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10. 仲間を探す

「うぐっ……」


 全身を打ち付けたけれど、特に痛くない。こういうときにぬいぐるみで助かったと思う。


 見上げると、ドアポストの内側は付いていなかった。これだと郵便物がすべて玄関に落下してしまう。どうして付いていないんだろう。壊れたけど直していないだけだろうか。


 起き上がると俺は、室内を見回した。物音ひとつしない。人の気配がしない。やはり誰もいないようだった。


「おい、クマ。開けろ」


 ドアの外から声がする。くそ。覚えてろよ。傘立てをよじ登り、内側から鍵を開ける。ガチャリという音を聞いて、伊織莉(いおり)がドアを開けて入ってきた。


「やってみるもんだな」


 律儀に玄関の鍵をかけると靴を脱ぎ、彼女は室内へと上がった。俺の身体をつかみ、忍び足で室内を進んでいく。音を立てないようにしているところを見ると、本人にも悪いことをしているという自覚はあるらしい。


 アパートの中は、よくある2DKの間取りだった。廊下はなく、それぞれの部屋が引き戸で仕切られていて、今はすべて開け放たれている。


 アパート内をぐるりと一周してみたけれど、やっぱり誰もいない。それどころか、物が少ない。キッチンには冷蔵庫や電子レンジといった家電は置いてあるけれど、冷蔵庫の中は空っぽ。調味料も一つも見当たらない。


 二つある部屋の片方はリビングの代わりに使っていたようで、テレビとソファが置いてある。もう片方の部屋は和室で、畳の上に箱詰めされてガムテープで閉じられた段ボールがいくつか積まれている。


「誰か住んでるって感じじゃねえよな、これ」

「最近まで誰かが住んでて、片付けてるように見える」

「引っ越しするから片付けてる途中で、昨日、花凛(かりん)が手伝いに帰ってきたってこと?」

「引っ越しするにしては中途半端な気がするけど。生活感がなさすぎる」

「食べ物ねえしな」

「引っ越しは終わってて、残ってる荷物をちょっとずつ片付けて運んでるとかだったら、こうなるかもしれないけど」

「冷蔵庫残ってるぞ」

「新しいの買ったとか」

「テレビも? ソファも? あ、もしかして壊れてるとか」


 言うと伊織莉はリュックを下ろし、ソファに座る。特に壊れている様子はない。寝転がってみても問題ないようだった。


「普通に使えるぞ、これ」


 ますますよく分からない。


「この部屋に誰も住んでないなら、花凛さんの家族ってどこにいるんだろ」

「生きてるのが誰なのかも分かんねえしな」


 伊織莉は起き上がるとソファに座り直した。


「花凛の父親が生きてるかどうか分かったら、おまえの正体に近付くかもしれねえし、花凛の事情も分かるかもって思ったけど。ちょっと厳しそうだな」

「お隣さんに聞いてみる? この部屋に誰が住んでますかって」

「さすがに不審者すぎるだろ しかも、それ聞くのあたしだろ? やりたくねえよ」

「じゃ、この部屋に引っ越してきた設定で、前は誰が住んでましたかって聞いてみるとか」

「昨日この部屋に花凛が来てるのに? いつ引っ越したんだってツッコまれそうだわ」


 手詰まり。


「あと手がかりになりそうなのはアレだけどなあ」


 伊織莉の視線の先には、隣の部屋で積まれて並んでいる段ボールがあった。


「さすがに段ボール開けるのはマズイよな」

「この部屋に入ってる時点でマズイだろ」

「おまえ、どうせマズイことやってるなら、段ボールも開けちまえって言いたいのかよ?」

「言いたくないし、思ってもない」

「けど、まいったなあ。ここまで来て何の収穫もないなんてなあ。段ボールの隙間から入り込めるぬいぐるみでもいねえかなあ」


 伊織莉の視線を感じる。


「あれは本当に無理。絶対に入らない」

「さっきもそう言ってたけど、郵便受けから入れたよな」

「段ボールの隙間なんて、持ち手の穴のとこしかないだろ。小さすぎて入んないって」

「やってから言おうぜ」


 伊織莉は俺の身体をつかむと段ボールまで歩いていく。


「ちょ! 本当に無理です! やめてください!」


 そして、相変わらず俺の言うことなど完全に無視して、俺の身体を段ボールの持ち手の穴へと押し込もうと試みた。 


「無理! 無理! 入んない!」

「もうちょっとがんばれ」

「無理! 無理です! 段ボールが破けちゃう!」

「さすがに厳しいかなあ」


 諦めたらしい。こいつ、マジで……。


「ふざけんなよ」


 俺は強く抗議する。けれど。


「ふざけてねえよ。本気でやってんだよ、あたしは」


 もっと質の悪い言葉が返ってきた。


「ん? この段ボール、ガムテープ貼ってなくね? おまえも見ろって」


 伊織莉に持ち上げられて、段ボールを上から眺める。確かに、ガムテープを剥がした跡のある段ボールが一つある。


「おい、クマ。開けろ」

「自分でやれよ」

「あたしがやって指紋がついたらどうすんだよ?」

「今さら? 玄関のドアノブも室内もさんざん触りまくって、ソファに寝転がってたくせに、今さら気にする?」

「ガムテープ貼ってあったところって、ベタベタしてて指紋が目立つかもしれねえだろ? それで違和感持たれてバレるかもしれねえじゃん」

「俺だって指紋が……」

「おまえに指紋はねえだろ」


 伊織莉に身体をつかまれたまま俺は、仕方なく段ボールを開ける。そして。中を見て、一瞬言葉を失った。


「……これ、おまえの友だち?」


 彼女がそう口走るのも分かる。中に並んでいたのは、薄汚れたぬいぐるみたちだった。クマ、ペンギン、サメ、よく分からないキャラクターの数々。10個くらいあるだろうか。


「花凛さんって、こんなにぬいぐるみ好きなの?」


 今、花凛が住んでいる部屋にはぬいぐるみは俺しかいない。


「家族のかもしれねえけど。で、この中に友だちいる?」

「いるわけないだろ」

「おまえ、友だちいなさそうだもんな」

「どういう意味だよ」


 俺の言葉を無視して、伊織莉はぬいぐるみに向かって呼びかけた。


「動けるヤツいる?」


 返事はない。


「隠さなくていいぜ。このクマも動けるから」


 やっぱり返事はない。


「おい、クマ。おまえからも呼びかけろ」

「なんで?」

「こいつらビビッて動けないかもしれないだろ。ぬいぐるみ同士のが分かりあえるだろ」


 ぬいぐるみ同士の連帯感なんて感じたことねえよ。


 とはいえ、この中に同じような乗り移り仲間がいるかもしれない。呼びかけるくらいはやってみることにする。


「俺と同じで動ける人いますかー!?」


 反応はまったくなかった。


「いないか」


 残念そうに伊織莉がつぶやく。


「こんだけいれば一人くらい動けてもよさそうなもんだけどな」

「何言ってんだよ。ぬいぐるみが動いたら怖いだろ」

「おまえが言うなよ」


 諦めて段ボールの蓋を閉じようとしたときだった。


 ガチャリ。


 鍵の回る音に、俺と伊織莉は、玄関を振り向いて固まる。


 ギイイイィィというドアの開く音に続いて現れたのは、見知った姿だった。凍りついた顔。わなわなと震える唇。声が漏れる。


「……何……してる……の……?」


 花凛だった。

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