テスト
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そびえ立つ白亜のそれはディズニーランドのシンデレラ城を想起させたけれど、大きさと迫力がまるで桁違い。城下からの存在感だけでも段違いと言える別格の異様だった。
アイズと私とを乗せた白馬は城へと続く坂道を勢いよく駆けた。結構な重量を背負っているであろうに、まっすぐに駆けた。係のニンゲンがいる場所で下馬した。アイズが手を貸してくれ、私も下りた。
「おまえ、馬に乗ったことがあるのか?」
「どうしてですか?」
「まるでバランスを失うところがなかった」
むかし、趣味で習っていたことを思い出す。
そのことは黙っておいた。
言ったところで、なんになる?
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剣も銃も持っていないことは明らかなのだけれど、城に入ったところにすぐにある警備室――あるいは歩哨室とでも言ったらいいのだろうか、そこで待たされた。怖い顔をした男ばかりが目を向けてくるものだから、少々怯みそうにはなるものの、それはなんだからしくないなあと内心で首をかしげ、だから堂々としておくことにした。途端、周囲が臆したように感じられたから、「要は気持ちの問題か」と苦笑した次第だった。
アイズが戻ってきた。
「いいぞ、ヤマシタ。ちょっと来い」
アイズにそう呼びかけられたので、私は部屋から出て、彼女の後ろに続いた。アイズが「前を歩け」と言った。「念には念を。間違いか?」。私は違わないという気持ちを込めてかぶりを振り、前を行く。白い石造りの螺旋状の廊下をのぼり、「左手の部屋だ」と言われ、そこに入った。「座れ」と言われ、木製の椅子に腰を下ろした。正面に座ったのはもちろんアイズだ。
「どういう処遇であろうが受け容れます」
「そのへんのことなんだが、ヤマシタ、おまえ、なにか得意なことはないのか? 見るからに、いい年なんだ。なにもできないということはないだろう?」
「いえ。この世界において私ができることなんて、ほとんどないと思います」
「わかった。そういうことなら、村に返そう。体力がないとか、そんな戯言はゆるさん」
「わかりました」
「……いや、ちょっと待て」
「なにか?」
アイズは右手を顎にやり、それから「おまえはデスクワークのほうが得意なんだろう?」と訊いてきた。
私は目線を上にやり、「まあ、そうです」とのんびり答えた。
「だったら、なにかそちらの道で仕事をしてもらいたいのだが……」
「私の職務は、ヒトと仕事の管理でした」
「そういうことなら、頼みたいことがある」
「そうなんですか?」
「国境線の警備はきちんとしているんだ」
「と、いうと?」
「この首都近辺も含め、国の内部に関する備えが良くない。割り当てられたニンゲンに危機感がない。根本的に平和だからだろうな」
それはわからない理屈ではないなと思う。
「わたしは連中の意識を変える必要があると考えている」
「それを私にやれと?」
「そうだ」アイズはうなずいた。「手始めに、この城に勤めるニンゲンを少し取り締まってもらえないだろうか?」
まさに課長の仕事ではないか。
過去にも現在にも、そういうニンゲンはいないのだろうか。
いたとしても無能?
