≪1-7≫ 迎撃態勢
ティムとルシェラは街を歩く。
何かに急かされるように、心持ち足早に。
「敢えて昼閒に狙ったんだろう。“黄金の兜”がみんなで拠点に居る夜間を避けてな」
「夜闇よりも人混みに紛れる昼の方が忍び込みに有利だって、盗賊の人に聞いたことあります」
パーティーの拠点である『岩トカゲ館』は、比較的静かな通りに面している。
通りすがりのふりをしてうろつき、人目が消えたタイミングで仕事を済ませるというのも可能だろう。
「……自分で言うのもなんだが、この街に、“黄金の兜”に手ぇ出す度胸ある奴は居ねえと思う」
「ですよね。すると犯人は他所から来た人?」
「少なくとも実行犯は……じゃねえかな」
鎧を着ていなくても全身鎧みたいな隆々たるシルエットのティムは、ひたすら顔を渋くする。
ただでさえ、都会では余所者が目立たない。
ましてこのクグトフルムは常より湯治客で賑わい、今は復興作業の作業員だの商人だのが入り込んでいる。
「だが、それなら調べようがあるかも知れん」
二人が向かう先は、街中にあって小さな砦のような建物。
この街の治安維持や平時の魔物対策を担う、衛兵隊の詰め所だった。
* * *
「なるほど、事情は承知しました。
滞在者の記録を洗って、可能な限り追跡しましょう」
事務仕事を中断して二人を出迎えた衛兵隊長は、ティムの話を聞くなり、二つ返事で仕事を引き受けた。
大きな執務机がある隊長室には、街の周辺の地図と街中の詳細地図が掛けられていて、それぞれ無数の書き込みやメモが付け足されている。
机の上には書類がいくつかの山に分けられて積まれていて、部屋の外の廊下には今も書類の持ち込みや報告を待つ隊員・事務員が列を作っていた。
長居をしない方が良さそうな雰囲気だ。
「犯人が外から街に来たとしたら昨日今日の話だと思う。少なくとも洪水被害の後だ。
まあ既に街を出ちまってる可能性もあるが……
調べられるだけでいい。済まんな、忙しい中で」
「いえいえ。これも仕事ですから。
何か分かりましたらすぐに使いをやりましょう。宿の方でいいですか?」
「ああ。今この街で、泊まれるような場所は全部埋まってるからな……
すぐに片付けて今夜もあそこで寝るさ」
「了解しました。では、後ほど」
話が済むなり二人は退出する。
廊下で待っていた衛兵が、ティムとルシェラに確と敬礼をして、それからすぐ入れ違いに隊長室に入って行った。
衛兵隊は本当に大忙しらしい。
だがそんな中で、衛兵隊長はティムとルシェラに会って、最大限の便宜を図ってくれた。
「普通こんなことで、衛兵隊が街の滞在者全員調べたりはしねえ。
だが……俺が言えば動くんだ」
詰め所の廊下を歩きながら、据わりが悪そうな様子で、ティムは呟いた。
全ての犯罪を完璧に捜査し、全ての犯人を捕まえ、以て犯罪の抑止力たるのが衛兵隊の理想だろうが、現実には人手も予算も有限である以上、衛兵隊は仕事に優先順位を付けざるを得ない。
重要な犯罪ほど力を入れて対処することになるわけだが、ではどのような場合に重要なのか。被害の規模だけではなく、誰が、何が狙われたかというのも見逃せない判断基準であった。
街のトップパーティーのリーダーで、しかもビオラを預かっている立場のティムの言葉は、衛兵隊にとっても無視できない。
まして本人が詰め所に足を運び、頼み込んできたなら尚更だった。
「ズルいよな」
「日頃の積み重ねの成果でしょう。
必要だと判断したからそうした……わけですし」
生真面目なティムは後ろめたさを覚えているようだが、この判断はやむを得ない。
ただの悪戯ならともかくとして、これはおそらく、衛兵隊が優先的に対処すべき事案だった。
