【序曲】エレキギターは最凶の魔剣
とあるライブハウス。
インディーズのヘヴィメタルバンド、「ニーズヘッグ」がライブをしていた。
「ニーズヘッグ」はギター担当でバンドマスターでもある相葉 新図の愛称、ニーズから取られたバンド名である。
ニーズが作る曲は攻撃的でその狂暴性を表すかの如くライブパフォーマンスも回を重ねる毎に勢いを増し、インディーズシーンの中でも話題となりつつあった。
「彼等は確実に次世代のメタルシーンを牽引するバンドだ。特にギターのニーズは黄金時代を築き上げたレジェンド達のようなカリスマ性を秘めている」とロック系の音楽誌に評される程だ。
ライブが終盤を迎える。ニーズは曲のフィニッシュでギターを叩きつけ破壊する。その迫力に圧倒され思わず息を呑み、静寂するライブハウス。しかし数秒遅れてから拍手と歓声がステージを去る彼等の背中から響いた。
ライブが終わり、楽屋。
「いやぁ、今日も良いライブだったな!」
「VIPエリアに高そうなスーツ着たオッサンいただろ!聞いた話だとメジャーレーベルのスカウトらしいぞ!」
「俺達も長いことインディーズで燻ってたが、ようやく報われる日が近づいてきたな!」
各々がライブに手応えを感じ、メジャーデビューへの道が近くまで迫ってきていることに興奮冷めやらない様子だ。
「それはそうとニーズ。お前、またギターぶっ壊したが…アテはあんのか?」
「あぁ、ちょうど、今現場の仕事を入れたとこだぜ!」
引っ越し、配送会社の荷物の仕分け。
売れないバンドマンや芸人達の定番のアルバイトだ。ニーズもまた、この日雇いのバイトを駆使して楽器などの機材費やスタジオでの練習代、ライブのノルマ等を捻出していた。
1ヶ月後の給料日など待っていたら餓死するのみなのだ。
「ニーズはライブもプライベートもパワーが有り余ってるから良いと思うが…俺達もそろそろメジャーに行けるかどうかの大事な時期だ。あんまり無茶すんなよ!特にギタリストは指が命なんだからな!」
「まぁ、その大事な時期にギタリストがギター持ってないのも問題だけどな!」
他のメンバーの笑い声を背にしてニーズは楽屋を後にする。
翌日、仕事を終えて引っ越し業者の事務所に足を運ぶニーズ。
「ニーズさん!お疲れ様です♪今日の現場、人手が足りて無かったので助かりました!いつもありがとうございます。」
この日雇いの引っ越し業者に不釣り合いの可愛らしい受付嬢は社長の娘、木保土 山葉だ。学生時代はピアノを習っていたらしく、バンドマンで最近話題になりつつあるニーズに少なからず共感するところがあるようだ。
「ヤマハちゃんもお疲れさん!いや、俺も緊急で入用があったんでね。助かったよ。」
「入用…もしかしてデートとか?彼女さんへのプレゼントとか?」
「違う違う。またライブでギターやっちまってな。新しいのを調達しなきゃならんのさ。」
「そうなんだ…良かった…」
ヤマハはホッと胸を撫で下ろした。どうやら共感ではなく想うところがあったようだ。実際のところ日雇いの引っ越しに登録してるのは筋肉自慢の男臭い奴や定職に付けず日雇いのバイトで凌ぐ中年フリーター等が多い。学生や若いフリーターもいない事は無いが肉体的重労働に音を上げ、長続きしないものだ。そんな中、歳が近く見た目も整ったニーズが頻繁に顔を出していれば気にもなるだろう。
「良くないぜ!次のライブも近いのにギターが無いんだよ!」
幸か不幸か、ニーズが鈍感だったのでヤマハが何故ホッと胸を撫で下ろしたのかは追求されなかった。
「そうですね!良くないですね!あぁ、ギターと言えばウチの会社、不用品の回収とかもやってるんですけど先日、引取った物の中にエレキギターがあったらしいんですよ!ちゃんと弾けるかどうかは分からないんですけど、もし良かったらニーズさんが引き取られますか?」
「いや、気持ちは嬉しいけど…そういう事して大丈夫なのか?」
「物によってはリサイクルショップとかにリユースしたりしますけど、従業員特権ってことで!お父さ…社長には私から話しておくのでご心配なく。」
「背に腹は代えられないか…ありがとう!恩に着るぜ!」
「いえいえ!その…ライブ頑張ってくださいね!」
その代わり今度デートして欲しいと言いそうになったが、ヤマハは言葉を飲み込んだ。流石に職権乱用が過ぎると自制した。今日のところは彼の役に立てた。それだけで良かったのだ。それよりも父親である社長にギター引取の事後承諾をしなければニーズが怒られてしまう。ヤマハは足早に社長室へ向かった。
「お父さん?この前、話してたギターの事なんだけど…」
「あぁ、あの呪いのギターか?」
「呪いのギター!?」
「なんでも元々は有名なミュージシャンが所有してたギターらしいんだが、そのミュージシャンごと謎の失踪を遂げたんだと。ところがある日、あのギターだけが発見されてオークションとかにかけられたんだが…所有者は次々と不慮の事故に見舞われてるらしい。それで付いた呼び名が呪いのギターって訳だ。今度、じいちゃんの知り合いの住職にお祓いしてもらうから、絶対に触るんじゃねぇぞ?」
「そ、そんな…私、なんてことを…」
顔がみるみる青ざめ、震えだすヤマハ。
「ニーズさん!!!!!」
事務所を飛び出し、ニーズを追いかけるヤマハ。
一方、事務所を既に後にし、大通りに出たニーズの向かいからは制限速度を無視した暴走トラックが近付いていた。
〜続く〜