17. お礼参り
「懐かしいね」
「卒業して以来だな」
お昼過ぎに中学校に着いた二人は、来客用玄関から校内に入ると職員室に向かう。俺は、花凛のトートバッグから顔を出し、ぬいぐるみのふりをしていた。
「こっちから入るの初めてだな」
「生徒用の昇降口から入るわけにもいかないしね」
「あたしら、生徒からは先生と間違われるんじゃね?」
「さすがにそんな貫禄ないよ」
職員室のドアは開いていた。失礼しますと花凛が声をかけ、二人は中へと入る。室内にいた先生の何名かが振り向く。二人は全体を見回し、そして。
「――あ」
花凛が小さく声を漏らした。
「お」
伊織莉も同じく声を漏らす。見知った顔があったようだった。
二人はずかずかと職員室を進み、前方へと向かう。職員室の前面、大きな黒板に日程や連絡事項が書いてあり、その目の前に主任などの偉い立場の先生が座っている。その中の一人、眼鏡をかけた男性が立ち上がった。
「お久しぶりです、宮川先生。覚えてますか?」
花凛に声をかけられた彼の表情が引きつる。
「え? 相坂? 矢野も……。久しぶりだなぁ。大きくなって。どうしたんだ、突然」
そういえば、花凛の名字って相坂だった。ってことは、伊織莉の名字って矢野なのか。初めて知った。
「午前中にお電話をしたんですけど。お昼過ぎにおうかがいしますって」
「えっ?」
解せない表情の宮川。
「先生、私、聞いてます」
若い女性が近づいてきて声をかけた。先生だろうか、事務員だろうか。
「お姉さんのことを聞きたいって連絡くれた方ですよね」
「はい、そうです」
「お姉さん……」
宮川はつぶやくと、首をかしげた。
「お姉さんなんて、いたか?」
「いましたよ。わたしの五個上で、十年前に卒業しています」
「十年前か。俺がこの学校来る前だな」
「どなたか、当時のことを知っている先生っていませんか? できれば担任の先生がいいんですけど」
「十年前だとなあ。お姉さん、何かあった?」
「亡くなったんです」
「……それは……」
「それで、姉について知らないことが多いので、足跡をたどってるんです」
「そうか。お姉さんの名前は?」
「凛聖です。相坂凛聖」
「ちょっと待ってろ」
宮川は先ほど声をかけてきた女性に、当時の担任を確認するよう依頼した。この女性は事務員だったようだ。
「相坂、大きくなったなあ。最初、誰かと思った」
感慨深げに彼は言う。
「成人式で会えなかったしな」
「あー、わたしインフルエンザで出れなかったんですよ」
そういえば、そんな設定だったなと思う。けれど、宮川には意外だったようだ。
「成人式のときに相坂を見たって言ってた先生がいたけど、出てなかった?」
「出てないですよ?」
花凛は小首を傾げた。
「おっかしいなぁ。あ、でも、なんかこそこそしてたとか、晴れ着じゃなかったって話だった気がするし、別人かなあ」
どういうことだろう。本当はこっそり出席していたのだろうか。他人の空似だろうか。
「先生、あたしは? 見違えた?」
横から伊織莉が口を挟んだ。
「おまえは成人式で会っただろ」
「そうだっけ?」
思い出話に花を咲かせる三人の様子を観察していると、少し様子がおかしいことに気付く。宮川の目が時々泳ぐというか、不安がっているというか。何だろう。
「お待たせしました」
先ほどの女性事務員が戻ってきた。
「相坂凛聖さんの当時の担任は小森先生ですね」
「小森先生?」
宮川も知らない先生のようだ。
「今、隣の市の中学校ですよ」
「会うことってできませんか」
花凛の問いかけに、
「聞いてみるな」
返事をすると、彼は電話をかけた。あっさりと話が通ったようだ。
「小森先生、今日の放課後なら大丈夫だって」
「本当ですか。ありがとうございます」
少し話をしてから、二人は学校を出た。
「あの先生、あんまり変わってなかったな」
「昔のままだったね。あの年齢だと、五年じゃそんなに変わらないのかも。あの席に座ってたってことは、偉くなったんだと思うけど」
周りに人がいないことを確認して、俺は二人に声をかけた。
「さっきの先生って二人の担任だった人?」
「ううん。学年主任だった先生」
「じゃ、直接関わりなかった先生?」
「英語は宮川先生だったから、授業は受けてたよ」
「授業よりも想い出のある先生だけどな」
どういうことだ?
「クマ、前に話したことあるだろ。あたしがすげえ怒られて、花凛がカッター突きつけた先生」
あの先生か。宮川の挙動がおかしかったた理由が分かった。昔カッターナイフを突きつけてきた生徒が五年ぶりに突然学校にやってくる。
お礼参りだと思ったことだろう。そりゃ警戒もするだろうな。