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提案

「街から出ていくってどういう、、。」

 

 彼女の言葉に、僕は戸惑いながらも尋ねた。

 

 「言葉通りだよ。引っ越すんだ~。私の姉がね、今アメリカにいるんだけど、新しい事業を始めるらしくて、それで私に手伝ってほしいって。明日アメリカから姉が迎えに来てくれるから、それで明日アメリカに行くんだ。」

 「そ、そうなんだ、、。」


 僕はぎこちない相槌の他に、出てくる言葉がなかった。


 僕は彼女に一目惚れをした。でもその彼女は僕のために造られた偽りの彼女だった。自分の気持ちが分からない僕には、彼女を日本に留めることも、彼女と付き合うこともできなかった。


 「まぁ、そういうことなんだ!ごめんね、今日初めて出会ったのにこんなところに連れてきて変な話して。出ていく前にどうしても君に伝えたかったんだ。一目惚れのことも、本当の私のことも、、。けど結局、そんなことしても意味なかったんだよね。偽りの友達はいらないっていいながら、私は本当の自分を偽って君に近づいてた。こんなの全部自己満足だって分かってる。分かってるけど、伝えたかったんだ。あと、さっきはありがとう、ホームで助けてくれて。凄く嬉しかったよ!下まで送ってくよ。時間取らせて、、ほんと、ごめん。」


 彼女の謝るその言葉に、偽りの影は見えなかった。


 僕は、彼女に言わなければならないと思った。こんなにも正直に、真っ直ぐ僕を見つめて語る彼女に。


 僕も、一目惚れをしたんだから。


 「僕は、今日初めて君を知った。電車で君を見た時、胸が高鳴るのを感じた。これが一目惚れかと、そう思った。今は、本当の君を知って、正直困惑してる。アメリカに行くっていうのも、なんて声をかければいいのか、、。僕が女の子と喋った記憶なんて数年前で止まってるし、ほんと、、なんていうか、、ごめん、、。でも!今君の話を聞いて、君のことを知りたいと思った。何かしてあげたいと思った。て、何言ってるだろう、、分かんないけど。」


 自分の気持ちを人に伝えるのがこんなにも難しいなんて。今まで僕は自分に合わないものから逃げてきた。女子とのコミュニケーションもそうだった。


 けど彼女には、それでも伝えなければいけないと思った。


 「ありがとう、、、。」


 僕を真っ直ぐ見つめる彼女の目から大粒の涙が溢れ落ちた。


 「え、ちょ、なんで、?どうしたの、、あー、こうゆう時どうすればいいんだ!」

 「ごめん、大丈夫。ちょっと嬉しくて、、」


 彼女は溢れ落ちる大粒の涙を手で拭った。


 「よし!」


 僕は彼女にある提案をすることにした。


 「今日ここに泊めてよ」


 「えっ、、!」


 彼女の表情を確認すると何を言われたか理解していないようであった。それはそうだ、いくら一目惚れしたからといって、まともに会話していない男とその日に泊まるだなんて誰が見ても異常だ。


 「私、まだ処女だよ?」


 おいーー待て待て待て!ワンナイト狙ってると思われてるじゃないか!提案がいきなりすぎたんだ!


 ていうか、処女なんだ、、。


 「ち、違う!今の提案は別に君とやりたいからとかそういうわけではなくて、確かに提案がいきなりすぎたかもしれないけど、、ほら!僕たちまぁ、一目惚れをし合った仲なんだからさ、嫌い合ってるわけではないし、それに、たとえ君が明日アメリカに行くとしても、僕は君のことを知りたいと思った。君に何かできないかと思って、今日君のそばにいることも僕に出来ることの一つだとも思った。もちろん、こんなこと君が嫌だと思えば、僕はすぐに帰るよ。」


 彼女はこの僕のどうしようもない提案を聞いた後、黙って一人ベランダに出た。僕も彼女に続いて、風に靡くレースカーテンを避けてベランダに出る。彼女はベランダの欄干に腕をおいて真っ直ぐ月を見ていた。


 僕の提案に怒ってしまったのだろうか。しかし、そんなことは直ぐに杞憂だと分かった。彼女がクスクスと笑い始めたからだ。


 「君が私のそばにいることが私のために出来ることって、君、その言葉だけ聞いてたらちょっとイタイね」


 僕は顔を真っ赤にした。確かにさっきの僕の発言は、彼女が僕のことを好いてくれていること前提なんだから、それはそれは、イタイ発言だ。彼女は僕に一目惚れしたと言ってくれたけど、それでも自信過剰だったかもしれない。


 「じゃあ夕飯は何にしよっか!あいにくだけど明日出るから作るのは無理ね。外に食べに行く?それか出前でもする?」


 「あ、ああ、じゃあ外に、、っていいの?」


 彼女は室内に入って言った。


 「今日だけそばにいてくれるんでしょ?ってそんなに見ないで!もう、君からした提案でしょ。驚いた顔しないでよ」


 彼女のその恥ずかしそうな顔に、僕は感じた。


 あぁ、僕は本当に彼女に惚れたんだ。


 彼女が今どんな服を着ていようと、文庫本を開いていた彼女がたとえ偽りの彼女であろうと、僕はもうそんなことどうでもよくなった。


 彼女は明日アメリカに行ってしまう。僕には到底どうすることもできない。とても悲しいことだが仕方がない。でも、好きな人と過ごすこの夜を、僕は一生大切にしようと思った。


 斯くして、僕は彼女と最初で最後の夜を過ごすこととなった。

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