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アイズ

*****


 おねえちゃんっ!!


 見るからに重厚そうな銀色の鎧をまとった女性の前で、キャスはばんざいをしながらぴょんぴょんと飛び跳ねた。女性――本当に長い金髪が美しい女性だ。女性はしゃがむとウインクをして、それから「キャスが無事でなによりだ」と言った。勇ましげな身なりと男っぽい口調がとてもマッチしている。


 そしてそれからすぐに女性は立ち上がり、私の目の前に来ると、私の左の頬にいきなり平手打ちをかましてくれた。あまりに強烈だったので、頭も視界もくらくらした。


「おまえ、名など知らんが、なぜだ? どうしてすぐにキャスを連れて避難しなかった?」


 問われた瞬間は戸惑った。

 これほどのド正面から頬をぶたれたのも初めてかもしれないからだ。


 でも、私は意外と冷静だった。


「まさかこんなことが起きるとは思っておりませんでした。しかし、私の判断はたしかに適切ではなかった。申し訳ありません」


 すると女性はにわかに眉根を寄せ。


「誰も謝れとは言っていない。どうして逃げなかったのかと訊いている」

「私の準備不足だと申し上げました」

「だから、おまえ」

「申し訳ない」


 私は深々と頭を下げた。


「も、もういい」バツが悪そうにそう言って、女性はぷいっとそっぽを向いた。「名を聞かせてもらおうか」

「ヤマシタといいます」

「ヤマシタ? 聞いたことがない語の並びだ」


 そうであろうとおかしくない。

 私は異世界のニンゲン、あるいは異星人なのかもしれないのだから。


「おねえちゃん! 今日もお昼ご飯食べて行ってくれるよね!」

「ああ、いただこう。キャスの母上の手料理は最高だ」

「うん、そうなんだよ!」

「男よ、おまえはどうするんだ?」


 女性にそう問われても、肩をすくめることくらいしかできない。


「おじちゃんも一緒に食べるんだよ! おかあさんがそうしなさいって!」


 そうか、甘えてもいいのか……。

 なんだかホッと息をついてしまった。


 あっ、と思った。

 しげしげと女性の姿を見てしまった。

 胸の部分、そこだけが露出していて、しかもその大きさたるや……。


「み、見るな!」女性が両手で前を隠して声を上げた。「貴様、万死に値するぞ……っ!」


 だったらどうしてはだけるような鎧を着ているのだろうとツッコミを入れたくなったのだけれど、よしておいた。


「よろしければ、あなたのお名前を伺いたいのですが」

「話す舌など持たんな」

「便宜上の話です」

「ふんっ。アイズだ」

「ファーストネームですか?」

「ああ、そうだ」


 私への愛情の枯渇を示すかたちで自らのケアを放棄してしまった妻とは目の輝きとまとう優雅さがまるで違う。いわゆる貴族なのだろうか。だとするなら、比べてしまうと妻がかわいそうだ。彼女は今頃、どうしているのだろうなと思う。びっくりして泣いてしまっているのだとすれば、いつか向こうに戻って謝罪したい。



*****


 アイズは重苦しい鎧をものともせず、ただどっかりと椅子に座った。「いただくぞ」と言ってからシチューを食す。「これを食べたくて来ているようなものだな」と豪胆に笑う。キャスの母親は大きく(こうべ)を垂れると、席についた。私の隣だ。アイズの隣にはキャスがいる。


「この村にも兵を常駐させることができればよいのだが」アイズは悔しそうに言う。「すまないな、カナリア」


 キャスの母親が「カナリア」という名であることを知った。


「いいえ、アイズ様。お国はたいへんなのでしょう?」

「そうなんだよ、カナリア。最近、どうにも騒がしい。ひょっとしたら、わたしが生きているうちに、戦いは終わらないかもしれない」

「戦い、とは?」


 なにげなく私がそう訊くと、アイズはいかにもむっとしたような表情を浮かべた。


「ヤマシタ、おまえには関係のないことだ」

「まあ、そうですよね」

「……は?」

「は?」

「い、いや、だってだな、おまえ、ヤマシタ、ここまで邪険に扱われたら、むかっ腹の一つも立ててよさそうなものじゃないか。おまえだって男だろう?」


 ああ、そうか、そんなふうに考えるヒトもいるのか。それともそれがあたりまえ? サラリーマンになって十五年。そのへんのことなんて、もうわからない。深く考えたことなんてなかったなぁ……。


「みみっ、見るなと言っただろうが!」

「は?」

「ち、乳房の話だ! 見るな!!」


 私は「申し訳ありません」と言い、そしたらそのあらたまり方が気に食わなかったのか、アイズは「もういい!」とまたそっぽを向いた。


 そう言えば、私には訊いてみたいことがあった。もうなかば詳しいところを知るのは諦めてはいるのだけれど、それでも、キャスやカナリヤよりはアイズのほうが世事に詳しいだろう。


「アイズさん」

「アイズ大佐だ。そう呼べ」

「でしたら、大佐。この国、あるいは世界、すなわち大佐がご存じの範囲で構わないのですけれど、コンセントやプラグという単語はご存じですか?」

「は? コンセント? プラグ?」


 ソッコーで、私は観念した。


「愚かなことを伺いました。申し訳ありません」


 また眉間に皺を寄せるアイズ。


「いちいち謝らなくてもいいんだが……。それにしても、おまえの着ている服は上等な物だな。見ただけでわかる。特にズボンだ」


 まあ、そうか。

 私からすると、二着まとめ買いのセール品でしかないのだけれど。


「えっと、大佐」

「今度はなんだ?」

「私はこのままで良いのでしょうか」

「どういうことだ?」

「私は今までずっと働きづめだったニンゲンです」

「働かないと、ムズムズするとでもいうのか?」

「はい」

「経緯等はまるでわからんが、スローライフか? この村で一生を終えるのは、そう悪いものでもないだろう?」

「そうも考えました。ですが、それは違う気がしています」


 アイズは顎に右手をやり、それから考えるような素振りを見せ、一度、ふむとうなずいた。


「ヤマシタ、おまえはちょっと見ないニンゲンだ。おもしろいということだ。だが、それは直感による私見にすぎず、だからだな――」

「裏切りませんよ」私は苦笑した。「私にはそんな腕力はありませんから」

「裏切りません、か」アイズも苦笑じみた顔をした。「そういう奴に限って、な」

「ご経験が?」

「やかましい。早く食べろ。連れてってやる。行くぞ」


 キャスに目をやる――不安げな目、面持ち。


「おじちゃん、行っちゃうの……?」

「うん。ずっと迷惑はかけられないからね」

「迷惑なんかじゃないよ。おじちゃんはオークを見ても怯えなかった。男らしいヒトだよ」

「驚いて怖くて動けなかっただけさ」

「おじちゃんはおじちゃんの世界にいたんだよね?」

「勘がいいね。そうだよ。おじちゃんの世界だ」

「おじちゃんにも『大佐』みたいなカッコいいあだ名があったの?」

「おじちゃんは『課長』だったんだ」

「課長?」

「うん。そうだ。上司からも部下からも怒られるニンゲンだったんだ」


 アイズが立ち上がり、「カナリヤ、今日もうまかった」と言い、「さあ行くぞ、ヤマシタ! いい年こいた男がもたもたするな!!」と力強く告げてきた。


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