入部 後編
旧校舎に入った僕は、いきなり出鼻を挫かれたような気持ちだった。
「こんなに暗いのかよ、ライトでも持ってくるべきだったか」
そんな言葉が漏れる。
夕方来た時はそんなに暗くないと思ったが、油断していた。
初めて来て少し探し回った時にとったルートと、今回の最短ルートは全く道中の光度が違うのだった。
スマホのライトで足元を照らしながら進むが、本当に気持ち程度だ。
そんな時、視界の端で何かが動いた。
ネズミか何かだと思うが、場所が場所だ。
「おばけ」では無いかと想像してしまう。
自分の認識が及ばない暗闇の向こうにて、僕を待ち受ける「おばけ」を想像してしまう。
おばけなんて、小学生以来なんとも思っていなかった。
が、暗さに対する人間の根源的恐怖もプラスして働いているのだろうか。
(怖いな…)
少しビクビクしながら、鏡の場所に辿り着く。
暗い鏡がそこにあった。
暗い、という表現は適さないと思うが、確かに暗いのだ。
黒い、ではなく暗いなのである。
不思議な感じではあるが、自分がここに来た意味を思い出し参考程度にスマホで写真を撮ろうとしたその時。
キンコンカンコン。
またチャイムが鳴った。
そこで気づいた。
なぜ?
旧校舎に音響設備が残っているのは納得できる。
でも今は、夜中1時32分である。
チャイムのなるようなキリの良い時間では無いし、ましてや夜中だ。
絶対鳴るわけがない。
あり得ない。何故今なんだ。
ドンっ
にぶい音が鏡の方から聞こえた。
音に吸い寄せられるように鏡を見る。
無い。
鏡が無い。
いや、違う。
暗いのだ。
暗すぎて、鏡が見えない。
慌てて写真を撮ろうとして消していたライトをつけようとする。
しかし、点かない。
電池はまだ十分に残っていると思っていたのに。
そんな時、手がなにかに触れる。
階段の手すりだ。
見えないが、形状からそう断定する。
これをつたっていけば、少なくとも下に戻れる。
パニックになりかけていたが、一筋の光明が見えた気がした。
手すりを使い、一歩一歩足場を確かめるように降りる。
永遠にも感じる程長い階段だったが、段差が来なくなった。
下まで来たのだ。
よし、このまま前へ。
どっ。
と、何かにぶつかった。
痛、くはない。
何だこれは。
こんなもの、無かったはずだ。
少なくとも階段下にぶつかるような物は。
さっきまで無かったが何かがそこにある。
それは、暗闇と重なって、僕に恐怖を植え付ける。
混乱する。
そして、
ドガっ。
僕は見えない何かを全力で殴りつけた。
恐怖心から来る行動だったが、
『先程ぶつかった時の感触を考えれば、殴っても問題ないだろう。』
と自分でも信じられないほど冷静な判断を僕の脳はどこかで下していた。
急に光が戻ってくる。
暗闇が倒れる。
その先にはー
「あー、その、ごめん、ね?」
知らない女性がいた。
いや、見たことはある。確か3年のー
「おい!ちょっとネタバラシが早いぞ!」
階段上から声がする。
「いや、物理的に進行不可だからしょうがないでしょ、五百蔵」
「あぁ、さっきの音はぶつかった音か!流石だよ、新入君!私が見込んだとおりだな!」
階段上から姿を現したのは、新聞部部長、五百蔵楓その人だ。
呆気に取られている僕に、彼女達は全てを話してくれた。
要約すると、僕を新入部員に相応しいか試したかったらしい。
僕は少しムッとし、
「そんな事普通しますか!凄い怖かったんですからね!それに、チャイムを夜中に鳴らすなんて迷惑でしょ!」
「まぁ色々悪かった!でもチャイムは最も近いところからしか鳴らないように設定しているし、当直室や近所まで音が届かない事は既に分かっている!」
意外とちゃんと考えているのか!
「じゃあこれは何ですか!」
僕は倒れた暗闇を指差す。
「デカい板に光吸収率の高い黒色塗料を塗ったものだ!」
「そういう説明じゃ無いんですよ!」
その後暫く質疑応答が続き、僕の怒りも鳴りをひそめたころ、彼女は切り出した。
「まぁ、あの状況での冷静な判断は流石だな!色々悪かったが、君なら新聞部で一緒にやっていってくれると信じてるよ」
全くと言っていいほど冷静では無かったが、他人に認められるのは悪い気がしない。
「全く…もうこんな事しないで下さいよ。ていうか、宇水先輩もグルだったんですね」
「あぁ、来てないが奴もグルだ!」
「そうなんですね…と、こちらの方はどなた何ですか?」
僕はもう1人の女性を見る。
「香織だ。望月香織。同じクラスの私の友達で、今日は手伝って貰ったんだ」
「3年の望月です。迷惑をかけてごめんね。新聞部じゃ無いんだけど、五百蔵にはちょっと借りがあって」
「いえ、大丈夫ですよ。部長に振り回されてるんですよね」
失礼だが初見の顔印象で『無愛想でクールな人』と思っていたが、柔らかい口調に意外さを覚える。
僕が年下だからだろうか。部長に対するつっけんどんな態度とは全く違う。
「部長呼びということは、新聞部に入るんだ。色々面倒くさいと思うけど、頑張ってね」
「せっかく誘ってくれましたからね、頑張りますよ」
「おい!いい感じの雰囲気の所悪いが入部試験は終了だ!帰るぞ」
「この黒い板はどうするの」
「後日処理する!香織も手伝ってくれ!」
「はぁ…」
こうして僕達は旧校舎を後にした。
帰り道、
「そういえば随分長いこと剣道場にいたんだな。ヒマじゃ無かったのか」
それもバレてるのか。
「まぁ、スマホとかで時間はいくらでも潰せますし」
「まぁ、狙ったように香織が合流した所で来てくれたのは助かったよ。香織はちょっと遅れて来たんだからな」
「バイトがあるから遅れるかもって言ったでしょ…」
「まぁ、チャイムが良い感じの所で鳴ってくれましたからね。チャイムまで鳴らすとは思いませんでしたよ」
?違和感がする。
「チャイム…いつのだ?」
「1時くらいのやつです」
「いや、私達はその時間には鳴らして無いぞ」
「え、でも僕はチャイムで起きたんですよ」
「剣道場のチャイムは新校舎系統で走っているから、旧校舎からでは弄れない。私達が制御できたのは、旧校舎のチャイムだけだ」
絶句する。
「スマホのアラーム設定でもしてたんじゃ無いのか?」
「してないですよ、見てください」
僕は自分のスマホを部長に見せる。
夜中1時のアラームなんて設定してない。
「ふーん。じゃあ夢の中で聞いたって事だな」
「いや、そんな事は…」
そこまで言って、自分のスマホを見る。
電池は半分くらい残っている。ならば、何故あの階段でライトが付かなかったんだ。
薄寒い感覚。
部長はそんな僕を横目で見ながら、嬉しげに
「不思議な事もあるもんだな」
と呟いた。
入部 おわり




