仲直り
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背中の激痛で目が覚めた。なんだか悪い夢を見ていたような気もしたし、だからだろうか、額にはびっしょりと汗が浮かんでいた。私が横たわっていたベッドの脇には椅子があって、その上にはびっくりしたように目を見開き、両手を上げている少女の姿がある。あの日の桃色の髪をした少女だ。頭を整理する。ああ、そうか。とりあえず私は助かったし、少女も殺されずに済んだということか……。
「きみ、名前は?」
「ウォーだ」
「勇ましい名前だね」
答えてもらえたことに、少なからず満足した。
「もうだいじょうぶなのかい?」
「だいじょうぶ? なにがだ?」
「大佐のこととか、家のこととか」
「アイズは悪い奴じゃないってわかった。家は……もうなくなった」
背筋を冷たいものが滑り落ちた。
「魔族の王だったか、ほんとうにそういう奴に滅ぼされてしまったのかい?」
「そうだよ。あたいが失敗しちまったから、ダメだったんだ」
「なあ、ウォーさん」
「さんは要らねー。ウォーでいい」
「じゃあ、ウォー。自分の大切なものを守りたいからという理由で、他のヒトの大切なものを奪ってもいいのかな」
ウォーはぐすりと鼻を鳴らし、目元を指で拭った。
「アイズにも同じことを言われた。あたいが間違いだったんだと思う」
「間違いではないよ」
「そ、そうなのか?」
「うん、きっとね」
「むぅぅ、どっちなんだよ」
そうか。
少女とは、ここまで喜怒哀楽に満ちた表情ができる生き物なのか。
「ヤマシタはさ、この世界のニンゲンじゃないみたいだって、アイズは言ってたぜ?」
「そうなんだよ」私は眉を八の字にして笑った。「じつは困っているんだ」
「でも、だからこそ、この世界の連中とは少し違った考え方ができるみたいで、おもしろいってよ」
「まあ、そうなのかなあ」
「ヤマシタはもとはなにをやってたんだ?」
「『課長』だ」
「『課長』? なんだ、そりゃ?」
「何でも屋さんみたいなものだよ。ところで、ウォーはもうたくさん泣いたかい?」
眉間に皺を寄せて、首をかしげたウォー。
「泣いたよ、たぶん。だいぶん、我慢してるけど……」
「もっと泣いていいんだよ? 頭を撫でてあげることくらいは、私にもできる」
「なあ、ヤマシタ」
「なんだろう?」
「ウチのおとうちゃん、ヤマシタにちょっと似てるんだ。年も同じくらいなんじゃないかなって思う」
「だったら、たっぷりと甘えるといいよ」
「……うん」
ベッドに乗り上げると、ウォーは幾分乱暴に、私の胸に顔をぶつけた。
「向こうの、世界っていうのか? ヤマシタに子どもはいなかったのか?」
「私は子どもを作れないんだ。そういう男なんだ」
「そうなのか……」
「ああ、そうなんだ」
ウォーの桃色の後ろ髪を撫でながら、私はようやく、ここがアイズの私室であることに気がついた。
*****
ウォーをベッドの上で寝かせてやり、おたがいに椅子に座り、私とアイズとは向き合っている。
「信じてくれとは言わん。だが、おまえを斬るつもりは、ほんとうになかったんだ」
訴えるようなまなざしを向けてくるあたりに、優しさを感じた。
「私は死んでもいいと思って割って入りました。大佐の責任ではありません」
「しかし――」
「ただ、気になることがあって」
「言ってみろ」
「魔族、ですか? 彼らに対して、大佐は私怨をお持ちでは?」
「……なぜそう思う」
「あのとき、大佐がウォーに向けた目は憎しみに満ちていた」
勘がいいな。
そう言って、アイズは微笑した。
「以前から感じていた。おまえはほんとうに勘がいい。察する能力に優れているとでも言うべきか……。そうだよ、ヤマシタ。わたしの弟が魔族に殺されてな。以来、それこそ親の仇のように恨んでいるんだよ」
そういうこともあるだろうなと、案外、簡単に受け容れることができた。
でも、それならやっぱり、ウォーに怒りの矛先を向けるのは馬鹿げている。
「ああ、そうだよ。ウォーはなにも悪くない。おまえがいなかったら、私はウォーを殺した段になって、それに気づかされていた。……後悔しなくて済んだ。あっ、いや、しかし、おまえを斬ってしまったことについては――」
「咄嗟に手加減されたのだろうと思います。助かりました」
きょとんとした目のアイズ。
私はおどけるようにして肩をすくめた。
「おまえは以前、上司からも部下からも怒られるような仕事をしていた、と話していたな?」
「言いましたっけ?」
「言ったよ、言った。まったく、とぼけるな。それでそれは、具体的にはどんな役職なんだ?」
「たぶんですけれど、私と似たような立場のニンゲンは、どの世界にも、どの国にもいると思います。大佐がご存じないというだけで」
「そうかな。おまえほど肝の据わったニンゲンはそうはいないと思うがな」
「肝だけが太くとも、それが社会で役に立つとは限りません」
「そういうものか?」
「そういうものです」