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≪1-8≫ 不審者情報

「ルシェラー!」

「えっ?」


 衛兵隊の詰め所から『岩トカゲ館』へ帰る道中、ルシェラを呼び止める者があった。

 思いも寄らぬ高さから。


 ふと見上げれば、道脇にある旅館の屋上から、箱状の物体をこちらに向けているモニカの姿があった。


 ルシェラは軽く跳躍し、宿の二階の窓の庇に足を掛けると、そこからさらに跳んで三階建ての宿の屋上に着地する。


「あら、登ってこなくても今からそっちへ行こうと思ったのに」

「待って、今のって……色籠クロムシューター?」

「そうよ。ホラ見て、あなたの顔」


 モニカは箱形の物体の覗き窓をルシェラの方に向けた。

 小さな箱の中を小さな窓から覗くと、不思議なことに、宿の屋上を見上げるティムとルシェラの姿が見える。

 この色籠クロムシューターは、写し取った景色を『再生』する機能も付いているようだ。以前ルシェラがギルドから借りて仕事で使ったものは、『覗き箱』と呼ばれる外付けの再生機が必要だったのだが、おそらくモニカが手にしているのは色籠クロムシューターの中でもちょっと上等なものだ。


「この宿の主人、趣味で色籠クロムシューターを持ってるの。

 使い方を教えてもらったわ」

「へええ」

「全く、『忙しいから人に預けてオモチャを与えます』なーんて、子ども扱いもいいところだわ」

「あはは……」


 どういう成り行きかと思ったが、どうやらビオラは宿の掃除と警備の準備が済むまでの間、モニカをこの宿に預けていたらしい。実際、体調を崩しそうなくらい臭かったので『岩トカゲ館』の中でモニカを待たせるのも酷だろう。


 使いたがっていた色籠クロムシューターで遊ばせてもらえるなら、良い気分転換にもなる。ウェインか、彼のばあちゃんが、そのつもりで色籠クロムシューターを持っている者に頼み込んだのだと思われる。

 『子ども扱い』と言いつつ、モニカはしっかり楽しんでいる様子だった。


()()の犯人は分かったの?」

「まだです」

「そう。じゃあ頑張って。私は遊んでるから。

 ……私が撮った写真、後で見せてあげるから感想聞かせてね」

「はい、楽しみにしてます」


 モニカは屋上から周囲の景色を撮り始め、ルシェラはそこから飛び降りた。

 地上で待っていたティムは、苦笑でルシェラを出迎える。


「身が軽い奴め。

 ……モニカはこっちに避難してたのか。晩までには向こうで寝られるようにしねえとな」

「ですね……まあ洗浄は済んでるので、後はわたしがビオラさんと二人で魔法で消臭して回ればなんとか……なるかなあ」


 何か、手近なところで手に入りそうな良いマジックアイテムは無かっただろうかとルシェラは自分の頭を探る。何事も『人の手で虱潰しに処理する』というのは、可能なら改善すべき状況だろうとルシェラは心得ていた。

 とは言え、今はまず今夜寝られるようにすることが優先だから、非効率的でも魔法を掛けて回るべきかも知れないが……


「あれ、ルシェラちゃん?」


 名を呼ばれて、ルシェラは顔を上げる。

 すると丁度、白髪交じりの頭をした白衣の男が、大きな革の鞄を提げて歩いてくるところだった。

 かつてジゼルの主治医だったチャールズ・ライナー医師だ。


「ライナー医師!

 その鞄は……お仕事再開ですか?」

「ああ、まあ、避難所への往診をね。

 長逗留して療養してるような人は、環境が変わるだけで体調を崩したりするからさ……

 知人に頼まれて、お手伝いをね」


 言い訳でもするみたいに、照れたように、ライナーは笑った。


 クグトフルムは湯治の街。身体の弱い者が静養する地だ。

 ただでさえ医者の需要は多いが、災害などで混乱が起これば尚更だった。

 医療設備が浸水被害を受けた医院もあるだろうし、体調を崩していく療養者にも対応しなければならない。医者は何人居ても足りない状況だ。


 それでチャールズは避難所を回っているわけだが、そう聞いてルシェラは、策を一つ思い立つ。


「あの。折り入ってお願いがあるんですが……」

「君の頼みならなんだって聞くさ!

