【序曲】エレキギターは最凶の魔剣②
ニーズは気が付いたら森の中にいた。
意識はハッキリしているがこの森に至るまでの記憶が定かではない。確かさっきまで物流のバイトをして、仕事終わりに…そうだ!不用品のギターをもらったんだ!
右手を見る。ギターは確かにこの手の中にあった。まるで刃物のように尖った、ヘヴィメタルバンドのギタリストが好むような悪魔的なデザインをしていた。倉庫で見つけた時、このギターはよく分からない古い文字で書かれたステッカーが大量にベタベタと貼ってある斬新なギターケースに入れられていた。ニーズはあまり細かい事は気にしない性格の為、そのステッカーが心霊的な物を抑える御札である事を知らなかった。よくキャリーケースに意味の分からないステッカーをオシャレだと勘違いしてベタベタと貼っている奴がいる。前の持ち主がそういう趣味の奴だったんだなとニーズは納得していた。
そう。そして、ギターを手にして職場を後にしたら受付のヤマハが慌てた様子で追いかけてきた。ヤマハはニーズを呼び止めるのに必死で気付いていなかったが、ヤマハに呼ばれ振り返るとヤマハの背後を暴走トラックが迫っていた。ニーズは咄嗟にヤマハを庇い、トラックに轢かれたのだ。
「なんてこった…俺はあの時…」
ニーズは驚嘆した。
「あの時、トラックにぶつかった衝撃でこんな森の奥にまで飛ばされてしまったのか!?」
ニーズは馬鹿だった。いや、作詞作曲をするので詩的な完成や文章力はあるしギターのコードや音階を記憶し、理解する学力はあるのだ。欠如しているのは一般常識。幼少の頃よりギタリストに憧れ、ヘヴィメタルに心酔するニーズのぶっ飛んでいたのだ。
「確かにそうでもなきゃ、あの状況からこんな森の中にいる説明がつかんな!丈夫な身体に産んでくれた親に感謝だ!」
自身の置かれた状況に納得したニーズだが、恐らくヤマハは心配しているだろう。早く森を抜けて無事を伝えたいところだが、もう日が暮れようとしていた。夜の森を歩くのは危険だ。幸いなことにそれくらいの常識と言うかサバイバル知識は持ち合わせていた。ならば夜が明けるまでギターでも弾いていよう。騒音を出していれば獣除けにもなるだろう。
「てめぇのサウンド、聴かせてもらうぜ。」
そう言ってニーズはギターを弾き出した。『アルペジオ』ギタープレイの有名なリフだ。多くの楽曲がこの美しいアルペジオの調べから始まる。繊細な音色が16小節を終えると激しいギターリフへと変貌を遂げた。夜の森の静寂をニーズが一瞬で掻き消した。
普通、エレキギターはアンプと呼ばれるスピーカーを繋いで音を増幅させ、エフェクターと呼ばれる機材で音を変化させる。しかしニーズのギターは不思議とニーズの意思に呼応するかの如く音を変化させていった。
本来ならば有り得ない現象だが、ニーズは細かい事は気にしない主義だ。むしろ自分の思いのままにサウンドが変化していくこのギターにかつてない高揚を感じている。
惜しむべきは他の楽器隊と合わせられない事だ。こんなにもフレーズが溢れて来ているってのに。ホラ、今にもボーカルのシャウトが聞こえてくるようで…
「やめろぉぉぉぉぉーーーーーっ!」
ふと振り返るとニーズの横に二人の男女が立っていた。一人は金髪を一つ結びにした女騎士、背中にはスラッとしたモデル体型に不釣り合いな大剣を背負っていた。もう一人の男は、ゴシック調のローブを纏った好青年と言った感じだ。
「お前…こんな森の中でなにやってんだ!」
先程のシャウトは女騎士が放ったようだ。
「見ての通り、ギターを弾いていた。」
ギタープレイでご機嫌だったところを中断されてニーズはすっかり興醒めしていた。女騎士にヌッと掴んだギターを見せる。
「ギター?この弦楽器の事か?」
「なんだ?ギターも知らんのか?ならば教えてやろう、この素晴らしいサウンドの…」
「待て待て待て待て!また弾こうとするな!私が言いたいのはこんな森の中でなに騒音撒き散らしてんだって事だ!」
「何を言ってる?このギターの素晴らしいサウンドが理解出来ないのか…それより町中で騒音撒き散らしてた方がご近所迷惑だろが。」
「つまり君はご近所迷惑にならないよう、この森の中でそのギターとやらの練習をしてたってのか?」
「いいや、自慢じゃないが気が付いたらこの森にこのギターと一緒にいた。日が落ちて歩くのも危険だから夜が明けるまでこのギターを試し弾きするつもりだった。」