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客先打ち合わせ

*****


 連れていかれた先は、真っ赤な地下だった。暑い。近くでごうごうと音を立てているのは、あるいはマグマが流れる音だろうか。そんな蒸す中にあっても、アイズと彼女の部下二名は進む。鍛え抜かれているのだろう。アイズは飛び切りを選んだはずだ。そう思う。私たちを先導する二人、分厚い深紅の鎧をまとった敵方の巨躯の兵は、等間隔の歩幅で進む。アイズの背から緊張感が伝わってくる。その後をあるいている彼女の部下の二人からは怯えた感すら。両開きの大扉があって、門兵が開けてくれた。溶岩が固まってできたような、ごつごつとした黒く長いテーブルがあった。向こうの上座には真っ赤な髪に真っ赤な顔をした人物が頬杖をついて座っている。人物? 人物ではないかもしれない。きっと化物の(たぐい)なのだろうから。


 特に巨躯というわけでもなく、かといって年などわからない真っ赤なその男は、「座れ」と言った。野太い声。迫力がある。背もたれもない丸い椅子にアイズが座った。すると真っ赤な男は右手を前に広げた。途端、アイズの、屈強そうな部下二人が、瞬く間に炎に包まれた。苦しげな雄叫びを上げながら、やがては揃って地に伏した。ヒトの肉が焼けるとこんな匂いがするのかと少しだけ、勉強になった。「牛角」を思い出さなかったと言うと嘘になる。


「女、誰がおまえに座れと言った? 俺は俺を見ただけで怯えるおまえになど用はない。後ろの男、おまえに座れと言ったんだ」


 アイズが席を立った。

 私は「よしっ」と気持ちを強く持って、前に進んだ。

 こんな気持ち、久しぶりだなと思う。

 この怯えと期待、社会人一年目の新鮮さに満ちた心持ちに似ている。


「ファイアさんで間違いありませんか?」

「ファイアさん、か。無礼だな。しかし、そうだ。俺がファイアだ」

「ファイアさん、結論から申し上げます。我が国、ひいては人類への攻撃をやめてもらえませんか?」

「結論から言う。素晴らしいことだ。それをやれるニンゲンはなかなかいない。だが、それはいささか、傲慢なことではないのかね」

「上司や部下が相手なら、もっと違った言い方をします。顧客が相手ならおべっかを使うことだってあるでしょう。ただ、あなたはそうではないはずだ」

「顧客、か……」


 ファイアの表情が刹那、緩んだように見えた。


「座っても?」

「ああ、座れ。おまえ、名は?」

「ヤマシタと申します」

「俺の以前の名を教えてやろう」

「それは?」

「ノガミだ」

「は?」


 ファイアは謎めいたことを言う。


「『TCP/IP』と言ってわかるか?」

「まさか」

「そのまさかなんだよ」豪快に笑った、ファイア。「おまえは転移のようだが、俺の場合は転生だった。この世界に生まれる前、俺はITの大手で管理職をやっていた。最初は物販にばかりおもしろみを感じていたが、そのうち、そうじゃあなくなった。基本、技術畑のニンゲンだ。ああ、懐かしいなぁ。トラブルが起きるたびに、部下は成長した。障害が連続すればするほど、驚くほどに成長した。ああ。ほんとうに懐かしいなぁ」

「どうして、そんな話を、私に?」

「おまえの格好はどう見たってサラリーマンだろう? ひょっとしたら、同業かもしれないと考えてな。で、どうやらそうらしいが、それは一応のことだ。おまえはいいとこ、底辺の管理職だろう? あいにく、そんな匂いしか漂ってこない」


 私は微笑んだ。

 「違いません、課長です」と素直に答えた。


「潤滑油、あるいは接着剤、上も下もいる管理職というのはまず間違いなく、総じてそういうものだ。ただ、おまえがそいつらと違うと言えるのは、おまえがいま、ここで、俺に上から目線でのたまったからだ。どうしてだ? どうしてヒトのために尽くそうとした? たかが課長にしかすぎないというのに」

「私にできることをしようと思いました。それは会社勤めのときから一つも変わっていません」

「そうか。おまえもまた、俺のかつての部下と同じだというわけだ。苦境に晒されるたび、伸びる。年を重ねた俺にはもう、わからんことだ」

「お年を召しているようには見えませんが?」


 ファイアは肩をすくめてみせた。


「おまえこそまだ若い。戻れるようであれば、元いた世界に戻るべきだ」

「あなた、とは?」

「やることもなく、だが力だけはあり、だから暇潰しに遊んでいて気がついたら王にまでのし上がったら王にまで至ったくそったれの中のくそったれだ。愉悦は得られたが、なにかが違う。部下の成長を感じていたときのほうが、ずっと幸せだった。ああ。有意義だったよ」


 そうそう腐りきっているわけでもないようだ。

 根本的にはそうなのだろう。


「要望は? お聞き入れいただけますか?」

「だから、そうだと言った。我が軍の士気は低いものではないし、我が兵は著しく強いが、ヒトを攻撃した者は俺がじきじきに処罰する。その結果として我が軍が力を失い、ヒトに敗れるようになるのであれば、それはそれで因果応報だ。俺は起伏という言葉が好きでな。人生も女のボディラインもかくあるべきだ」


 しゃれたことを言う人物だと感心させられた。


 私は椅子から立ち上がり、ファイアに頭を下げた。


「帰りましょう、大佐」

「し、しかし、ヤマシタ、奴の言うことを真に受けるわけには――」

「だいじょうぶです。彼は約束を守ります。嘘を言ったら、ビジネスマンはおしまいです」

「ビ、ビジネスマン?」


 ファイアが喉を鳴らして笑った。


「たしかにそうだ。誠実ではないビジネスマンに未来などない。ヤマシタ、礼を言う。ああ、俺は誰かに俺のやっていることを咎めてほしかったんだろな」


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