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2. お願い

「で、何者なんだ、おまえ」


 テーブルの上で正座する俺を見下ろして、伊織莉(いおり)が言う。


「まぁまぁ、そんなに問い詰めたらかわいそうだよ」


 花凛(かりん)がなだめてくれるが、さっきまで刃物を突き付けていた人間が言っていい言葉ではないと思う。


 テーブルを囲んで二人とも座ってはいるが、俺を見下ろすような姿勢になるので圧がすごい。俺の身長なんて多分ニ十センチもないし。十五センチもないかもしれない。自分の大きさがどうにもよく分からないけれど、どうしても詰問されているように感じてしまう。


「何者と言われても、正直、こっちが知りたいというか……」

「なんだ、それ」

「自分が何者なのかよく分からなくて」

「クマのぬいぐるみじゃないの?」

「そうなんだけど、それだけじゃないというか」

「はっきりしろよ」

「何というか……。気付いたらぬいぐるみだったんで……」

「え? もともとは違ったってこと?」

「それもはっきり分からなくて。何かを忘れてるような気はずっとしてるんだけど」


 要領を得ない俺の回答に、二人は困ったように顔を見合わせた。


「えーと、クマさん、記憶のあるあたりから順番にお話してもらえるかな?」


 花凛の口調から、俺に恐怖心を与えないように気を配っている様子が伝わる。さっきは刃物を向けられたけれど、普段の生活から見ても、本来は優しい子なのだろうと改めて思う。クマさんと呼ばれるのは落語みたいなのでやめてほしいとは思うけど。


「記憶があるのは……半年くらい前からだと思う。初めはまどろんでるような感じで、意識があるんだか夢の中なんだか分かんないような感じで……。で、だんだんと意識が覚醒していって、部屋に誰もいないときに完全に目が覚めて。ここどこだろう、なんかベッド大きいなって思いながら動いてたら、そこの鏡に映った自分を見てぬいぐるみじゃんってなって」

「クマさん、自分でもびっくりしたんだ」

「うん。何がどうなってるのか全然分からなかった。ただ、鏡を見てぬいぐるみじゃんって思ったってことは、ぬいぐるみを知ってたってことだから、もともとは人間だったのかなって思う」

「それだけじゃ、人間だったって言えねえだろ」

「でも、テレビもパソコンも使い方知ってたし。言葉も分かるし話せるし」

「あぁ、それなら人間かもね」

「けど人間って、おまえ、どこの誰なんだよ?」


 伊織莉の問いかけに、俺は首を振った。


「それがどうしても思い出せない。自分が誰なのか、どこから来たのか、どうしてぬいぐるみなのか。真っ暗な中で何かがキラキラ光ってるイメージだけがぼんやりと記憶の中にあるんだけど」

「思い出せそうにないの?」

「さっぱり。ちょっとでも思い出せないかと思って、テレビを見たり勝手にパソコンでネットに繋いでみたりして情報に触れてはいるんだけど全然ダメ」

「へえ」


 つぶやいた花凛の瞳が冷たく光る。


「それで、昼間っからごろごろしてワイドショー見たり連続ドラマみたり、パソコンで動画サイト見て笑い転げたりしてるんだ」

「くそニートだな、おまえ」

「いや、あの……少しでも記憶を取り戻す……ためでして……」

「へえ」


 花凛の瞳がさらに冷たく光ると、テーブルの上に置きっ放しの包丁に手が伸びる。


「自分用のクッションを人のカード使って通販サイトで勝手に買っちゃうんだ」

「ひっ……」


 通販サイトで購入して置き配指定で買ったクッション。玄関のドアを開けるのがちょっと大変だったけれど、靴箱をよじ登って鍵とドアを開け、部屋に運び込むことができた。


 クッションは普段はバレないようにベッドと壁の隙間に隠しておいて、寝転がるときに使っている。


 通販サイトも花凛が滅多に使わないサイトを選んだし、通販サイトからの確認メールもすぐに削除した。カードの明細は細かく確認しないことは分かってたし、クッションが届いたときの簡易包装は細かく千切って毎日少しずつゴミ箱に捨てた。カメラさえなければバレなかったのに。


