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第1話 男の半生

 テレビから流れるワイドショー。

 番組コメンテーターが我が知り顔で高説をたれている。


『今は人生100年時代ですからね、長い残りの人生をどう生きるか。

 それが大切なんですよ』


『そうですね、仰る通りです。

 では、どんな生き方をすれば充実した人生を…』


「…くだらない」


 このコメンテーターは中身の無い、上辺だけの知識をひけらかしているだけだ。

 他の出演者達は、それを知りながら大仰な相槌をして番組を盛り上げている。


 これ以上は見ていられないので、テレビの電源を切った。


 何が分かるというんだ?

 大層な肩書を掲げてテレビに出る時点で、人生の成功者気取りなんだろう。

 俺は人生の半分近くを過ぎて、全てを失った。

 過去の幸せは偽りで、絶望に変わった。

 これからの未来は何も残っちゃいない。

 そんな奴の気持ちを、少しでも考えた事あるか?

 あるなら、こんなバカげた事なんか言えないだろ…


「ん?」


 悪態を吐く俺に駆け寄る愛犬のクー。

 身体を擦り寄せる仕草に、荒んだ思考が鎮まって行った。


「…ごめんなクー」


 頭を撫でてやると、クーは安心したように笑う。

 犬が笑うはず無いと分かっているが、その表情を見ると間違いないと思えてくる。


「まだ6時だけど、散歩に行くか?」


 散歩のリードを見るや、部屋を駆け回るクー。


 本当に可愛い、コイツだけが癒し。

 何もかも無くした俺に、唯一残された最後の生きがいだ。


 散歩バッグと一緒にクーをカートへ乗せる。

 エレベーターで下に降り、玄関ホールでクーを降ろした。


「行くかクー」


 クーはゆっくり歩き始める。

 ぴょこぴょこ動く後ろ姿、コーギーのお尻はなんて可愛いんだ。


『…ねえお父さん、クーのお尻って食パンみたい』


『そうだね』

 4年前、娘と交わした会話が頭によみがえる。

 あの頃は幸せだった。

 俺の隣に愛する妻と息子、そして娘とクーが居た。

 その1年後、俺は全てを失ってしまうなんて、あの頃は想像もしてなかった。


「なんでもないよ、クー」


 クーが立ち止まり俺を見つめていた。

 異変に気付いたのだろうか、本当にお前という犬は賢いな。


 1時間の散歩を済ませ、マンションに戻る。

 併設されたゴミ集積場に置かれたペット専用のゴミ箱に、3回分のウンチを捨て6階の自室へ向かう。


 都会でペットを飼える賃貸物件は、まだまだ数が少ない。

 2年前に、この中古マンション1棟を一億で購入した時、入居規則をペットOKに変更して成功だった。


 築15年のマンション。

 ペットOKに変更してから、入居率は100%近くに上昇した。


「前職に感謝だな」


 不動産屋に20年以上勤めていた知識と人脈をフルに活かしたのだ。


 空き室を信頼出来るリフォーム業者に任せ、最新の内装と間取りにし、空調や給湯設備も入れ替えた。


 既に入居していた住民の中には、規約変更を反対する住民もいた。そんな人達には、こちらが引っ越し費用を負担する事で話が着いた。

 元々30世帯の半分しか入居してない物件、稼働率を考えれば大きな問題ではなかった。


「あ…」


 クーのドッグフードが殆ど残ってない。


 どうする?

