26話 隠れ家
「助けて頂いて、ありがとうございます」
一糸纏わぬ裸の少女が、僕にぺこりとお辞儀してくる。
第三者がいたら、なかなかリスクのある絵面だ。
僕が阿曇の方に目を向けると、阿曇も困った視線を向けてくる。
「服、どうしましょ?」
「えっ。出せない?」
即席で小部屋とインテリアが用意できるくらいだから、彼女にかかれば服なんかいくらでも出てくると思っていた。
僕の言葉に、阿曇は少し不満げな顔になる。
「この部屋、短い時間で結構頑張って作ったんですよお? 魔力を沢山使ってるので、時間が経てば崩れますし」
服は無理です、と彼女はあっさり断言する。
そこまで言われると気になって後ろにあったソファを眺めてみると、いつの間にか表面が灰色になっている。
座ってみると、信じられないほど硬い。これではソファとは呼べない。
あまりに残念で、一晩明かしたら狐に化かされていた人みたいな気分になる。
愚痴っていてもしょうがないので、現実的な妥協案を考えることにした。
「じゃあ、白衣なら貸せるよ。阿曇は上着、貸せる?」
「大丈夫ですよお」
僕は白衣、阿曇はカーディガンを脱いで、受け取ったツインテール少女、榧野さんはそれらを羽織る。
カーディガンは暖かいし、僕の白衣は少女の全身をカバーできる。
それでも、下着がない以上は痴女みたいな雰囲気にはなる。
まあ、体つきが子供だから、世間的には大して痴女感は覚えないものかもしれない。
「色々とご迷惑をお掛けして、済みません」
榧野さんが、申し訳なさそうに言う。
「気にしなくていいよ」
「そうですよお。お気になさらず」
僕らが口々に言うと、少女は遠慮がちに俯く。
その様子を眺めていた阿曇が、直球の質問をぶつける。
「ところで、これからどうします?」
尋ねられた榧野さんは言葉を濁す。
「特に、当ては。家族はどこにいるか、分かりませんし……」
「良ければ私達と、一緒に来ません?」
その一言を聞いて、ツインテ少女は目を見開く。
こんな話になるのは、さっきからだいたい想像がついていた。
阿曇がこの謎の素性の少女の世話を焼きたがるなら、必ずどこに行くのかという話になる。
僕も自分の魔法で彼女の肉体を作った当事者には違いないから、その経過を見ておきたいとは思っていた。
「良いんですか?」
榧野さんは、僕と阿曇の顔を交互に見てくる。
「そうだね。女の子をその辺にほっぽり出す訳にも行かないし。うちにでも来る?」
この後の流れを考えて、僕はそんな風に誘った。
今日知り合ったばかりの謎の少女を連れ込んで一番問題なさそうなのは僕の自宅だというのが、現実的な見立てだからだ。
人を沢山呼ぶような家ではないものの、普通の住居より複雑な構造なのでどう動くか未知数な人間の行動を制限しやすいというメリットもある。
「は、はい。お願いします」
榧野さんは、念入りに何度も頭を下げてくる。
そこまで平身低頭されると、気の毒に思えてくる。
やむなく少女を自宅に誘う形にはなったものの、別に、下心の類はない。
女子を自宅に誘うイコール下半身目的というのが世間的な風潮なので、いくら僕が言い訳しても疑われる余地はある。
本当に興味ないんだけどね。
というか、彼女は古淵と赤い糸で繋がった運命の相手らしいし。
古淵風に言うなら、"他人の女"ってところだろうか。
僕には妻の阿曇がいるし、他に女子は要らない。
そりゃ、裸を見たらムラムラぐらいはするけど、体の関係は不要。
非モテ弱者男性の自意識過剰と思われるかもしれないけれども、これだけは世間に向かって叫びたい。
どうあっても僕は、複数の女子と仲良くするハーレムとは、自分の一生を費やして戦っていくつもりだ。
やっぱり、一人の男性には、一人の女性をあてがうべきだと思う。
性別は逆でもいいけど、僕はそういう世界を望む。
世界なんて大きく出なくても、身の回りの人間から、そういう風に変えていく。
それが、阿曇のやりたいことでもあるはず。
さらに、この可愛らしい少女を僕らの尽力によりあてがう形にすれば古淵にも恩を売れる訳で、一石二鳥である。
