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仲直り

*****


 背中の激痛で目が覚めた。なんだか悪い夢を見ていたような気もしたし、だからだろうか、(ひたい)にはびっしょりと汗が浮かんでいた。私が横たわっていたベッドの脇には椅子があって、その上にはびっくりしたように目を見開き、両手を上げている少女の姿がある。あの日の桃色の髪をした少女だ。頭を整理する。ああ、そうか。とりあえず私は助かったし、少女も殺されずに済んだということか……。


「きみ、名前は?」

「ウォーだ」

「勇ましい名前だね」


 答えてもらえたことに、少なからず満足した。


「もうだいじょうぶなのかい?」

「だいじょうぶ? なにがだ?」

「大佐のこととか、家のこととか」

「アイズは悪い奴じゃないってわかった。家は……もうなくなった」


 背筋を冷たいものが滑り落ちた。


「魔族の王だったか、ほんとうにそういう奴に滅ぼされてしまったのかい?」

「そうだよ。あたいが失敗しちまったから、ダメだったんだ」

「なあ、ウォーさん」

「さんは要らねー。ウォーでいい」

「じゃあ、ウォー。自分の大切なものを守りたいからという理由で、他のヒトの大切なものを奪ってもいいのかな」


 ウォーはぐすりと鼻を鳴らし、目元を指で拭った。


「アイズにも同じことを言われた。あたいが間違いだったんだと思う」

「間違いではないよ」

「そ、そうなのか?」

「うん、きっとね」

「むぅぅ、どっちなんだよ」


 そうか。

 少女とは、ここまで喜怒哀楽に満ちた表情ができる生き物なのか。


「ヤマシタはさ、この世界のニンゲンじゃないみたいだって、アイズは言ってたぜ?」

「そうなんだよ」私は眉を八の字にして笑った。「じつは困っているんだ」

「でも、だからこそ、この世界の連中とは少し違った考え方ができるみたいで、おもしろいってよ」

「まあ、そうなのかなあ」

「ヤマシタはもとはなにをやってたんだ?」

「『課長』だ」

「『課長』? なんだ、そりゃ?」

「何でも屋さんみたいなものだよ。ところで、ウォーはもうたくさん泣いたかい?」


 眉間に皺を寄せて、首をかしげたウォー。


「泣いたよ、たぶん。だいぶん、我慢してるけど……」

「もっと泣いていいんだよ? 頭を撫でてあげることくらいは、私にもできる」

「なあ、ヤマシタ」

「なんだろう?」

「ウチのおとうちゃん、ヤマシタにちょっと似てるんだ。年も同じくらいなんじゃないかなって思う」

「だったら、たっぷりと甘えるといいよ」

「……うん」


 ベッドに乗り上げると、ウォーは幾分乱暴に、私の胸に顔をぶつけた。


「向こうの、世界っていうのか? ヤマシタに子どもはいなかったのか?」

「私は子どもを作れないんだ。そういう男なんだ」

「そうなのか……」

「ああ、そうなんだ」


 ウォーの桃色の後ろ髪を撫でながら、私はようやく、ここがアイズの私室であることに気がついた。



*****


 ウォーをベッドの上で寝かせてやり、おたがいに椅子に座り、私とアイズとは向き合っている。


「信じてくれとは言わん。だが、おまえを斬るつもりは、ほんとうになかったんだ」


 訴えるようなまなざしを向けてくるあたりに、優しさを感じた。


「私は死んでもいいと思って割って入りました。大佐の責任ではありません」

「しかし――」

「ただ、気になることがあって」

「言ってみろ」

「魔族、ですか? 彼らに対して、大佐は私怨をお持ちでは?」

「……なぜそう思う」

「あのとき、大佐がウォーに向けた目は憎しみに満ちていた」


 勘がいいな。

 そう言って、アイズは微笑した。


「以前から感じていた。おまえはほんとうに勘がいい。察する能力に優れているとでも言うべきか……。そうだよ、ヤマシタ。わたしの弟が魔族に殺されてな。以来、それこそ親の仇のように恨んでいるんだよ」


 そういうこともあるだろうなと、案外、簡単に受け容れることができた。

 でも、それならやっぱり、ウォーに怒りの矛先を向けるのは馬鹿げている。


「ああ、そうだよ。ウォーはなにも悪くない。おまえがいなかったら、私はウォーを殺した段になって、それに気づかされていた。……後悔しなくて済んだ。あっ、いや、しかし、おまえを斬ってしまったことについては――」

「咄嗟に手加減されたのだろうと思います。助かりました」


 きょとんとした目のアイズ。

 私はおどけるようにして肩をすくめた。


「おまえは以前、上司からも部下からも怒られるような仕事をしていた、と話していたな?」

「言いましたっけ?」

「言ったよ、言った。まったく、とぼけるな。それでそれは、具体的にはどんな役職なんだ?」

「たぶんですけれど、私と似たような立場のニンゲンは、どの世界にも、どの国にもいると思います。大佐がご存じないというだけで」

「そうかな。おまえほど肝の据わったニンゲンはそうはいないと思うがな」

「肝だけが太くとも、それが社会で役に立つとは限りません」

「そういうものか?」

「そういうものです」


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