「これで『攻め』の手は打った。『守り』の方は……」
「あれだけ水晶玉を設置すれば、犯人は警戒して寄りつかなくなると思いますよ。
もしそれでも来るなら、捕まえればいいだけです」
「それな……
お前よくあんなの思いついたな」
「わたしが考えたわけじゃなく、知ってただけですけどね」
水晶玉で遠方の光景を見る魔法が、世の中にはいくつか存在する。
単に魔法の媒体とする場合もあり。術師でなくても利用可能なマジックアイテムとする場合もあり。
“黄金の兜”は、『双子の目』と呼ばれるマジックアイテムを、街にあるだけ買い集めていた。
これは二つセットになった水晶玉で、片方の水晶玉を覗くと、もう片方の水晶玉の周囲の光景が見えるという代物だ。
ルシェラはこれを岩トカゲ館の建物の周囲に仕掛けるよう提案した。
セットの片方を並べた『監視室』から、一目で周囲の様子が全て瞭然となるようにしたのだ。マルトガルズでどこかの貴族が、金庫室の警備にこんな手段を使っていると小耳に挟んだのを思い出し、提案したのだった。
普通はこんな物を大量に使うくらいなら人を雇うものだが、それはそれで金が掛かるし、何より『巻き込む相手を増やすべきではない』というのがルシェラの判断だ。
「ビオラさんとウェインさんなら完璧に仕掛けてくれるでしょう」
「ああ……
都市内任務だと、俺はいつも役立たずだよ。コネぐらいしか使えるもんがねえ」
ティムの言葉は、自嘲ではなかった。
パーティーには役割分担があるのだから、そういうものだとティムは納得していて、その上でやはり他人任せの状態に歯がゆさを覚えているのだろう。
「今はわたしも同じようなもんですよ。
本当なら、こういう時だけはマネージャーも独自の強みを発揮して、冒険に加われるはずだったんですけどね……」
「何か問題が?」
「今のわたしは目立ちすぎるんです。見た目も、立場も」
「なるほど」
ルシェラにも歯がゆさはあった。
ティム、ウェイン、ビオラ……全員がこの街では誰でも知っているレベルの有名人で、彼らにこそ『目立たない裏方の雑用係』は必要だったろうに、ルシェラはそうなれていない。ルシェラ自身が他三人に匹敵する有名人(有名ドラゴン?)になってしまったし、ルシェラを知らない人でも振り返る程の……人混みに紛れても一番星のように目立つ、無敵の美少女になってしまったのだから。
「マネージャーは、パーティーの名前を背負う影であるべきだと言われます。
清潔感があって、誠実で、我を出さず……それ以上の特徴は要らない。少なくともそう振る舞えるべきだと。
理由はいくつかありますが、この場合問題なのは、パーティーが何をしているのか全て世間に筒抜けの丸見えになってしまう事、です。目立たない裏方だからできる仕事があったはずなのに」
「しょうがねえさ。『猫の狩りとドラゴンの狩りは違う』ってこった。
俺たちにしかできないやり方で解決すりゃいい」
「あはは……ドラゴンだけに、ですね」
嘘も冗談も苦手なティムにしては、割と上手い洒落だった。
「今回の事件、ティムさんはどう考えてます?」
「……多分、お前と同じ事を考えてるとは思う」
ルシェラが問うと、ティムは凜々しく太い眉をぐっと寄せて、遠くを睨むような顔をした。
*
「つまり戦略的嫌がらせですね。
先日のクグセ山の戦いは公爵家とカファルさんのお手柄です。ほとんどの国民は無邪気に英雄を褒め称えるでしょう。すると公爵家は政治的に力を増すことになりますからそれを危惧したのでしょうね。
……“黄金の兜”が空中分解すれば事情が変わるとでも思ったんじゃないですか?
