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恋心

 駅を出てからも彼女はずっと無言のままだった。

 僕も変に話しかけて彼女の機嫌を損ねるのは嫌だったから黙って彼女の後ろを付いていった。

 

 しばらくして、周囲の人間が僕に対して寄せる視線が不審者を見る目であることに気が付いた。

 

 そりゃそうだ!周りの人から見れば僕は無言で女の子の後を付いていくストーカーにしか見えないだろう!女の子もずっと照れて下を向くように歩いているから困っているように見えるだろう。勘弁してくれよ、僕はさっき彼女の一言に撃沈したチャラ男よりも下衆な存在で見られているのかよ。


 周囲の視線が痛く刺さる中、無言で前を歩く彼女の足がようやく止まった。着いたのはあるマンションの前だった。


 彼女が暗証番号を打ち込むとエントランスへつながる自動ドアがスッと開く。

 そこからエレベーターに乗り、彼女が「6」のボタンを押した。

 

 「さっきのこと、、私のことどんな女だよって軽蔑した?」

 「えっ、、。」


 不意に彼女が僕の目を見つめ、口を開いた。僕はどんな言葉を放つのがベストだろうと今までぼーっとしていた脳を急速にフル回転させて正解を探した。

 しかし、ここで何年もまともに女の子と話していない過去が僕を苦しめる。


 こんな時なんて言えばベストなんだ、、、。

 

 正解が分からず、更にはこの密閉された空間内に広がる彼女の甘い香りで僕の思考は停止していた。


 チンッ

 エレベーターが6階で停止した時、彼女はまた黙って前を向いた。僕は自分の過去を本気で恨んだ。


 615号室の鍵を開け、彼女は室内に入る。


 「恥ずかしいけど、入って」

 マンションに着いた時点で分かってはいたが、ここは彼女の自宅だ。女の子の部屋だ。

 一目惚れをした子の部屋だ、、。

 しかしイメージしていた女の子の部屋とは違い、家具や電化製品、部屋をかわいく彩るカーペットなどは全てなく、隅には段ボールが4つほど、丁寧にガムテープで蓋を閉じられ置かれていた。


 「どうして僕を部屋に?会ったばかりなのに」

 「会ったばかり、か、、。私はずっと見てたんだよ?君のこと。ていうか、同じ大学だし、軽くなら話したこともあるし」


 彼女の返答に僕は更に困惑した。

 一目惚れをしたんだ、僕が彼女とすでに出会っていたなら忘れるはずがない。

 

 「やっぱり覚えてないんだね、この服装にして正解だったけど、ちょっと傷ついちゃうな。待ってて」

 

 彼女はそう言って奥の部屋に入っていった。

 彼女が言葉を発する度に僕は混乱していく。

 彼女には本当に今日初めて出会った。それは間違いない。

 

 何が起こっているのか、頭の整理もつかない時、彼女が入っていった部屋の扉が開いた。


 僕の口は大きく開き、驚きの表情が誰から見ても分かっただろう。しかし、声は出なかった。

 なぜなら、白いワンピースを着て、おしとやかで、僕が一目惚れした彼女が入ったはずの部屋から出てきたのは、背中に龍の刺繍があるスカジャン、ダボっとしたジーパン、そして金色の頭髪をしたいかにもヤンキーといった女だったからだ。


 「驚かせて、ごめん。」


 服装に似合わない口調で女が言う。

 僕は何がどうなっているのか分からず、ただじっと女からの答え合わせを待った。


 「この姿でも、覚えてない?」

 「うん、ごめん、分からない」

 「もう、君の中で私はどれだけ影の薄い女の子なんだよっ」


 女の口調、態度、そして何より柔らかく鼻をかすめるこの甘い匂いで、僕が一目惚れをした女の子とこの女が同一人物であることが分かった。


 彼女が照れくさそうに話始める。


 「さっき、軽く話したことあるって言ったでしょ?もう半年くらい前かな?私こんな格好の女だし、大学でも結構浮いてたの。友達はいないし、私から喋りかけても怖がられて逃げられちゃうし。」

 「その服を変えれば良かったんじゃ、、」

 「それじゃダメなの!偽りの自分に出来た友達なんて、本当の友達とは言えないもん、、。私はこうゆう服が昔から好きだったし金髪にも憧れてたし、そんな私を好きになってくれる友達が欲しかったの。でもね、ある日、朝から空がとっても綺麗な日で、写真撮ってたら講義に遅刻しそうになったの。急いで大学に行かなきゃと思って走っていたら私、道で転んで怪我したの。擦り傷だったけど、血が出てきて、でも講義に間に合わないからそのまま大学に行って。教室に着いた時、皆私の怪我を見て陰で言ってたわ。喧嘩してきたんだとか、怖いとか。私、結構精神的にきて、でも、その時に、私の前に君が現れた、、。」


 彼女の語るエピソードで、僕は彼女のことを思い出していた。


 そうだ、あの時、、

 

 「君はこれどうぞって、青色のハンカチ渡してくれて。私を怖がってはいたけれど、私はその君の優しさに自分の胸がドキドキしているのが分かった。多分一目惚れだったと思う。」


 彼女は照れながら続けた。


 「それからはずっと、ずっと君を目で追いかけてた。友達と話す君、講義を真剣に受ける君、電車でおばあちゃんに席を譲る君、、。見れば見るほど私は君に夢中になっていった。どうすれば振り向いてくれるんだろうと思って君の友達に君のことを聞いたんだ。タイプとかね。そしたらまるで私とは正反対、おしとやかで文庫本を読んでるような子が好きっていうんだから、私はそんな子にはなれないなと思った。でも諦めきれなくて、それで君に振り返ってもらえるようまず口調を変えて、それから普段着ないような服を着て、ウィッグまで被って、君の前に現れたの。」


 彼女は僕の目を真剣に見つめて、これまでのことを全て話してくれた。


 僕は自分の気持ちが分からなくなった。一目惚れした子が実は僕のことを好きでいてくれた。でも、僕が一目惚れしたのは彼女であって本当の彼女でない。これからどうすればいいのか。


 僕は分からなかった。


 「あ、ちょっと待って、そんな悩むような顔しないで。あなたを私の部屋に連れてきたのは付き合いたいからとかそんな理由じゃないの。どうせさっきの駅のホームのことで君には軽蔑されたと思ってるし。」

 「軽蔑だなんてそんな、、」

 「いいの、私、明日引っ越してこの街を出ていくから。」


 彼女が口にした言葉に、僕はまた混乱した。


 ベランダから差し込んでいた夕陽は気付けば月明りに変わっていた。

 

 

 

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