つのっこ
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賊の侵入。
その一報を聞き、アイズは部屋の外へと飛びだした。私もあとに続く。「引っ込んでいろ!」とは言われなかった。アイズですら面食らっているのだ。当然だとも思う。まさか王城に賊などと――。
螺旋状の通路を、下からすごい勢いで駆け上がってくる桃色の髪をした少女が見えた。ほんとうに速いので、それくらいしか確認できなかった。
アイズは腰の剣を抜かなかった。理由はわからない。ただ、猫のようなしなやかさで襲いかかってきた少女のことを簡単に組み伏せた。うなじのあたりに右膝を乗せ、右腕を捻り上げ、完全に動きを制する。かなり痛そうだ。でもそんな素振りも見せなければ、悲鳴もあげない。ただ、ふしゅーふしゅーっと息を漏らしながら強い目をしている。目が合った。桃色髪の少女の目に涙がにじんでいるのがわかった。
「大佐、大佐」
「なんだ、ヤマシタ、というか、どうしておまえは出てきたんだ?」
「その女のコ、泣いています。話を聞いてみてはどうでしょうか」
「はあ?」
「もう敵意はないように見えます」
「おまえになにがわかるんだ、ええ、ヤマシタ?」
「わかりませんよ。でも、弱い者いじめはよくわりません。相手が子どもであるなら、特に」
口をへの字にして、ふんと鼻を鳴らしたアイズ。
「わたしの部屋であれば問題ないだろう」
「よかったです」
私は微笑んだ。
*****
わたしはここを塞いでおく必要がある。
アイズはそう言って、部屋の出入り口の前に立っている。
話はおまえが聞け。
ということらしく、私は桃色髪の少女と椅子の上で向かい合った。
桃色の髪はふんわりとしていてとても柔らかそうだ。
それよりも目を引くのは頭部に二つ生えている青い角だろうか。
大きくはないが、そう小さなものでもない。
少女は顔を俯け、さっきからずっとずっと、しくしく泣いている。
面食らうほどでなくとも、私は多少、戸惑ってはいる。
なによりこんな少女の相手なんてしたこと、ほとんどないからだ。
「名前とか、言えば、いいのか……?」
高く澄んだ、心地いい声だった。
「いや、言わなくていいよ。この場合、重要なのは名前じゃないからね」
少女は顔を上げ、涙に濡れた目をぱちくりさせた。
「じゃあ、なにが重要なんだ?」
「もちろんそれは、きみがここに来た理由だよ」
顔をまた俯けた少女。
「……言えない」
「口止めされてるってこと?」
「違う、けど……怖いから」
「そこに立っているおねえさんより怖いかい?」
「ずっと怖い……」
私はアイズと目を合わせ、すると彼女は肩をすくめ。
「その角には見覚えがある。おまえは魔族のニンゲンだろう?」
「そうだけど、だったら、やっぱり殺すのか……?」
「殺さん」
「な、なんでだよ」
「ガキを殺していい。わたしの美学にはない」
アイズの物言いに対して見る見るうちに目を潤ませた少女は、上を向くなり「わあああんっ!」と声を発した。さすがに私は驚いたし、アイズも目を丸くしていた。
「だってだってぇ、しょうがないじゃんかぁ! 誰かがやらなきゃと村を滅ぼすって言われたんだもんよぉぉっ! だったら誰かがやらなくちゃじゃんかよぉぉぉっ!!」
次に声をかけたのは私ではなく、アイズだった。
「村を滅ぼす……どういうことだ?」
「あたいの村は、この国から近いんだ」
「それは知ってる。誰がおまえたちを脅したのかという話だ」
「……ファイア」
アイズが目を見開いたのがわかった。
「ファイア。魔族の王だな。本当に奴がそう言ったのか?」
「よくは、知らない。でもそうだって、とうちゃんもかあちゃんも話してた」
「そうか。奴が我が国に目をつけたのであれば、決戦も遠くない、か……」
深刻そうな顔をしたように見えたいっぽうで、アイズはどこか、その横顔に邪な影をたたえたように見えた――どうしてだろう。
「うああああんっ! ごめんよぉ、とうちゃーん、かあちゃああん! あたい、失敗しちまったよぅ! ごめんよぉぉぉぅ!!」少女は泣き叫ぶ。「王様の首、持って帰られないよぉぉぉぅっ!」となおも叫ぶ。
「気が変わった。どけ、ヤマシタ。このガキはこの場で殺す」
「えっ」急な方針転換であるように思え、驚いた。「待ってください。まだ子どもですよ?」
「確認せずともわかる。こいつのせいで警備の兵は幾名か命を落としたはずだ」
「だとしても、弁護士を。この国は法治国家でしょう?」
「だから、そんなものはうっちゃって、わたしがじきじきに手を下そうと言っている。こういう機会でしか殺れないんだよ。なに。激しく暴れたとでも言えばいい」
私は意を決し、「ダメです」と言い、両手を広げ、アイズの前に立ちはだかった。「考え直してください。大佐、あなたらしくありませんよ」と強く告げた。
「ヤマシタ、おまえがわたしのなにを知っている!」
「知りません。知るつもりもありません。でも、清廉潔白な大佐のことです。子どもを手にかければ、きっとすさまじい後悔の念に晒される」
「どけぇっ!」
アイズに蹴飛ばされた。
いよいよアイズは剣を両手で振りかぶる。
少女が「ひっ」と小さな悲鳴を上げたのがわかった。
その弱々しげな声があったから、身体が勝手に動いた――動いてくれた。
私は少女を抱きかかえ、その代償に、背中をアイズに斬られた。