第三十話『シュトーレン』
編み物を続けて3日、ここ数日寝る前の1時間は必ず編み物をするようになっていた。昼間はロジェさんの授業について行ったり、ジパングの資料を読んでいた。
ジパングの資料は私の生きている時代もしくはそれよりも早い資料、具体的に言うと、第一次世界大戦や第二次世界大戦と思われる時代の資料に当たることが多かった。資料が消失していないということは重要に保管されていたのだろうかと考える。
その時代のことに関しては語ることができる人が居ないため、資料からしな読み取ることができないのだ。世界史に関しては辛くて読めないと感じていたが、どうして戦争でこの世界の前文明、ジパングが滅びたのだろうということを考えるようになったし、それを理解したいと思うようにもなった。
ジパングの資料にも特に異世界転移もしくは異世転生について具体的にどうすればできるかなどについての記載はなかった。死ぬというのが最も有効な手段であると考えられるが、それはあくまでも異世界に行くという話で、異世界から現実世界、日本に帰るという訳では無いのである。
私が『2027年国防省年次報告書』と書かれた資料を読んでいるとロジェさんが帰ってきた。ロジェさんは「ただいま」と言って、帰ってきた。
私はロジェさんに「おかえりなさい」と返し、持っていた資料を机の上に置いた。今日はロジェさんは軍の人に文字を教えに行ったのである。ロジェさんを玄関まで迎えに行くと、ロジェさんは手に紙に包まれた何か小さな塊を持っていた。
「ロジェさん、何を持っているんですか?」
するとロジェさんは
「barchen」
と答えた。そしてロジェさんは包みを開けるとその中には粉砂糖だろうか白い粉がかかった四角いパウンドケーキのようなものが入っていた。
「パウンドケーキ…?ですか?」
ロジェさんに聞くと、ロジェさんも分からないという顔をした。
「リンの、世界で、何かは分からない」
とロジェさんは言った。そしてロジェさんは私に
「食べる?」
と提案をしてくれた。食べてもいいんだろうかと思っていると、ロジェさんはナイフを持ってきて、そのbarchenを分けてくれた。断面を見てみると、様々な中身が入っていることが分かる。ナッツやレーズンだろうか、オレンジピールっぽいのも入っている。
ーこれどこかで見たことあるような気がする…。
しかし、なかなか思い出せない。そして、ロジェさんは小さなお皿を出して私に少し取り分けてくれたあと、
「ティレの、お祭りまで、ゆっくり、食べる。」
と言われ、やっぱりどこかで同じようなもの聞いたことがると思って、悩んでいると、ロジェさんが心配そうな顔をして「大丈夫?」聞いてきた。私は「大丈夫です。」と答えたものの、やはり、心もモヤモヤが晴れない。
心を切り替えて、barchenを見てみる。あまりナッツやレーズンが入ったようなゴテゴテとしたスイーツは日本では得意ではないと感じ、あまり食べていなかったが、ロジェさんに勧められたものを断るわけにはいかないと思い、食べてみた。
「美味しい…!」
思ったよりも美味しく、ロジェさんは私のその発言を聞いて、嬉しそうに笑っていた。口がパサパサするのが若干難点である。ロジェさんが紅茶のようなものを出してくれたため、紅茶で喉を潤した。
私が、
「もう一切れいいですか…?」
と聞くと、ロジェさんは笑って、うなづき、先ほどよりも大きなかけらで渡してくれた。ロジェさんもまたおかわりをしたらしい。
あっという間に半分になったbarchenを見て、ロジェさんに
「…食べ過ぎちゃいましたね…。」
というと、ロジェさんはわざとらしく目を逸らし、
「…大丈夫…多分…。」
と絶対に大丈夫ではないと思い、とても申し訳ない気持ちでいると、ロジェさんは「もう一回、買う、から。」と言ったため、本当に大丈夫なんだろうということにした。
こんなやりとりはどこか見覚えがあった。妹とお父さんの会話だ。お父さんが買ってきたシュトーレンを妹が食べて、怒られてたけど、また買ってこればいいって笑って言ってたんだっけ…。
そうだ。
ーシュトーレンだ!
ドイツではクリスマスで定番のお菓子であったと思う。確か、クリスマスまでにちょっとずつ食べ進めていくのだ。心の中のモヤモヤがはっきりして、よかったと思うと同時に、ロジェさんに少し心の距離を縮めている自分の存在に気づくのだった。




