3話 人間的評価
「……ほうほう。そうなんですかあ」
黒部さんは、なぜか興味深げな表情でこちらをじーっと見つめてくる。
僕としては大して変なことを言ったつもりもなかったので、若干の違和感を覚える。
しばしの沈黙の後、話題を変えるように、急に黒部さんが話し始めた。
「どうして私のところに、一己さんがいらっしゃったんですかね」
一己さん、と突然呼ばれて少しびっくりしつつも、それを顔には出さずに僕は返事した。
「それは僕が知りたいな。なんか、僕に黒部さんと会ってほしいみたいな口ぶりだったけど」
黒部さんは少し考え込むような様子をしたものの、次の瞬間にはパッと表情を明るくして言った。
「わかりました。私が一己さんの縁結びをしてあげますよお」
唐突な申し出に、縁結び? 急にどうして? と一瞬思ったものの、冷静に考えれば願ってもない話ではある。
僕のような、女性に縁のない非モテ弱者男性に、相手を紹介してくれるなんて言ってくれる女神のような女子がこの世に実在したとは。
「是非、お願いしたい……と言いたいけど。僕を好きになってくれる女子なんて、いないんじゃないかな」
僕が謙遜というよりは客観的な事実を述べたところ、黒部さんは顔に疑問符を浮かべた。
「それは、どうしてですかあ?」
「まあ、人生で今まで、女性に好意を向けられたことなんてないからね」
自分で言いながら悲しくなっていると、黒部さんは大して気にしていない様子で言う。
「大丈夫ですよお。そういう男性の方は沢山いますからねえ」
「そうかな? 割と少数派じゃないかなと思うけど」
同じクラスの男なんかを見渡しても、オタク趣味だけど彼女いますとか、モテないけど女友達はいますとか、そういう自虐風自慢が得意な人間があまりに多すぎる。
僕のような人間は異性を渇望すればするほど、世間における自分の異常性が明らかになるばかり。忌々しく、そしてどうにもならない現実がそこにはある。
「いえいえ。今の世の中、珍しくないかと。いいお相手が、必ずいらっしゃると思いますねえ。一己さん、とっても格好いいと思いますし」
聞き捨てならない言葉が耳に残り、思わず聞き返してしまう。
「僕が?」
黒部さんは微笑んで、一度視線を外した後、ちらりとこちらを見て、言った。
「ええ。少なくとも、私はタイプですけどねえ」
「ありがとう。そんな風に言われるのは、人生で初めてだよ」
僕は動揺を隠したかったので、できるだけ簡単に返事をするように努めた。
想像もしなかったようなことを、さっきから次々言われている気がする。
「一己さんの周りには、一己さんの魅力がわからない人が、多かったのかもしれませんねえ。でも、大丈夫。必ず相思相愛になれるお相手を、私が責任を持って紹介しますよお」
黒部さんの力強い言葉に苦笑する。
「相思相愛、か。なかなか難しいことだよね」
人間関係は結局、どこまで行ってもわかり合えないところでは致命的にわかり合えないんだろう、と僕なんかは思ってしまう。男女の恋愛関係なんかは、特にそうなんじゃないだろうか。
本当の相手の心の内なんてわかるわけない、って割り切ってる方が、楽に生きられる気がする。相手のいない僕が言うのも変な話かもしれないけど。
「簡単に別れてしまう人達が多いですから。ずっと一生、ただ一人の運命の相手と添い遂げることって、きっと誰にでもできることでは、ないのかもしれませんねえ。男性と女性で、心の中で考えていることは全然違っていたり」
「そうだね」
僕が今考えていたことに近いことを黒部さんが言及してくれたので、少し嬉しい。
どこまで行っても、他人は他人。自分を理解してほしいとか相手を理解したいとか、そんな風に考えたところで限界がある。
例外があるとしたら、お互いに生まれつき強い結びつきがある場合くらいじゃないだろうか。
たとえば、血縁関係とか。
「だからこそ、男女のふたつの魂がひとつになれば、健やかなるときも病めるときも分かたれることなく、永遠に愛し合い続けることができると思うんですよお」