現状“黄金の兜”はよりによって『王家』と『公爵家』と『クグセ山のドラゴン』を結ぶ結び目になっています。建前上は一介の冒険者パーティーですが政治的存在感が重くなりすぎたんですよ」
浸水した一階の客室のひとつを、急ピッチで最低限の掃除だけして、ビオラはそこを『監視室』として設営していた。
机の上には大振りの水晶玉が七つほど並び、ミスリル銀を編んだ魔力導線がごちゃごちゃと這い回っている。これは本来、魔石で動かすマジックアイテムだが、ビオラは即席の改造を施して導線直結状態で動くようにしていた。
建物と周辺の見取り図を見ながら、設置場所を検討していたウェインは鋭く舌打ちをする。
「それで俺んち狙ったってのか」
「上っ面の情報だけ見るならウェインさんは現地の協力者でしかないですからね。
覚悟完了してる政争の世界の者でなく外縁の協力者を弱点と見て狙う……よくある話です。
向こうも公爵家への直接攻撃で全面戦争になることは避けたいでしょうから“黄金の兜”の協力者をうんざりさせる方向で考えたんでしょう。となれば第一目標は分かりやすく拠点の提供者です」
「ふざけんな。俺だって絶対に逃げねえし、あの猛烈ババアがこの程度で揺らぐタマかよ。また血圧上がるぞクソッタレ」
まず、そもそも一流冒険者の拠点に嫌がらせをする度胸がある奴は何者か、という観点で犯人像はかなり絞ることができる。
敢えてこんなやり方を選ぶ動機は何かと考えれば、さらに絞り込める。
元正室王妃ロレイナを巡って燃え上がった諸侯の勢力争いは、決してその時に始まったものではないし、今に至っても燻っている。
王太子だったラザロに令嬢を娶らせたフォスター公爵家は、王妃となったロレイナ自ら引き起こしたスキャンダルで自滅した。それで大人しく引っ込んでいたところ、天から黄金が降ってきたかのように幸運な偶然で、他を圧倒する政治的影響力を手に入れようとしている……
当事者にとっては成り行きの産物でしかないが、公爵家は状況を狡猾に利用するだろうし、対立勢力にとっては面白くない。
なれば、その状況を崩すために手を打つ者もあるだろう。
「しかし、それで犯人が未だに街に居座ってるもんかね?」
「居ると思いますよ。こういう攻撃は対象がうんざりするまで何度でもやらないと意味が無いですし。
何度も人を送り込むよりは一度街に侵入した手駒を使い潰すでしょう。
実行犯がバレて捕まってもいいと思ってるんじゃないでしょうか……少なくとも黒幕は」
金で雇われたならず者の仕業だろうと、ビオラは目星を付けていた。
どこの貴族も、隠密だの間諜だの密偵だの影だのと言う、裏の仕事をするための人員を抱えているだろうが、そいつらを動かすような上等な仕事じゃない。
いつでも切れるトカゲの尻尾を動かしただけ。それで充分なのだ。トカゲは何匹でも用意できる。
「あの戦いからまだ四日しか経ってないわけです。
そうなると手の早さを考えても緻密な計画とかは立ててないと思います。
成功しても失敗してもいい。実行犯が捕まっても逃げ延びてもいい。ただ攻撃を続けてプレッシャーを掛けられればいい……そういう考えだと思います」
「ううむ……」
ウェインは口を結んで、威嚇する犬のように唸った。
「モニカは……」
「察しているでしょう。賢い子です」
「そうか」
おそらく『モニカの滞在先』としてこの場所を狙ったわけではないだろう。こちらへ来た翌日というのは、ちょっと動きが早すぎる印象だ。
だが、公爵家との繋がりを絶つべく仕掛けられた攻撃である事は間違い無く、その点でモニカも無関係ではない。
……そんな事件が、よりによって、モニカの前で。
「許せねえよな」
「ええ」
ビオラは眼鏡を掛け直し、水晶の一つを見る。
ひとまず試しに設置してみた監視用水晶の映像……掃除された水の痕が未だ乾かぬ、宿の玄関が映し出されていた。
酷いニオイの残滓は、未だに建物内まで漂っており、魔法か何かで対策をしなければ安眠するのも難しそうだ。
「許せません」