「す……すみませんでした……」

「切り刻まれちまえよ、おまえ」

「ぬいぐるみって切っても死なないのかな?」

「大丈夫じゃね? 血も出ないだろうし」

「細かく切り刻んだらさすがに死ぬかな」

「どうだろな。足から順番に切ってみて、悲鳴がどこで止まるか試してみたらいいんじゃね?」


 怖い。悪魔がいる。怖い。


 よく考えてみると、こいつらおかしい。普通、ぬいぐるみが動いたら怖いだろ。お化けかもって思ってビビるだろ。どうしてこいつらはぬいぐるみを殺しにきてるんだ。


 そうだ。まだ逆転の目はある。ビビらせてやればいい。


「くっくっくっ……。愚かな人間どもよ……。我は悪魔の化身なるぞ。貴様ら呪ってくれるわ!」

「あ゛ぁ゛っ!?」

「ひいっ……!」


 逃げる間もなく、俺の身体は伊織莉の手で逆さ吊りにされた。


「生意気だぞ、こいつ」

「しょうがないよね、自分から悪魔って言っちゃったんだからね」


 花凛の手に握られた包丁の刃先が光る。やっぱり無理だ、これ。


「調子に乗ってました……。すみませんでした……」

「呪いかけれるんだろ。やってみろよ、おまえ」

「すみません……。かけかた分かりません」

「お化けとか悪霊とかそんなんじゃねえのかよ」

「多分そんな感じのだと思うんですけど」

「その割には弱っちいよな」

「逆に二人が強気過ぎるような気がするんですけど」

「そりゃね。動画見て笑い転げてるお化けなんて怖くないよね」


 確かに。


「でも、初めは怖かったんだよ? 動画サイトを開いたらおすすめの動画にお笑いばっかり出てくるようになって。どうしてだろうって思って履歴を見たら、見覚えのないお笑いの動画をたくさん見たことになってて。アカウント乗っ取られたのかなって思ったけど、他のSNSのアカウントは何ともなってないし、パスワードも変わってないし」

「な。花凛、めっちゃ気味悪がってたよな」

「それでパソコンのログを確認したら、誰もいないはずの昼間に電源が入ってるんだもん。怖いよね」


 そうか。迂闊だった。履歴を削除しておけばよかった。


「だから、泥棒とかストーカーとかが部屋に入り込んでたらどうしようって思って、この部屋に監視カメラをこっそり設置したんだけど、まさか、ぬいぐるみが動いてるなんて考えもしないよね」

「しかも、くそニートみたいな生活してるしな」

「いや、俺としても自分に関する情報を集めたかったんですけど、外に出るわけにもいかないんで、本当にテレビとネットくらいしかできることがなくて」

「でも、クマさんの事情は分かったよ。自分でも知らないうちにぬいぐるみに魂が乗り移って、何か大切なことが思い出せなくて困ってるってことでいいんだよね?」

「はい。そのとおりです」

「おまえ、なんでぬいぐるみなんかに乗り移ったんだよ?」

「分かんないです。あと、そろそろ下ろしてください。頭に血が上りそうです」

「血なんかないだろ、おまえ」

「でも、クマさんが何も思い出せないとなると、どうにもならなそうだよね。大切な何かを思い出せないと成仏できないんじゃないかな」

「実は俺もそんな気がしてるんです。何かこの世に未練があって現世にとどまってるんじゃないかって」

「さっき言ってた、キラキラ光るとかいうヤツじゃねえの?」

「それのような気もするんですけど、はっきりとは」


 伊織莉から解放された俺はテーブルの上に座り直して、二人を見上げた。


「あの、お願いなんですけど」


 正体もバレたし、他に手はない。このまま時間だけが過ぎても、何も解決しない。だから。


「俺を成仏させるの、手伝ってもらえませんか」

「ええぇぇぇ」


 露骨に嫌そうな顔をして、伊織莉が言う。


「めんどくせえな。成仏したいならお寺に行って坊主にでも頼めよ」


 ごもっともな気はする。


「まぁまぁ」


 包丁をようやくテーブルに置いて、花凛が続ける。


「手伝ってあげたいけれど、ちょっと情報が少なすぎるよ。どこの誰かも分かんないし、未練が何なのかも分かんないし」


 本当にそのとおりだ。だから俺も困ってる。でも、頼める人が他にいない。


「外に連れてってもらえるだけでいいんです。テレビとネットだけだと見てても何も思い出せないんで、外の景色とか見てたら何か分かるかもと思って」

「うーん。それくらいなら」

「マジかよ、花凛。うちらの歳でクマのぬいぐるみ持って街うろつくって、かなりイタイぞ」

「リュックから顔だけ出させてもらえればいいんですけど」

「余計イタイだろ」

「確かに厳しいかも。ロリータファッションとか地雷系とか、ぬいぐるみをかばんにくっつけるとか、いろいろ方法はあるけど、あんまりやりたくないしなあ」

「おまえ、一人で街歩けば? うちら止めないから」

「つかまります」

「何の罪でだよ?」

「警察につかまらなくても、道行く人につかまって、SNSでバズったり、動画サイトに投稿されて人気者になったり、俺のグッズが展開されたりしてしまいそうです」

「幸せ者じゃねえか」

「丸く収まったね」


 収まってない。何も解決していない。


「あの、じゃあ、大きめのバッグに入れといてもらえれば、隙を見てこそこそ外を見ますんで」

「絶対バレない?」

「任せてください。いざとなったらぬいぐるみのふりをします」

「ふりってか、ぬいぐるみだろ、おまえ」

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