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第4話 新しい人生をあなたと

 澤井美愛さんとの出会いは俺の人生を変えた。

 たった半年で、抜け殻の心に光を灯してくれたのだ。


「…まさか俺がここまで」


 生きる事は苦痛で、無意味に残りの人生を過ごすと思っていた俺に、彼女は希望を与えてくれた。


 出会いから、毎週のように彼女が住む町へ通うようになり、今は会えるのが楽しみで仕方ない。


 自分でも意外だ。

 あれだけ人と関わるのを避けていたのに。

 今は喫茶店だけじゃなく、観光地にも出かけるようになった。

 一緒に旅行へ行く事なんて、結婚していた頃でさえ、殆どなかったのに。


『桧山さんって、色々な所にお詳しいんですね』


『出張で沢山の場所に行ってましたから』

 澤井さんに褒められ、恥ずかしい反面、喜びの感情が湧き上がった。


 お互いバツイチ、世間では中年と言われる40代男と30代女、年齢を重ねた男女の恋。


 だが再婚は考えてない。

 彼女もきっとそうだ。

 身体の関係が未だ無いのも、澤井さん自身がそれを避けているように思う。


 きっと彼女の離婚原因に、セックスが大きなトラウマの1つなのだと察っしている。


「ローク、お前のご主人に何があったんだ?」


 クーの後を追いかけるロークに聞いてみるが、俺の言葉は届かないみたいだ、無視されてしまった。


 今日みたいに澤井さんが長い時間家を空ける時は、俺がロークを預かっている。

 ペットホテルを利用するより、ロークも寂しくないだろう。


「明日の朝には帰ってくるからな、もう少しだけ我慢だぞ」


 ロークに言ってるはずの言葉なのに、なんだか自分を慰めているように聞こえてしまう。

 なんだろう、まるで会えない時を過ごす若い恋人みたいじゃないか。


「ひょっとして俺は澤井さんと、この先…」


 その時、俺の携帯が鳴った。

 澤井さんからだ。


「もしもし…」


『桧山さん、申し訳ありませんが明日も帰れませんので、もう1日ロークを預かって頂けませんでしょうか?』


「それは構いませんが…」


 明日会えると思っていたのに、こんな事は始めてだ。


『すみません、先輩…いえ知り合いの者がどうしてもと言いますもので』


「分かりました、お気になさらず」


 なんとか平静を保ちつつ電話を終わらせる。

 いつも電話をする時は1時間近く話をしていたのだが。


「なんだローク?」


 なんだかロークの視線に憐れみを感じてしまう俺だった。


 そして2日後、ようやく澤井さんが俺の住む家にロークを引き取りに来てくれた。

 今まで何度もこの部屋に来てくれた事があったのに、昨日はいつも以上に掃除をしてしまった。


「桧山さん!」


 マンションに到着した澤井さんの様子がおかしい。

 ドアを開けるなり部屋に入ると、ロークを捕まえて俺の前に座った。


「は…はい」


「わ、私の事をどうお考えですか?」


「どうとは?」


「私は桧山さんが好きです」


 ひょっとして俺は告白をされているのか?

 お互い好意を抱いている事は分かっていたが、こうして実際に言葉にされると戸惑ってしまう。


「桧山さんは?」


「わ…私も好きですよ」


 いい年をした中年男が、愛の告白。

 恥ずかしくて堪らん。


「やりましたよ…井川先輩」


「井川先輩?」


 謎の名前が誰か聞きたいが、澤井さんは真っ赤な顔で小さくガッツポーズを繰り返している。


 その様子にローク君も困惑しているが、澤井さんにガッチリ捕まれていて逃げられないみたいだ。


「その…急にどうされたのですか。東京で何か?」


 落ち着いた頃を見計らい、澤井さんに尋ねた。

 自分が異常なテンションだった事に気づいたのか、今度はローク君の背中の毛を毟り始めた。


「…私が離婚した経緯を聞いて貰えますか?」


「私でよければ、お聞きします…」


 いままで一度も聞いた事がなかった澤井さんの離婚理由。

 これを話すと言う事は、次へのステージ、つまり再婚を考えていると分かった。


「私は9年前、一人の男と…」

 訥々と澤井さんが語り始めた結婚生活の始まりと破綻への経緯。

 それは凄惨で悲惨なものだった。


 澤井さんが優秀な人だと知っている。

 その仕事振りは何度か見て来た。

 そして仕事に打ち込みだすと、寝食を忘れてしまう程、集中してしまう事や、責任感が強過ぎる事も。


 澤井さんの元亭主は、そんな性格につけ込み、自分の両親と結託して無茶苦茶な仕事を彼女に押し付けた。

 遂には身体を壊させた挙げ句、使い捨てにしようとまで…


「…酷い人間ですね」


 そんな過去を抱えながら、明るさを失わず、強く生きている彼女に改めて尊敬を覚える。


 どれだけこの人は前向きなのだろうか、俺は絶望から会社を辞めて、世間から逃げたというのに。


「もう1つ、どうしても桧山さんにお伝えしたい事があります」


「なんでしょう?」


 澤井さんの目が更に真剣さを増す。

 見つめられているだけなのに、息が詰まってしまう。


「…今の私は子供を持つことが出来ません。

 ストレスで生理が止まってしまったのです」


 澤井さんの目から溢れ出す涙、ストレスの原因は離婚によるもので違いないだろう。


 残酷過ぎる、澤井さんが子供好きなのは知っている。

 子供が傍を通る度、いつも愛おしい目で追っていたから間違いない。


「もちろん治療致します。

 実は昨日、病院に行っておりまして、治る可能性は充分あるとお医者様に言われました、ですから…」


「澤井さん、何を言ってるんですか…」


 子供が出来ないからといって、俺が澤井さんを捨てるとでも?

 そんな事は決っしてない。


「ですが、桧山さんもきっとお子さんが…」


 どうやら澤井さんも俺が子供に目をやっていた事に気づいていたのか。

 だが澤井さんとは違う思いからなのだけど。


「…私の離婚理由も聞いて貰えますか?」


「いいのですか?」


「ええ、ちょっと重い話になります…」


 俺は閉ざしていた記憶の蓋を開く。

 元妻との出会い、連れ子の存在。

 男と続いていた偽りの結婚生活…娘の存在…托卵の事実…娘と信じていた人間から告げられた言葉…そして失意の離婚までを。


「ま…まさか…その…」


 澤井さんは言葉を失っている。

 抱えていたローク君の毛を毟るスピードが上がり、床には毛玉が次々と作られていた。


「だから、子供は関係ありません。

 あなたの全てを愛しているのです」


「それって…つまり」


「結婚して下さい美愛さん」 


「は、はい!!」


 ギャン!


 澤井さんの返事と同時にロークの叫びが部屋に響く。

 感極まった彼女の手の中に、一杯の毛が握られていた。


「幸せにしてくれますか?」


「もちろんです。

 残りの人生全てを賭けて、美愛さんを幸せにすると誓います」


「政志さん!!」


 澤井さんがローク君を床に降ろし、私に飛びついて来る。

 その身体をしっかり抱きしめた。


「嬉しい…嬉しいです」


「私もです」


 こうして俺は澤井さん、いや美愛さんと初めて結ばれ、結婚を決めたのだった。

やっぱり最後はエピローグ。

色々回収します。

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