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≪1-12≫ 獣

 セトゥレウ王国北部、クグセ山を含む(つまり、かつてはマルトガルズに繋がる山越えの街道があった)地域を所領とするのがフォスター公爵家だ。

 セトゥレウ自体が小さな国なので、その中での大領主と言ってもたかが知れてはいるが、だとしてもこの国の中で何かが起こるとき、フォスター公爵家を無視することはまかりならない。14年前の醜聞沙汰で痛手を負ったが、諸侯の中では財力も兵力も頭一つ抜けており、それを背負った政治的影響力は健在だった。それだけに公爵家には敵も多く、ラザロ王は国内の調和を保つために腐心している。


 その公爵の居城、絢爛なる食堂にて。


「お忙しい中お招きいただき、このように手厚い歓迎をしていただきまして、全く感謝の念に堪えません」

「いやいやこちらこそ。

 有形無形のご支援、誠にありがたいものでした。

 セトゥレウ王国は一体であるとの想い、新たなものと致しました。どうか領内の皆様にも私の感謝の言葉をお伝えください」


 夏の太陽が未だ落ちぬ頃合い。二人の男が食前酒の銀杯を打ち鳴らしていた。


 方や、アルドリッジ侯爵ことスコット。

 四十代半ばほどの人間の男だ。諸侯の一人である以上、彼もまた武人であるわけだが、若作りのスコットは剛毅・無骨と言うより爽やかな印象の方が強い。


 彼を迎えるのはもちろん、この城の主であるフォスター公爵、ローランド。

 齢七十を超え、痩せて衰え、そろそろ息子に家督を譲って隠居する時分ではないかと囁かれてもいるが、眼光鋭く、歩みも矍鑠かくしゃくとして、頭脳は未だ明晰だった。


 先日のクグセ山北の戦いで、クグトフルムの街は被害を受けた。これに対して、国中から支援の申し出が相次いだ。

 セトゥレウはしばし人族間の戦争から遠ざかっていたのだが、そんな中で降って湧いた大事件は、理不尽への怒りと戦勝の昂揚を国中にもたらした。

 人は社会的な生物であり、団結して何かと戦う一体感に快を覚える。その時、正義と勝利は最高のスパイスとなるのだ。


 『クグトフルムを助けよう!』という声は民衆の間から自然発生したが、諸侯ももちろん黙っていられない。この時ばかりは日頃の対立構造すら脇に置いて、国中の者らが支援を申し出た。

 そしてローランドは状況が少し落ち着いてくると、支援してくれた諸侯を城に招き、礼としてもてなした。ある意味では儀礼的な手続きとして。


 今宵の客であるスコットと会食し、内外の情勢について互いの腹を探りながら意見を交換し、宴もたけなわ。

 水が良いセトゥレウでは各地の職人が競って美酒を拵えている。そのためかデザートの後にも茶より酒を飲むのが一般的だ。スコットは地元産の酒を二杯ほど飲んで、それから辞去の礼をした。


「良い頃合いですし、そろそろお暇致しましょう」

「そうですか、でしたら名残惜しいですが、これにて。

 ……ああ、そうそう。最後に一つ」


 席を立ったスコットに、ローランドは全く何でもないような顔で、全く何でもないような調子で、声を掛けた。


「クグセ山の小さなドラゴンより、貴方への言伝です。

 『公爵家と喧嘩がしたいなら勝手にやってればいい。だが無辜の者を巻き込むならドラゴンの怒りを買うだろう』と。

 そう言えば……何かあれば城を焼くとも言っておったようですな」


 ローランドの言葉に、時間が凍り付いた。


 もてなし、もてなされ、和やかに話もしていたが、ローランドとスコットは政治的には対立している。フォスター公爵家には敵が多く、スコットもその一人だ。


 スコットはぎこちなく姿勢を正す。


「……何故、それを私に?」

「さて、私は貴方に宛てたものと思い、言葉を引き受けただけでしてな。

 何ぞ気に掛かるのでしたら彼女に直接問うてみるべきでしょう」


 ローランドが何を言っているかは明白だ。

 クグトフルムの街で起こった、“黄金の兜”への攻撃……実行犯当人さえ知らなかったはずの黒幕を、己は知っているのだと。


 ローランドが先日の事件の黒幕を突き止めるまでには、いくらかの紆余曲折と多少の流血があったのだが、それは善良な人々の与り知らぬ、闇の中の出来事である。

 もちろん、そうやって手に入れた情報など真っ当な証拠ではなく、公の場で他人を糾弾する材料としては使えないのだが……それはそれだ。


「どうやら……何か行き違い、勘違いが発生しているようだ。

 重大な、穏当に、そう、冷静であるべきでしょうな。

 ど、ドラゴンの怒りを買うなど、ははは」


 スコットは誤魔化すように、何も誤魔化せていない笑いを浮かべた。

 人は追い詰められたとき、笑うしかないのだとも言うが、事実かも知れない。


「では帰り道もお気を付けて。

 まあ転移陣を用いるのであれば、滅多なことは起こらぬでしょうが」

「ええ、はい、ではこれで」


 食後酒の酔いも醒めた様子で、スコットはすねでも怪我したような足取りで、ひょこひょこと帰っていった。


「あそこで開き直るならまだ見所があるのだがな、小心者め」


 スコットが居なくなるとローランドは傲然と鼻を鳴らす。

 そして酒のつまみの肉片にフォークを突き刺すと、荒々しく噛みちぎった。

第三部エピソード1はここまでです。読了感謝!

引き続き第三部エピソード2をお楽しみください。

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― 新着の感想 ―
[一言] 内心ビクビクしてるんだろうねぇ
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