僕が溜息を吐きながら黒い皮算用をしていると、急に阿曇が話しかけてきた。
「あの。私も、伺っていいんですよねえ?」
「ん?」
意図が分からない質問をされたので、僕は彼女の方を振り返る。
僕の妻の表情は笑顔の割に、何か不穏な雰囲気を感じる。
「ご主人様は、榧野さんだけ連れ込む気かと」
「違う違う。阿曇がいなきゃ女子のことはろくに分からないよ、僕は」
厄介な勘違いが生まれていたので、その弁解には時間がかかった。
僕らの入り込んだ異次元空間から脱出する経路を阿曇がどうにかして拵えるまでには、さらにその何倍もの時間を要した。
唯一ありがたかったのは、それだけ大量の時間を要しても、ひしゃげた歩道橋付近の穴から僕らがコソコソと隠れながら出てきた時の現地時間はまだ夕方だったことだ。
阿曇が言うには、時間の流れが違う空間にいたからこうなったらしい。
間違って時間の流れが異様に早い空間に迷い込んだ場合は浦島太郎状態になったりするのだろうかと思うと、空恐ろしい気分になる。
普通は全然知らない空間に入ったら帰ってこれないですからねえ、と阿曇はさらっと言う。
帰ってこれない可能性もあったの? と尋ねると、阿曇はいたずらっぽく笑った。
僕の自宅に来ても女物の服の着替えがないという問題は、一旦阿曇の家を訪問して、外泊の許可を取り付けつつ最近彼女が着てない服を提供するということで無事解決した。
出迎えてくれた阿曇の養母、黒部月さんはあっさり「そうなのね。いってらっしゃい」と認めてくれたので、僕としてはずいぶん拍子抜けした。
榧野さんについては、交友関係の広い阿曇の友達ということで話が通った。
急に外泊は色々と難しいんじゃ? と思っていたものの、思いの外あっさりと彼女達が
僕の自宅に泊まることは許可されたことになる。
やっぱり結婚の威力は大きい。夫婦+女友達なら、何も問題にならないということなのだろう。
阿曇は日用品や服を詰めたトランクを引いて、すっかり旅行気分になっている。
隣の榧野さんはというと、暫定的に阿曇のお古らしい少女趣味なお洋服を着せられている。
「凄く似合ってますよお。芸術品みたいに可愛いです」
ツインテ少女を撫で回して愛でている阿曇の言うこともあながち間違いでもなく、確かに可愛い。
雑談しながら待っていると、僕が携帯で呼んだタクシーが門の前に停車する。
乗車すると同時に、二人にアイマスクを渡す。
「じゃあ一応、目隠しして貰える?」
受け取った榧野さんは若干緊張した表情、阿曇は妙に喜んでるように見える。
「はい」
「なんか、興奮しますねえ」
彼女達の反応を見て、僕は宣言する。
「今から、隠れ家に向かうよ」
隠れ家もとい僕の自宅は数か所あり、学校に近い場所にも、遠い山中奥深くにも存在する。
今回は遠い方に向かっているので、時間がそれなりにかかる。
山の中の土地は二束三文で手に入るので、それなりな広さの秘密の場所を作りやすい。
僕としても人前で披露する機会のない、手の込んだ隠れ家を作れてしまったという訳である。
まあ正直、阿曇や榧野さんに目隠ししてもらったところで、大した意味はない気がしないでもない。
魔法を使えば、どうにでもなりそうだし。
アイマスク装備は、隠れ家気分を楽しんでいる僕の趣味の問題だ。
よく分からないプレイみたいになりながら、彼女達をタクシーで山道に運ぶ。
道路沿いで車を降りて、山の深いところに入っていく前に、アイマスクを外してもらう。
さすがに草木が生い茂る舗装されてない道を歩く時に、視界が塞がってたら怪我する。
数分間歩くと、視界が開けて家が見えた。
外観は、山の中の小さな別荘という感じ。
「ああ、凄いところに家が」
阿曇が感嘆の声を上げる。
驚いてくれて嬉しい。
玄関の鍵を開けて、中に入る。
と同時に、後ろに続く女子二人にストップを掛ける。
「土足で入っていいよ。ここまで跨いで」
「え? 何ですかあ?」
僕が数歩先に足を伸ばして先に進むと、意味が伝わってなさそうな阿曇が、首を傾げる。
「分かりやすく説明すると、こうなるよ」
