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第3話 女の再生

 お世話になった先輩から受けていた仕事の報告書が上がったので、私は直接本人に渡す為、1年振りに東京のレストランへ来ていた。


「井川様、ご依頼頂いてました世田谷の空き地に関する調査書です」


「ありがとう澤井さん、個人的なお願いで無理言ってごめんね」


「いえ、こちらもやりがいのある仕事をありがとうございました」


 先輩は封筒から書類を取り出し、軽く目を通し始める。

 14年前、事務所に新卒で入った頃を思い出す。

 この先輩からは仕事のイロハを叩き込んで貰った。

 時には厳しく、時には優しく、私にとっては恩人と言っていい。


「よく出来てる、美愛ちゃん腕を上げたわね」


「ありがとうございます」


 褒めるのは良いが、36歳の私にちゃんづけは少しむず痒い。

 でも10歳も上の先輩から見れば、今もひよっこなんだろう。


「あなたがここまで不動産に詳しいなんて知らなかったわ、勉強したのね」


「いえ…」


 そこまで褒められては困る。

 なぜなら今回の依頼は、空き地を有効活用するに辺り、賃貸マンションを建設する計画で、そのリスクについてを纏めた報告書。


 それを作成するに辺り、私は桧山さんから色々な助言を受けていたのだ。


「これでやっと先に進めるわ。

 まあ、本当は駐車場のままで良かったんだけど」


「それじゃなぜ?」


 堅実な井川先輩が土地活用するなんて意外だ。

 5年前に離婚して、その際に慰謝料の一つとして受け取った物だと聞いていたが。


「最近色々あったの」


「すみません、出過ぎた言葉を」


 あまり込み入った事は聞かないでおこう。

 3年前、私が離婚したと聞きつけた先輩は自分自身も離婚したばっかりだったのに、連絡をしてくれて色々と助けて貰った。


「それより美愛ちゃん、何か良いことあったでしょ」


「…え」


 報告書を封筒に戻した先輩は、しげしげと私の顔を見つめる。

 なぜか、全部を見透かされているような錯覚を覚えてしまう。


「ひょっとしたら、あの子に良い相手が出来たとか?」


「ま…まさか…私と彼はそんな…」


 しどろもどろになる私を先輩は不思議そうに見ている。


「誰の話をしてるの?」


「誰って…」


 先輩が振ったのでは?


「私が聞いたのはロークの事よ」


「あ…え?」


 なんたる失態を晒してしまったのか。

 確かに3年前、先輩の紹介されたブリーダーからロークを手に入れたんだ。


「へえ…美愛ちゃんがねえ」


「うぅ…」


 イタズラな視線。

 顔に血が昇り、熱くなるのを感じる。


「幸せなのね」


「はい…」


 認めます、先輩に隠し事は出来ない。

 離婚の時、ボロボロに傷ついていた私は必死で強がっていた。


 惨めで、悲惨だった結婚生活の失敗を周りに悟られまいと、離婚理由は性格の不一致だったと押し通していた。


『美愛ちゃん、無理しないで』


『…先輩』


『私には分かるの、経験者だから』

 あの時は泣いた。

 泣いて、泣いて、涙が止まらず泣き喚いてしまった。


「どんな方かしら?」


「…私より9歳年上で、優しくて頼りになる人です」


「そうなんだ、詳しく教えてくれる?」


「ええ…あれは半年前です」


 私は先輩に桧山さんとの出会いからを話し始めた。

 まだ私と桧山さんの交際を両親に伝えてない、話すのは先輩が初めて。


「いいお付き合いしてるみたいね」


「ええ、自分でもそう思います」


 半年前の出会いから、桧山さんは毎週のように私の住む町へ通うようになった。

 最初の2ヶ月は喫茶店での他愛もない話だけ。


 それから彼のキャンピングカーを使っての日帰り小旅行になって、最近は泊まりがけになった。


 もっとも身体の関係はまだない。

 お互い踏み出せないのだ。

 それと、毎回繰り広げられるロークのクーちゃんに対してのマウンティング話は割愛させて貰った。


「再婚は?」


「それは考えてません」


「どうして?」


 再婚をキッパリ否定すると、先輩は意外そうな顔をした。


「ひょっとして相手は初婚とか」


「いいえ私と同じ、子無しのバツイチです」


 桧山さんが過去に結婚していた事は知っている。

 離婚理由は聞いてないけど。


「先方の両親が反対してるとか」


「既に亡くなっているそうです」


「それなら…彼が信じられないとか?」


「いいえ…」


 桧山さんの人柄については信用している。

 前回の失敗から、学んだ経験だ。


「私はもう36歳ですから…」


「それが何!」


「先輩…」


 先輩の雰囲気が変わった。


「澤井さん、あなたは確かに傷ついたでしょうけど、それは相手がクソ過ぎたのよ。

 私はあなたが素晴らしい能力と人間性の持ち主だと知ってるんだから」


「…買いかぶり過ぎですよ。

 私は30過ぎのオバサンですから」


 高い評価は嬉しいが、それは過剰というものです。


「46歳のコブ付きバツイチだってお付き合いしてる人が居るのに?」


「へ?」


 それって誰の…まさか?