言われたことがないわけではないなと思い出す。
「大佐、私は多くても十名の部下しか相手にしたことがありません」
「最初から無理は言わん。まずは門兵の管理にあたってくれ。連中は私がじきじきに注意をしてもサボるようなニンゲンばかりでな」
「大佐の命令でも聞かないんですか?」
「女だからと舐められているのやもしれん」今度は苦笑してみせたアイズ。「まずはそっちをなんとかしてやってくれ。だいじょうぶだ。なんとかできようができまいが、それなりの給与は支払う」
「わかりました」
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「おぅおぅ、おっさんよぉ! いきなり来たと思ったら、何様なんだよ、てめぇっ!!」
わかる。門兵を生業としているそこのあなた、きみの言い分はよくわかる。理解できる。わけのわからない男に唐突に横入りされていきなり「勤務実態を教えてください」なんて言われたら、腹の一つや二つ、立てたくもなるというものだ。だけど、どうしてだろう。それなりの理論武装を掲げてやってくるかつての部下と比べると、怖い言葉で脅すことしかできない彼らのことはずいぶんとちっぽけに見える。
「もう一度言います。聞かせてください。どうしてサボるんですか?」
「サボってねーよ」
「そういう情報を得ています」
「サボってねーっつってんだろーがっ!」
男がテーブルをバンッと叩いて立ち上がった。
「あなたの役割は二人一組での門の警備。しかし、現状、その業務については二十もの人員が割かれている。三交代制ではありますが、にしたって、いくらなんでもヒトを多く見積もりすぎだ」
「な、なにが言いて―んだよ」
「まずは座ってください」
「なにを偉そうに!」
「座ってください」
「……くそっ!」男は忌ま忌ましげに吐き捨てた。「なんだよ、おまえ。冴えねーおっさんなのに、なんでそこまで堂々としてられんだよ」
それは私自身にもわからない。
「わかったよ、よくわかんねーけど、……くっそ。俺はどうしたらいい?」
「誰もクビにならないように調整します」
「仲間に真面目にやろうぜって伝えればいいんだな?」
「そうしていただけますか? 話が早くて助かります」
「裏切ったら、わかってんだろうなぁ?」
「ええ。好きにしてください」
「馬鹿言え。おっさん好きにして誰が喜ぶってんだよ」
男は椅子から立ち上がると、右手でぼりぼりと後頭部を掻いた。
「あんた、名前は?」
「ヤマシタです」
「変なおっさんにふさわしい、変な名前だ」
男は笑った。
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一月も経てば、門兵らは規律正しい集団になっていた。
三交代制をきちんち維持し、休日にはしっかりと休んでもらっている。
くだんの男は、詰め所で事務処理用の書類作成に追われている私を捕まえ、「嫁さんと子どもを作ろうかって話をしてる。前なら考えられねーことだよ」と照れくさそうに語った。
「どうしてそういう話にならなかったんですか?」
「もちろん、稼ぎなんて博打と酒に消えちまってたからだよ。嫁さん、泣いてばかりいたよ」
「だったら、よかったですね」
「なあ、ヤマシタ」
「はい?」
「今度、いつでもいいから、ウチに来てくれよ。メシくらいどうだ? 少し話しただけなんだけどな、あんたのことを恩人だっつって、嫁さんはあんたに会いたがってる」
「そういうことであれば」
私は椅子から腰を上げ、お辞儀をした。
「や、やめろよ」と男に笑われてしまった。
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城内にあるアイズの私室に招かれた。
ベッドとデスクしかない部屋だが、なんだか甘い匂いがする。
アイズの香りだろう。
アイズは椅子に腰掛け、私のほうを見上げ、にやりと笑んだ。
「やるじゃないか、ヤマシタ。評判は上々だぞ?」
私は深々と礼をした。
「最低限のことしかできていないと思います」
「そうは言ってない。よくやっていると言ったんだ」
「でしたら、お言葉ですが」
「なんでも言ってみろ」
こんな場面で物申す意味合いなんて、見いだせなかったことを思い出す。
だから、結局、なにも言葉なんて出ては来ず。
私は苦笑するだけだ。
「今回の一件は、おまえに与えたテストみたいなものだった」
「と、いうと?」
「本件、うまく片づけるようなら、もう少しきっちり働いてもらおうと思ってな」
「きっちりとは?」
するとアイズは「わたしの直属にしてやる」と言った。「嫌でなければ、私のもとで働いてもらいたい」と続けた。
「それはかまいませんが、具体的には、なにをすればいいんですか?」
「わたしは武官だが、会議の場に呼ばれることもある。その折には立ち会ってもらいたいんだ」
「私になにかできるでしょうか」
アイズが立ち上がり、私の額にこつんと右の拳をぶつけた。
「ヤマシタ、おまえがどこでどう暮らしてきたのかはどうだっていい――とは前にも言ったな。ただ、おまえはもう少し、自分に自信を持っていいと思うぞ?」
賊だーっ!!
部屋の外から、そんな大きな声が響いてきた。