 近くのホームセンターは同じドッグフードを扱っていない。

 お気にいり以外を食べさせるのも可哀想だ。


「買いに行くか…」


 残っていたドッグフードをクーに与える。

 いつもの半分の量にクーは不満そうだ。


「大丈夫だよ」


 食べ終えたクーを再びカートに乗せ、駐車場へ向かった。


「車検中だったな」


 いつも使っている軽自動車は車検に出していたのを忘れていた。


「久しぶりに乗るか」


 1台のキャンピングカー。

 電子ロックを解錠して、後部座席にクーを乗せる。

 クーをここに乗せる時、ケージには入れない。

 運転席との間に柵があるから、これ以上前に入っては来られない。


 走る事20分、いつものペットショップに到着した。

 予備のドッグフードもついでに購入し、車へ戻る。


 残りのドッグフードを食べるクー。

 なんだか俺も腹が減ってきた。


「このまま出かけるか」


 どうせなら、少し遠出をしよう。

 どうせ家には誰もいない気楽な独り身…いやクーもいるじゃないか。


 3年前に仕事も辞めた。

 今は無職…いや手取りで月100万の不動産所得で生きてるから、一応個人事業主になるのか。


 ローンは無い。

 マンションの購入費用とリフォーム代は、親が遺してくれた自宅の売却代金6000万と、貰った慰謝料と貯金の7500万で賄った。

 こんな生活になると、想像してなかった。

 堅実なサラリーマン人生を、最後まで送ると思っていたのに。


「なあクー」


 ミラーで後部座席を確認する。

 クーはカートから出した、お気に入りのシーツで眠っていた。


 あのシーツも随分草臥れたな。

 そろそろ買い替えるか。

 あのシーツは娘と買ったんだったな。

 思い返してみれば、クーの隣に一番居たのは娘だった。

 それなのにアッサリと…


 次々と昔の記憶がよみがえる。

 結婚したのは今から18年前、俺が26歳の時だった。


 妻の史佳は一つ上の27歳、俺が勤める会社の先輩だった。

 彼女は仕事も出来て、面倒見の良い人柄で誰からも慕われていた。


 史佳はシングルマザーで3歳の息子、亮二君を育てていた。

 資産家だった相手の実家から結婚を反対され、子供を作る事で強行突破を試みたが、逆に手切れ金を渡されてしまったと言っていた。


 そんな史佳に好意を持った俺が2年を掛け、口説き落とした。

 俺は両親を早くに亡くしたので、連れ子の居る史佳との結婚に反対される事は無かった。


 史佳は結婚を期に仕事を辞め、その2年後には娘の紗央里も生まれた。


 家族4人、幸せの絶頂だった。

 この生活がずっと続くと思っていた。


 だが、その幸せな生活は偽りだった…

 幸せを感じていたのは、俺1人だけだったのだ。


 終わりは突然に訪れた。


『別れてくれない?』


『は?』


 3年前、1週間の出張を終え、いつものように帰宅する俺に史佳が言った。

 それまでいつも通りの生活だった。

 頭が追いつかず、聞き返した。


『出棚さんと再婚するの』


『出棚さん?』


『出棚満夫さんよ、亮二の父親の』


『何だって…』

 亮二の父親が出棚満夫という名前なのは、その時まで知らなかった。

 亮二は私生児で、認知されておらず、戸籍にも父親の名前が書いて無かったのだ。


『なんで急に…』


『満夫さんの両親が去年やっと亡くなったの。

 結婚してた満夫さんも、先月離婚が成立してね。

 これでやっと本当の家族と暮らせるわ』


『お前は何を…』

 喜々として話す史佳、その隣で亮二と紗央里は笑顔で頷いていた。


『…紗央里は俺の娘だろ』

 連れ子の亮二は分かるが紗央里は俺の娘、それがなぜ出棚が本当の家族になるのか?

 そんな気持ちを打ち砕く言葉は、娘の紗央里からだった。


『ごめんね、私のお父さんは出棚満夫さんなの』


『まさか…』


『気づかなかった?

 私とアンタの顔、全く似てないのに』

 紗央里から『アンタ』と呼ばれた屈辱、15年騙され続けられていた事実に目の前が暗転した。


『そんな訳だから、家族ゴッコは終わりだよ。

 安心してくれ、お前には相当の金が出るから』


『り…亮二』

 次々と浴びせられる言葉をただ聞くしか出来ない。


『慰謝料は満夫さんが用意するからね。

 夫婦の共有財産は要らないわ、手切れ金代わりに受け取りなさい』


『ずっと…その男と切れて無かったのか』


『切れる?

 元々あなたが後から私と満夫さんの間に入って来たのに?』

 妻の裏切りは最初からで、俺と結婚後も続いていた。

 そして娘は托卵、その事実も娘自身が知っていた。


『そういう訳だから、私達は行くわね。

 安心して、犬は置いていってあげる』

 こうして俺は全てを失った。

 そして始まった弁護士との話し合い。

 確かに資産家の出棚から提示された慰謝料は多額で総額は6000万と決まった。


 史佳の両親も、連絡は無く謝罪の言葉もないまま、俺の戸籍には托卵されていた娘の名前だけが抹消されずに残り、結婚生活全て否定されたのだった…


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― 新着の感想 ―
安定の2人は置いとくとして(まあでも史の字も、最初から托卵上等の状態だから歴代でも最悪クラスか)、亮二も沙央里も今回クズ枠ですか。
裏切りの代償とは、ナニの大小と逝コールと違和んばかりの開き直り!(•▽•;)(企卵とは犯人残(ホシノコ)過敏暗剣友。)
ありゃ、亮二も紗央里もクズなのは初めてじゃないですか? 史佳は、安定の屑枠、と(笑)
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