「私よ!」


「嘘…」


 まさか先輩に?

 そんな艶っぽい話、初めて聞いたよ。


「嘘って失礼ね、美愛ちゃんに悪いから言わなかっただけよ」


「すみません…」


 なんで私は謝ってるんだろ。


「離婚の傷はいつか癒える。

 自分の方に非や、瑕疵が無ければ尚更よ」


「そうでしょうか」


「そうよ、5年で一回くらいの失敗がなんなの」


 一回くらいって、そうそう何回もあったら堪らないわ。


「私なんか結婚生活17年よ、それだけの長い時間を否定されたんだから」


「そうでしたっけ」


 先輩の結婚生活って、そんなに長かったんだ。


「まったくふざけるなって話よ。

 結婚前に別の女と子供作っといて、自分の両親が死んで遺産が入ったら、いきなり別れてくれ?

 そのうえ托卵してた?

 冗談じゃないわ!」


「…それは酷いですね」


 先輩の離婚原因、初めて聞いた。


「まあ、絞れるだけ絞り尽くしてやったけど」


 きっと合法的に、限界までやったんだろうな。


「それで再婚したら、女はアホで浪費癖もち。

 息子も遊び歩いて留年って、因果応報ね」


「よく知ってますね」


 先輩、しっかり調べてるじゃないか。

 私は武能の現在なんか知りたくもないのに。


「この前バカから連絡が来たのよ、少しでも金を返してくれって」


「はあ?」


 よくそんな事言えたな、信じられない言葉だ。


「だから言ってやったの、外為取引でもしたらって」


「外為…FX取引ですか」


 プロのトレーダーでもリスクが高い金融商品、素人がやる筈ないのに。


「そしたら、根こそぎ持っていかれたって。

 どんだけ張ったんだよ、笑っちゃった。

 んで借金まみれ、今は必死で托卵してた娘を、金持ちの家に嫁がせようとしてるらしいわ」


「…バカですね」


 もう言葉も出ない。

 先輩の元旦那さんが、世間知らずのボンボンだとは聞いていたけど、本当に最低人間。

 私みたいに子供を持ちたくても、持てない人間だっているのに…


「娘さんが可哀想ですね」


 そんな家に生まれてしまうなんて、その子は自分が托卵された事を知っていたんだろうか?


「確かにね、その子は家の娘と同い年だから」


 先輩は表情を引き締めた。


「だから、その子に情報流して見合話を潰してるの。

 早く逃げなさいって」


「そんな事を?」


「意に沿わない結婚なんて不幸になるだけよ、ましてや金目当てなんて」


「本当ですね…」


 私の場合は相手を見抜けず、絞り尽くされそうになった。


「その子を助けるつもりですか?」


「…分からない」


「分からない?」


「ええ、分からない。

 先ずは、あのバカ家族を切り捨てられるか。

 それと、その子の人間性ね」


 先輩は真剣に悩んでいる。

 元来面倒見が良すぎる人だったから。


「その話はおしまい。

 これからの食事が不味くなるわ」


「え…ええ、そうですね」


 もう手遅れな気がする。

 周りの視線が痛い。


「それより澤井さん、貴女の未来よ」


「またその話ですか?」


 やっと話が終わったのに。


「これからよ、今からでも子供を作って、今度こそ幸せな家庭を持ちなさい」


「…それは無理なんです」


 子供か、私が子供好きだって先輩は知ってるはずなのに…酷ですよ。


「無理?」


「ええ…離婚のストレスで生理が止まっちゃて」


「まさか…」


「本当です、4年前から。

 病院にも行きましたけど、妊娠は厳しいと」


「美愛ちゃん…」


 絶対に言いたく無かった。

 でもこれで納得してくれただろう。


「…可能性はゼロなの?」


「ゼロとは言われませんでしたが、今のままでは厳しいと」


 仕方ない、愚かな女が自ら地獄に突っ込んだ末路。


「ここに行きなさい」


 先輩はスマホの画面を私に突きつけた。


「犬山ウイメンズクリニック?」


「そうよ、私が18年前治療を受けたところ」


「先輩が?」


「私はずっと生理不順だったの。

 どこに行っても子供は無理だって言われた。

 だけどここのクリニックで治療したら娘を授かったのよ」


「偶然では?」


 私だって沢山の婦人科の病院を回って来た。

 それでも効果は…


「信じなさい。

 運命は変えられるの、貴女が素敵な男性と巡り会えたように」


「…運命は変えられる」


 そうだ、桧山さんとの出会いで、私はもう一度人生をやり直したいと思った。


 今度こそ彼と幸せな家庭を作ってみせる、そこに私達の子供が居たなら…


「先輩!私やります!!」


「そうよ美愛ちゃん!」


 先輩は私を激しく抱きしめる。

 先程から集まる周りの視線はもう気にならなくなっていた。

次閑話、武能家の末路。

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― 新着の感想 ―
私は悪くないと言っている腐った娘なんて助ける必要ないですよ。
托卵間男の元妻なんか……
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