第1話
11月3日
次何を書くかがまとまらず、ポッと思いついた内容。
気が狂っているような気がしてならない。だけど、まあいいか。気が狂ってるのは今に始まったことじゃないし。
昼時、腹が求める食事を空想しながら食材を包丁で切っている時だった。タンタン、ザクザクと心をうきうきとさせる音に交じって扉をノックする音が響く。次いで「すみませーん!」と聞き慣れない声が扉越しにくぐもって聞こえてきた。
汚れていた手を洗い、服の裾で水気をきった後玄関を開ける。すると、そこに立っていたのは一人の獣人だった。
人ではない、短い体毛が生えた長い鼻。
獣ではない人間味のある瞳。
頭のてっぺんには小さな尖った耳が生えており、顔の両脇には人間のような耳が生えていた。ちなみに、どちらが飾りでどちらが機能しているのかというと、どちらも使っているのだそうだ。昔読んだ本に書いてあった。
首はファーを巻いているようにフサフサとした毛がこんもりと生えており、寒い日は羨ましいが今日のように暑い日だと暑苦しく感じる。
手は人間のように細長い指を持っているが鼻と同じく体毛で覆われており、爪は人間のものより太くて硬そうな黒光りするモノだった。
足は、服からはみ出したモモの辺りから下全てが体毛で覆われている。その奥や、靴に隠れたその中身はどうなっているのだろう。妄想が膨らむようだった。
最後に尻尾。獣人にとって自分の種族を決定付けるためのもの。ついていたのは、均等に太く長い、膝程まであるフサフサと柔らかそうなものだった。きっと、俺の知識に間違いなければこの獣人は犬人だ。
「あ、あの、お昼時にすみません。少しお話を聞いていただけないでしょうか?」
「いいですけど、長くなります? 長くなりそうだったら中でお茶を飲みながらでも話しませんか?」
「え? い、いいんですか?」
お茶でも飲みながら、そういうとハスキーな中性的な声音を持つ彼女か彼か分からない犬人は目をキラキラと輝かせた。
どうぞ、と手の平で奥に見えるテーブルを指すと、尻尾がパタパタと揺れ動いている。そんなにいいお茶も御茶請けも用意出来ないのだが……。
とはいえ、麻布一枚被っているような状態だ。見た目的にほんの少しの食べ物でも嬉しいということだろうか。世知辛い世の中である。
「ちょっと待っててください。今淹れますんで」
「は、はひ!」
ギッコ、ギッコ、とまるで造りの悪い操り人形のようにテーブルに座す姿を見て思わず笑いが零れてしまいそうになる。
沸かしていたお湯を使って濃い目のお茶を作り、それを大量の氷を投入したグラスに注ぐ。そういえば犬人は高い鼻を持っているが、普通のグラスで大丈夫だっただろうか。確認もせずに用意してしまった。グラスと一緒に干した果実を出すと嬉しそうに受け取ってくれたので大丈夫なんだろうけど。
どうやって飲むのだろうか。そう思って不躾ながらジッと視線を送る。すると、案の定というべきか目を背けられてしまった。
「あ、あの、そんなに見つめられると……」
「で、ですね。お話って何ですか?」
「え、ええ? こ、このまま続けるんですか? 料理の続きをして頂いても構いませんよ?」
「いや、話を聞くのに料理なんてしないですよ」
キョロキョロと辺りを見渡すこと数十秒。
ようやく決心がついたのか、犬人は一度深呼吸をしてから視線を下に這わせながら口を開いた。
「私を買ってくれませんか?」
「性別は?」
「お、女、です……」
首からぶら下がったタグ。それは奴隷の証であり、外したところで魔法の力で所有者、つまりはもともとそのタグを付けていた奴隷の首に戻ってくる。そんな代物だった。
奴隷商に身を売った挙句買い取り手が付かなかった奴隷の一部は街を徘徊して主人を求めると聞いたことがある。まあ、そのまま買い取り手が付かなかったら孤島に送られて重労働を強いられるという話だし、主を求めて徘徊するのもうなずける。
そこには同情する。
「じゃ、それ食べ終わったら帰ってね」
「うぇぇえええ!?」
だが、それはそれ、これはこれである。
今日の筋トレ日記
腕立て伏せ30回
腹筋30回
背筋30回