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「……手、繋いだ?」
ドレイクの低く静かな声に、エラは「しまった」と心の中で呟き、気まずそうに肩をすくめた。
「……はい、繋いだと思います...。多分……?」
記憶ははっきりしている。
だけど、ドレイクの機嫌を損ねたくなくて、エラは曖昧な答えでごまかす。
「多分って何だよ。繋いだんだろ?」
少し声が強くなる。
エラは反射的に両手を前に出して否定の姿勢を取った。
「つ、繋いだけど!普通のやつだよ!?最初は!」
「“最初は”?」
その一言に、エラはぎくりと肩を跳ねさせる。
「えっ、いや、だから、途中から……あの……恋人繋ぎに……?」
「はあ?」
ドレイクの魔力が再び揺らぎ、周囲の気温を少し上げる。
厩舎で丸くなっていたイリオスが魔力の変化を敏感に察知し、ムクリと顔を上げたのがエラの視界の端に映った。
「...さっき怒ってないって言ったけど、俺、やっぱ怒ってるわ。」
「え」
さっきまで「なんだ、好きなわけじゃないのか」と安心していたドレイクだったが、改めて“交際”という言葉の重みを思い知る。
手を繋ぐだけじゃない。
その先に生じるであろう危険”に、ようやく気づいた。
ドレイクは一度深く息を吸い、真正面からエラに向き直った。
「……エラは騎士団長の噂、ちゃんと知ってんの?」
「噂?」
唐突な問いに、エラは小さく首を傾げた。
「女関係、めちゃくちゃだぞ。気まぐれに口説いて、落として......ヤル。そんな風にして毎月誰かと付き合ってんの。で、一ヶ月でスッパリ」
ドレイクは手で切る真似をしながら話す。
「噂は聞いたことなかったけど、一ヶ月後には別れてねって本人が言っていたし、そうなんだろうなぁ〜とは思ったよ?」
(でも...、それにしてはなんか反応が初心だったような...)
エラはどこか腑に落ちない顔で答える。
そんなエラの反応を見てドレイクは話を続けた。
「モテすぎて困ってるから悪い噂流して女避けしてるとかじゃないから、本当に、ちゃんと、しっかりと遊んでるクズ。」
ものすごく強調してクズと言われている。
そんな人と期間限定とはいえ付き合っても大丈夫だったのだろうか、とエラはようやく不安を覚え始めた。
「...もしかして、貞操の危機ってやつですか?」
恐る恐る尋ねたその声に、ドレイクの眉がぴくりと動いた。
「やっと分かったかよ。なのに、恋人繋ぎしてヘラヘラして……」
トゲのある言葉に、エラはばつが悪そうに視線を逸らす。
「だって……目的は姉様に見せつけることだし、恋人っぽく見えるほうが効果あるかなって思ったんだもん...」
「じゃあ次は腰でも抱かれる?頭撫でられる?あれか?そのうち膝にでも座るのか?」
「えっ!?そんな高度なこと、私にできるかな!!」
「……マジで黙れ。今、そういうノリいらないから」
ピシャリと遮られ、エラは「はぁ……」とため息をついて膝の上で手を組んだ。
「まあ、大丈夫だよ。期間限定だし。あくまで姉様への、ささやかな復讐だから」
「……だったら」
ドレイクはゆっくりとエラに視線を向ける。
「ちゃんとルール決めとけ。お前、押しに弱そうだから」
「ルール?」
「キスは禁止。絶対ダメ。あと泊まりもダメ。デートは人目があるとこだけ。……手を繋ぐのも、もう無し」
真剣な表情で、ドレイクは一本ずつ指を折りながら言った。
(キスなし、泊まりなし、デートはあり...)
ドレイクが決めたルールを心の中で反芻し答える。
「うん、元からそのつもりだったし全然大丈夫だけど、...そんなに私が何かされるの心配?」
軽口のつもりだった。
けれど、ドレイクはすぐには返さなかった。
数秒の沈黙のあと、ぽつりと、でもはっきりと。
「そりゃ、心配だろ」
エラはほんの少しだけ目を見開いた。
けれど彼はそっぽを向いたまま、それ以上何も言わない。
なんだか気恥ずかしくなったエラは、照れ隠しのようにわざとふざけて声を張った。
「——手を繋がないのは却下でーす!姉様を悔しがらせる為にはそれくらいしなきゃ!むしろ、スキンシップ多めにいくから、私が何かやらかさないかを心配しといた方がいいかもね」
「はあ!?なんだよそれ!」
「もーいいから戻ろ!みんなが心配してるよきっと!」
いつもの様子に戻ったふたりのやり取りを横目に、再びイリオスがぐぅと寝息を立て始めた。