 それで、どうかしたのかい?」


 * * *


 『岩トカゲ館』の建物外周には監視用の水晶玉が設置され、建物内の清掃と消臭が済み、長い夏の一日も終わろうとする頃合い。

 丁度、往診を終えたチャールズが“黄金の兜”を訪ねてきた。


「僕自身が見て回った分に加えて、往診している皆から聞ける範囲で噂を集めた。

 ……まあ、こんな時期だ。誰もが余所者に敏感になって、滅茶苦茶な事を言う人も居るけれど、それを抜きにしても怪しい奴は居るみたいだね」


 律儀にもカルテのようにメモにまとめて、チャールズが渡してくれたのは……街に宿泊している余所者たちの噂話だ。


 そもそもマルトガルズと一戦交えた直後なので、クグトフルムの街の警戒度は高い。

 入市審査は普段より厳しく、滞在者の宿泊先の指定・管理も普段より入念に行われている。

 それでも人を受け容れているのは、復興作業を行う人足や、足りないものを売る商人がどうしても必要だからだ。

 此度の事件の犯人は、おそらくそれに紛れて入市している。


 何しろ浸水被害を受けた宿も多いので、宿泊先も限られているわけで……

 一人こっそりとモグリの宿に泊まるというのも難しかろう。

 となればどこかに、不審な者を見ている目があるはずなのだ。

 その噂集めを、ルシェラはチャールズに依頼した。


「一番怪しいと思ったのは、他所から仕事をしに来てその日のうちに体調を崩し、休んでるって人だ。

 仕事の親方が医者を呼ぶと言ったそうだが、医者嫌いだとかで断ったんだと」

「ものすげえ怪しいじゃねーか」

「仕事を休んでるなら昼間にこっそり動いたりできますよね」


 一朝一夕に結果が出るとはルシェラも思っていなかったが、メモの中には既に有力な情報があった。

 皆、乾いた笑いだけが浮かんでいた。


「どうもハッキリしなくて済まない……僕に分かったのはこれくらいだ」

「いや、助かった。この情報は衛兵隊にも回させてもらう」

「明日以降、また話を聞いてみるよ。何か分かったらまた連絡する」

「ああ。そしたら俺らは……待つだけだな」


 有力な情報が見つかったとは言え、これが犯人と決まったわけではなく、あくまで冒険者である“黄金の兜”には勝手に犯罪捜査をする権限も無い。

 できるのは捜査機関への情報提供をして、後は、警戒するくらいだった。


「早めに犯人が見つかってくれたら助かるが、衛兵隊も忙しいだろうからこれ以上は無理を言えんしな」

「まあ、のんびりしようぜ。魔物を待ち伏せてるときよりゃ、大分マシだ」

「とにかく準備は済んだので私はモニカを迎えに行ってきますね」

「あ、だったら私も」


 迎えに行くと言いつつ、ビオラは玄関ではなく宿の奥へと向かって行く。

 どういう事かとルシェラが首をかしげていると、気付いたらしいビオラが振り返った。


「……迎えに行くんですよね?」

「向こうの宿とこっちに転移陣を敷いて直通で送り届けたんです。モニカは街を歩かない方が良いと思ったので」

「なるほど」


 転移の魔法は全体的に高等だ。

 だが、入り口と出口にあらかじめ転移陣を敷いて道を作ることができれば術が安定する。

 加えてビオラほどの実力があれば、他人を連れて転移するのも容易だろう。

 それを使ってモニカを送り届けたようだ。


色籠クロムシューターの使い方を教えてもらってるはずなんですけど……

 ちょっと不安なんですよね。モニカが知らない人と二人きりでちゃんとお話しできるのか」

「衛兵隊の詰め所へ行った帰りに、丁度モニカさんを預けてる宿の前を通りましたけど、屋上から写真を撮ってましたよ」


 何気なくルシェラが言うや、歯車がズレた絡繰り人形みたいにビオラは動きを止める。


「…………え?」


 ビオラの硬い声音を聞いて、ルシェラはようやく思い至った。


 モニカの居場所を周囲に悟られないよう、ビオラは転移陣まで使ったという。そんなビオラの意図をモニカが理解していないとは思えない。

 で、ありながらモニカが姿を見せた理由は……

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[一言] 自ら囮に?
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