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 魔導士団が管理する魔獣の厩舎。

 その静かな敷地の片隅に据えられた木製のベンチに、二つの影が並んでいた。


 「——というわけでして……。期間限定ならいいかなって思って、それでちょっとだけ姉様に嫌な思いをさせてやろう、なんて……はい」


 腕を組んだまま視線をそらす隣の男——ドレイクの様子を伺いながら、エラは俯きがちに説明した。


 長く職場を空けてはいけないと思い、なるべく手短に終わらせようとするも沈黙が重くのしかかる。


 遠くの方では、騎士団の訓練が行われているらしく、掛け声や木剣を打ち合う乾いた音が風に乗って聞こえてくる。


 (……静かすぎる。気まずいな。イリオスったらいつも私が来ると大騒ぎするくせに、今日に限って起きないんだから!)


 エラは厩舎の中で心地よさそうに寝息を立てている魔獣をジトっと睨んだ。

 ライオンのような逞しい体つきに、白銀の体毛。

 そして額には燦然と輝く一本の角、威厳に満ちたその姿も、今はただの昼寝中の毛玉にしか見えない。


 「——つまり」

 「ッはい!!」


 ようやくドレイクが口を開いた。

 エラは反射的に背筋を伸ばし、勢いよく返事を返す。


 「エラは……騎士団長のことが好きで付き合ったわけじゃないんだな?」


 ドレイクはゆっくりと彼女の方を見て、確認するように言った。


 「もちろんです!シンシア卿のことが好きなのは私じゃなくて姉様ですから!」


 どうやらもう怒っていないらしいと判断したエラは、パッと表情を明るくし嬉しそうに声を弾ませた。

 

 キラキラとした瞳で「私を信じて!」とでも言いたげに見上げてくるエラの顔を、ドレイクはしばらく無言で見つめた。

 そのあと、深いため息とともに両手で顔を覆い、ぼそりと低くつぶやく。

 

 「......あーマジ終わったと思った」


 「ドレイク?もう怒ってない?...ていうか、そもそもなんで怒ってたの?」


 エラは身を乗り出し、覗き込むように問いかけた。


 「怒ってない」


 ドレイクは呆れたように、しかし柔らかく返す。

 だが、なぜ怒っていたのかについては無視である。


 「えと、じゃあ...、軽蔑した?嫌いになった?」

 

 ふとよぎった不安が、エラの口をついて出る。


 ルイーズに復讐まがいのことをしようとしているなんて、軽蔑されるかもしれない——そう考えたのだ。

 何でも話せる大切な同期だからこそ、嫌われたくなかった。


 「はっ、するわけないだろ」


 ドレイクは気だるげに黒髪をかき上げ、ふっと笑った。


 「エラがあいつにクソみたいなこと言われてるの、何回か見てるし。……てかあいつ、魔導士に対しての態度悪すぎなんだよ。痛い目見せてやれ」


 意地悪い顔で話すドレイクに、エラは思わず笑みをこぼす。


 「ふふっ……ありがとう、ドレイク」


 彼が目を吊り上げて睨んできたときにはどうなることかと思ったが、またこうして普通に笑い合えていることにエラは安堵した。


 ドレイクの目元も、すっかりいつものタレ目に戻っている。

 タレ目につり眉というアンバランスな組み合わせなのに、なぜか整って見えるその顔は、世の女性たちの話題に事欠かない。


 ——「あの妖しげな甘いマスク!いつも笑ってるけど、掴めない感情!無表情になったときこそがきっと彼の本性!!......ああ〜ん拝みた〜〜〜い!!」——


 彼に関するそんな噂話を思い出しながら、エラは心の中でそっと忠告しておいた。


 (寿命縮むからマジでおすすめしません)


「昨日ね、シンシア卿と手を繋いで帰ったときの姉様の顔、見せてあげたかったわ〜。すっごく引きつってて」


 エラがふと思い出して、軽く笑いながら言ったその瞬間、隣から重く冷たい声が返ってくる。


 「待て」

 「え?」


 振り返ったエラの目に映ったのは、再び表情を消したドレイクの顔だった。



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