「morke!」と返した。
ディーヴさんと一緒に毛糸を選んでみる。私はディーヴさんに「was zer mote?」と聞かれたので、ディーヴさんに合う色、ディーヴさんのイメージを考えてみた。
ー暖かくて、お母さんみたいで、優しい人
私の中で暖かい色といえば、オレンジである。色々な毛糸を見てみると、金木犀の少し薄い優しい色の毛糸を発見し、ディーヴさんに見せると、ディーヴさんは「cye!」と言ってカゴに詰めてくれた。
毛糸を買えるぐらいのお金は貯まったし、と思い、ディーヴさんにお金を渡そうとすると、ディーヴさんは「nee bare.」と言われたので、それ以上何もいえず、そのまま毛糸を受け取った。
ロジェさんがお迎えに来てくれたらしく、扉の音が聞こえた。ディーヴさんとロジェさんは少し挨拶をした後、
「リン、帰る?」
と聞いてきたので、少し名残おしいと思ったが、ディーヴさんと別れのハグをして、ディーヴさんは私の頬にキスをしてきたので、私もそろそろ返さないとかなと思い、頑張ってキスしようとすると、ロジェさんが、
「無理、しないで、大丈夫。」
と言ってきたので、離れると、ディーヴさんは少し悲しそうな顔をしていたが、ディーヴさんと手を振って別れた。
ロジェさんが、私のカゴの中身を見て、
「新しい、毛糸?」
と聞いてきたので、
「ディーヴさんに編みます!」
というと、少し驚いたような顔をした後、笑顔で
「頑張って。」
と言ってくれた。