僕は片足で、入口側に手前の床に片足をそっと下ろす。
すると床がパカッと外れて、暗い奈落の底が姿を見せた。
「ひえっ」
「落とし穴ですか」
血の気が引いた顔をする阿曇と、意外と冷静に受け止める榧野さんの表情は、対照的で面白い。
「そういうこと。ここ以外も、地上の部屋は全部落とし穴になってるから。入らないでね」
落ちた先に槍が敷き詰められていたりはしないけど、そこそこ深いので骨折はすると思う。
山の中の家は普段全く管理ができないから、侵入した人間は二度と出てこれなくするのがセキュリティ面では手っ取り早い。
廊下を進んで迷わず突き当たりにある物置スペースの扉を開けると、地下室への階段がある。
「ここを下りて」
阿曇に先に行くよう示すと、さっきの落とし穴で半信半疑になったのか、背後霊みたいにススッと陰に隠れる。
「私はご主人様の三歩後ろを歩く妻です」
「まあいいけど」
僕が先頭になって階段を降り、扉を開けると、明るい地下の開けた空間に出る。
「僕の隠れ家に、ようこそ」
そう告げると、阿曇はようやく安心して胸を撫で下ろしたようだった。
地下室には、寝室、広間、台所、風呂、トイレと生活に必要なものはだいたい揃っている。
適当に食事を済ませて、いくつかある寝室のひとつに案内した後、阿曇と榧野さんはお風呂に向かった。
女子二人がお湯を流す音や喋ってる声が聞こえてくると、覗いてみたいという欲求が多少は生まれる。
でも冷静に考えれば、僕は二人の裸を既に普通に見ている訳で、不審人物扱いされるリスクを負ってわざわざ見に行く理由はどこにもない。
自分の本能をどうにか理性で宥めすかして、時が経つのを待つ。
「上がりましたよお」
榧野さんの風呂上がりで下ろした髪をわしゃわしゃとタオルで拭きながら、ほかほかした阿曇がやってくる。
様子を見る限り、一緒にお風呂に入ってるうちにさらに仲良くなったらしい。
「分かったよ」
二人は寝室に向かったので、僕も風呂に入ってしまおうかなと思っていると、一台しかないドライヤーが広間でコンセントに刺しっぱなしだったことに気付く。
「ドライヤー使っていいよ」
僕が部屋の前まで来ると、阿曇と榧野さんが話し込んでいるのが耳に入ってきた。
「遠見さんは、おいくつです?」
「今は本当だったら、19歳……ぐらいかと思います」
「ぐらい、ですかあ?」
「向こうとこちらでは、時間の感じ方がずいぶん違うので」
「ほうほう。向こうの世界とは、どう違うんです?」
「私は魔界で、100年は過ごしたように思います」
「魔界って、どんな場所なんです?」
「魔界は、禁忌を犯した罰を受ける場所、ですね」
「禁忌ですかあ。それはまた、大変ですねえ」
怪しい話に花を咲かせているようなので、僕がいてもお邪魔かと思い退散しようとすると、急に出てきた阿曇に引っ張られる。
「ご主人様も一緒に話しましょうよお」
「僕が?」
僕を強制的にガールズトークに参加させても、置物になるだけだと思う。
そう抗議しようと考えていたところ、榧野さんに尋ねられた。
「あの。お二人は、どういう関係なんですか?」
何か答えられる質問が飛んできたので、僕は意気揚々と話す。
「夫婦だよ。籍も入ってる」
「火村阿曇ですから」
阿曇も誇らしげにいつもの苗字自慢をして胸を張る。
「夫婦……本当に夫婦、なんですか」
榧野さんは、驚いた目で僕らを見る。
「遠見さんは、意中のお相手はいらっしゃいます?」
「はい?」
少女がさらに意表を突かれた顔になると、阿曇の話の勢いが増す。
「素敵な殿方がいらっしゃったりするのかなと」
「と、殿方? そういうのは特に、ないですが」
「でしたら。ちょうど運命のお相手がいらっしゃるので、会って頂けません?」
阿曇は声を大きくして、ここぞとばかりに、少女を口説き落としにかかる。
「ご家族も、必ず見つかりますよお。私達も、全力でお手伝いしますから。ね?」
「な、なるほど。あの、はい、ありがとうございます」
顔を真っ赤にして、榧野さんは言われるままに何度も頷いていた。




