誕生日〜10歳
人生で誰しも経験する選択肢、分かれ道、分岐点など必ず選択を迫られる。
【もしあの時あっちを選んでいれば…】
これは多くの人が選ばない方を選んで来た男のノンフィクションです。皆さんの今後の人生に置いて絶対に避けるべき存在、遠慮せずに得るべき利益など参考にして下さい。
1976年【昭和51年】 一月誕生
正直5歳迄は記憶が曖昧で、印象的な一場面を覚えているだけの子供時代。
底辺も何も無い真っさらな白紙の状態です。まず底辺を語るにあたり私の幼少期からお付き合い下さい。これによりアナタ、もしくはアナタの子供が底辺になるリスクはかなり低減されると思います。
2歳ごろの夏、父親に連れられ商店街で「プッ!プッ!」と音の出るサンダルを買ってもらい喜んでいた事を覚えている。商店街のとあるお店でかき氷を食べ、そこには綺麗な文鳥が鳴いていた。夏
4歳の頃、時計屋の広い駐車場で父親が両手を広げて私の名前を呼ぶ。無垢な私は全速力で父親の両手に飛び込むが父親は冗談のつもりで子供の全力を避けた。疑う事を知らず全幅の信頼を置く親の手はそこに無く、代わりに私を受け止めたのは車のホイールだった。子供とは言え全速力で全体重を乗せた勢いでおでこをホイールのボルト部分にぶつけ、硬いアスファルトに突っ伏せる。結果大出血、視界が血で真っ赤になった場面を覚えている。初めて見る真っ赤な世界の中の親父は半笑いで謝っていたのを覚えている。
病院で額を縫われている時もギャン泣きしていたが、父親は「死なないから大丈夫!」と笑っていた。痛くて泣いてるんじゃ無く、悔しくて腹立たしくて泣いていたのを今でも覚えています。上手く言葉に出来ずこの悔しさが伝わらないもどかしさ、せめて泣いてアピールしても親父はまるで理解しない。そしてこれ以降私は親の懐に飛び込まなくなり、そして甘えなくなったそうです。あの時せめてキチンと謝って「俺が全て悪かった。もう2度とあの様な悪ふざけはしないからちゃんと飛び込んで来て」と言ってくれていたら私の人生はどう変わっていたのかを知りたい。不幸にも疑いを覚えた最初の人間が【父親】だった
5歳の時点で多分5〜6回引越しを経験していた。小学1〜3年はあまり記憶が無いが、その3年間は喫茶店と自宅が合体した借家に住んでいたのは覚えている。親はケーキ屋と喫茶店を営んでいました。
8歳 小学校3年生で隣町にまた引越し。そろそろ物心がつく頃でもあり、友達とバイバイは割と寂しかったのを覚えている。弟は小学1年生。引越し理由は借家の持ち主(親戚)が仕事か何か失敗したのか急に借家を使わざるを得なくなったとか何とか。まぁ要は出ていってくれと。
転校先は全校生徒が100人にも満たない田舎の小学校だった。1学年に1クラスのみ、俺のクラスは確か11人だったと記憶している。両親は夫婦でスナックをする事にしたらしい。そこは二階建てアパートのようなテナントで1階に4件、2階に3件のスナックが連なる。両親は1階の真ん中でスナックを始めた。2階の1番端の奥、そこが私達たちの新住居でした。
ここが【苦難、災難】の始まりです。
両親は昼と夜が逆転する生活が始まる。俺達が学校に行く時は寝ていて、パンとかコーンフレークが置かれている。俺達が帰ってくると仕事の準備をしていて既に晩飯が置かれている。親と話す事が少なくなったのを覚えています。
割と稼ぎは良かったのか当時は革新的な【ファミリーコンピュータ】が発売されるや否やすぐに買ってくれた。俺と弟は誰に咎められることもなく宿題もロクにせずファミコンで遊び、テレビを観てお菓子を食べて歯磨きもせずに寝る。好きな事だけをひたすら、そして自堕落に。また、テナントの2階に住んでいたので壁は薄く、夜の19時から夜中の3時頃まで四方八方からカラオケが聞こえてくると言う、子供の育成にとって最悪の環境でした。その結果は著しい学力低下と虫歯を与えられる。
【人生の転換期】小学4年生 10歳
ここで人生初の転換期を迎える。がしかしこれに選択肢は有りませんでした。避けられない絶対強制イベント
【親の離婚】
母親が店の客と不倫、相手は独身でヤクザか何か?らしく、父親は男1人で男の子2人は育てられないと言う話の中、どちらがどっちを引き取るとかなど勝手に話しが進む。そこで初めて与えられた選択肢、親父は俺と弟に聞いてきた。
「どっちがお母さんの方に行く?」
話しが始まってものの30分で親のどちらかを選べと言う。子供ながらに離婚の意味は何と無く知っていたがまさかその当事者になるとは思わなかった。俺は親父にあの【おふざけ避け&謝らない】があったので母親希望と言った。そして弟も同じ母親希望だった。
その時、母親は真剣な眼差しで10歳と8歳の2人の息子にこう告げた。
「私の人生の邪魔をしないで!!!」
こうして10歳の私は父親から【猜疑心】母親からは【疑心暗鬼】他人の間男からは【憎しみ】を教わった。
この後、父親は2人の息子に選ばれなかったのに2人の子供を育てる事になります。
教訓①
4歳は【軽んじられている】と理解してます。言葉に出来ないだけです。犬や猫も3〜5歳児の知能があると言われているので、恐らくわかっていると思います。なのでキュートアグレッションは本当に気を付けて下さい。リアクションが可愛いからと、ふざけてしつこく何度も何度もつついたりからかったりは辞めましょう。
教訓② 水商売には関わらない
これは男性も女性もです。特に若い方は。後に書きますが私も19〜21歳頃に夜の世界に入りました。人が寝る時間に働き、本来生物にとっての猛毒である【酒】を売る。女性は更に若さや性やその一部を売る。得られるお金は多いですが,失った、もしくは薄れた倫理観が後の人生に及ぼす影響が深刻です。また夜はロクでも無い人間が多く、これは従業員も客もです。客としてたまに呑みに行く程度なら問題ありませんが、どう言う目的で呑んでいるのか、呑むとどうなるかにもよります。私が言っているのは【友達、もしくは恋人と楽しく呑める】これ以外はどんな理由があれ地獄の入り口に立っていると認識して下さい。会社の付き合いや接待、部下や上司と飲みに行くのも底辺の入り口です。 友達の枠に入るなら同僚はギリセーフかな?
【付き合い、接待、上司のフォロー呑みが何故ダメなのか解説】
「呑む、食う」に関してやたらと経費で連れて行ってくれる所は経験上ほぼブラック企業です。普通のまともな一般企業、上場企業はそんな事しません。どちらにも働いた経験から言える事です。結果話を逸らされて酔わされて、でも沢山お金を使われたから「ま、いっか」といつも思うでしょ?w
考えてみてください、これは根本的な問題解決をせず、まるで骨折に絆創膏を貼る様なケアです。アナタを大事にしていないからお金を使って連れていくのです。問題は社内の会議室で複数人で話し合うべきでしょう。その会社は底辺と上級が住まう所です、一刻も早い退社をお勧めします。