甘い夢を語るように、黒部さんはうっとりとする。
彼女の口から唐突に、魂、なんてふわっとしたオカルト感のある言葉が出てきて、ふと思い出した。
忘れかけてたけど、そういえば黒部さんは、占いをやってるんだったっけ。占い道具のようなものが部屋のあちこちに点在しているから、何の興味もないってことはないと思う。
ということは、占いの一種の儀式か何かの話なんだろうか。
「魂をひとつに、って?」
僕が質問すると、彼女としては説明不要の自明な話のつもりだったのか、疑問符の浮かんだ表情を向けられた。
「そのままの意味ですよお? 生きとし生けるものに宿る魂を繋いで、ひとつの形にすることで、本質の部分で相手を理解し、愛し合えるということですねえ」
僕は黒部さんが一生懸命してくれる説明を聞きながら、なるほど、そうなんだ、と相槌を打つ。
言葉の意味は色々わからないけど、細かいところはいったん置いておいて、その上で知りたいことがある。
「それってたとえば……僕と、黒部さんの魂を繋ぐこともできるってこと?」
「えっ。それはもちろん、できますけど」
意外そうな顔をした黒部さんのその返事を聞いて、僕はうんうんと頷く。
少し間をおいてから、次の言葉を告げた。
「できるんだね。じゃあ、お願いしてもいい?」
僕がそう言った後の、沈黙が長い。予想外の動作に直面した機械みたいに、彼女の表情がピタリと固まった。
「あの、ええと……ほ、本当に?」
黒部さんは、信じられないと言いたげな顔をしている。
「もちろん。差し支えなければ、僕の家族になってもらえないかな」
「それは、いいですけど……」
「いいの? ありがとう」
彼女が頷いてくれたので僕が微笑み返すと、急に恥ずかしくなってきたのか、彼女は頭を掻きながらキョロキョロと挙動不審に視線を逸らす。
「あああ、でも、私なんかで、いいんですかあ?」
「うん。君が、世界一の僕の理解者だと思うよ」
少しオーバーかもしれないけど、偽らざる本心ではある。僕に好意を持ってくれる異性、僕を理解しようとしてくれる異性、そういう人物は僕の人生でこれまで存在しなかったのだから。
「そ、そうですかねえ」
「黒部さんが僕の子供を産んでくれたら、とても嬉しいな」
僕の子供、と口にした瞬間、黒部さんの顔が湯沸かし器のように沸騰した。
「こ、こどっ……」
「ダメかな? 僕のことは、そうでもない?」
ダメ元で言ってみたので、まあ普通にお断りされるかもしれない。
すると黒部さんは顔の前で両手を振りながら、少し焦った口調で言う。
「いえ。全然ダメじゃないですし、むしろ一己さんの子供欲しいですけど」
言ってから、また彼女の顔が真っ赤になった。
「じゃあ、決まりだね」
僕がそう言うと、黒部さんは急に真剣な眼差しを向けてきた。
「……一己さん。本当に、私のこと、好きですかあ?」
「好きだよ。あんまり、伝わらない?」
躊躇せずに答えたものの、自分が相手を好きとか嫌いとかは、何も考えてない気がしないでもない。
正直に言えば、ついさっきまで、女性なら誰でもいいと本気で思ってたし。
黒部さんの見た目は好みだし、こうやって話をしていてもどこか波長が合ってる気がする。
意見が一致してもズレても、距離感が変わらないというか。
「ええと、その。伝わってるんですけど、あんまり自信が持てなくて」
彼女の表情から、内心揺れているのが伝わる。
「魂をひとつにすれば、わかり合えるんだよね」
僕がそう言うと、黒部さんは目を瞬いた。
「……それもそうですねえ」
彼女は、ふっと笑う。
「あの、じゃあ……やってみますけど。いいですかあ?」
「僕はいつでも大丈夫だよ」
「じゃあ、お手を拝借しますねえ」
「え」
言うなり、黒部さんがパッと手を取ったので、驚く。僕の右手を、彼女の両手が包み込む。女子の手の柔らかさを感じる。
次の瞬間、体中に高圧電流でも流れたような感覚と同時に、視界がドロドロに溶けていった。