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≪31≫ 親子三代

『おい、赤の! 話が違うぞ!』


 シュレイに対して、突き出た岩の『観客席』上から不機嫌そうな声が降ってきた。

 ブルードラゴンの化身たちは不服そうだが、それを見上げるシュレイは涼しい顔だ。


『まあ見ていたまえ、青の。

 こやつがドラゴンの名を名乗るに相応しいところを見せたら納得すると言ったな?

 相応の試練を課すという意味では変わっておらんよ』

『ぬ……』


 いやに自信ありげなシュレイに、それ以上何とも言えなかったか、ブルードラゴンたちはまだ腑に落ちない様子ながら引き下がった。


 シュレイは奇妙な構えで溶岩石の大剣を手に取り、ルシェラに向き直る。

 その瞬間ルシェラは全周囲から千本の剣を突きつけられているような緊張感を覚えた。


『……さて、来たまえ。遠慮は要らぬぞ』


 全くの自然体でシュレイは剣を構えている。

 だが、この気迫はどうだ。

 剣術素人であるルシェラに高度な見極めはできないのだが、いつどこから斬りかかられても完璧に対応できるという自信を漂わせているように見えた。


 しかし、気後れしている場合ではない。

 石の大剣を引き抜いて、ルシェラは地を蹴り走り出した。


「はああああああっ!」


 細かい技など使えない。

 ただ、強く、速く、この剣を振ることしかできない。

 シュレイはじっと動かず待っている。

 あと四歩、三歩、二歩……


「うあっ!?」


 熱風、あるいはそれは爆発!

 骨の髄まで染み通りそうな暴力的エネルギーを叩き付けられ、ルシェラは悲鳴と共に跳ね返される。


 ――今、何が? ……あいつは、一歩も動いてないのに!


 身体のあちこちに激痛を覚える。

 ルシェラは真白い柔肌の所々に、表皮が炭化しかけるほどの火傷を負っていた。

 常人であれば今の一瞬で、全身消し炭になって絶命していたことだろう。


『課題を変えるとは言うたが、簡単になるとは言うておらぬぞ』


 シュレイは、カファルやルシェラと同じ、茶色い縦長瞳孔の目でルシェラを見据えていた。

 その視線は、槍で突き刺して地面に縫いとめるかのように、ルシェラを居すくませる。


『儂はただここに立っておるだけだ。

 いっそ背後から斬りかかってみてはどうだ? 剣の技は要らぬぞ?』

「え……?」


 そしてシュレイは獰猛に微笑み、思わせぶりにゆっくりした所作で背中を向けた。

 いかにドラゴンと言えど、今は人の姿をしている以上、背後からの攻撃に剣で対抗するのは身体構造的に容易でないはずだが。


 ――そんな事を言うからには、絶対に対応する自信があるはず。

   誘いに乗るのはなんか嫌だけど、まずそれを見極める!


 ルシェラは再び、突進した。

 人の姿をしながら人には思えない、老爺の背中が近づき、迫り……


 ルシェラは踏みとどまる!


「っ!?」

『ほう、一撃目よりも見えておるな』


 炎を纏うドラゴンが、ルシェラの鼻先を掠めて飛び抜けたかと思った。


 ――炎……!


 シュレイそのものが異常なエネルギーを秘めているため、それに紛れていたが、シュレイの周りに渦巻く力があるとルシェラは感じた。

 それはシュレイの意思に呼応し、炎となってルシェラを打ち払ったのだ。

 その炎は、ただ泰然として存在した先程の溶岩よりも、遥かに鋭く磨がれた『武器』だった。


『卑小な人の形には収まらぬ、我が竜気を解き放ち、纏っている。

 ……破ってみせよ。

 なに、一度の()()()()()()で構わぬのだ。溶岩の中で明日の朝を待つよりは見込みがあると思うがな』


 その言葉は、小粋で挑戦的なジョークというニュアンスだった。


 ――まぐれ当たりなんか絶対に許さない、って顔してる……


 この竜王から幸運な一撃をもぎ取るのは、針の穴みたいに小さな可能性だとルシェラには思われた。

 確かにその望みはゼロじゃないし、本当に追い詰められたときに賭けをする価値はあろう。

 しかし、最初から偶然に頼るのは、合理的な冒険者マネージャーの性分ではない。


 ルシェラが様子を伺っていると、轟と風が唸り、ぞっとするほどの圧力がルシェラの隣を吹き抜けた。

 地面には一直線の焦げ跡が残っていた。


『そら、あまり大人しくしているなら儂からも仕掛けるぞ』

「くっ……!」


 悠長に考える時間は与えてくれないようだ。


 ――課題を変えたのには、何か意味があるはず。どこかに、血路が……!


 ルシェラは剣を抱えるように構え、一挙手一投足も見逃すまいとシュレイを見据え、打ちかかった。


 * * *


 突き立てた剣を支えに立ち、ルシェラは荒い息をつく。


「はぁっ、はぁっ……」

『……まだ立てるか』


 幾度攻撃を仕掛けても、ルシェラはシュレイと剣を交えることすらできない。

 全ての攻撃は、ただシュレイが一睨みしただけで、炎によって遮断された。

 シュレイは相変わらず、ただそこに立っているだけだ。


 ――感覚はちょっと掴めた……理屈は、竜命錫レガリアが自然界の力を抑えるのと同じはず……

   わたしの『ファイアブレスもどき』で炎の流れを作るのと同じように、あの竜気の炎の流れに介入してこじ開ければいい。


 収穫はあった。

 シュレイを守る炎のとばりに幾度も跳ね返されるうち、その流れをルシェラは感じ取り始めていた。

 攻略の端緒も見えた。


 ――でも、消耗しすぎた……あと何回、挑める!?


 引き換えに、ルシェラはもうボロボロだった。

 なるべく直撃を避けて戦ったつもりだったけれど、そう簡単な話ではない。全身のあちこちに火傷を負っていた。


 痛々しい傷をルシェラはなるべく直視しないようにした。

 多少の傷なら体内のエネルギー循環を活性化させることで即座に自然治癒させられるのだが、この傷は外見以上に重い。

 痛みを感じる余裕さえ無くなってきていた。揺さぶられているように頭の芯が揺れ、手足に力が入らなくなってきた。


『お父様……! これでは、ルシェラが死んでしまいます!』

『おや降参か?』


 たまりかねた様子でカファルが叫ぶと、青の貴公子は即座に割って入る。

 彼は、そら見た事かと嘲笑う調子だ。


『構わんぞ、ならこの話はここまでだ。

 貴様が拾った人間は、やはり卑小な取るに足らぬ者であったということよ』

『まだです!』


 ルシェラは声を上げた。

 そして、既に視線を持ち上げるのもしんどかったが、不安げにしているカファルの方を見た。


『……まま、もうちょっと、みてて』

『ルシェラ……』


 大丈夫だ。

 死ぬつもりはない。

 だから、まだ、戦える。


 シュレイは緩く剣を構えたまま、何故だか少し面白がっている様子で、ルシェラの方を見ていた。


『……のう、カファルよ。

 親は子に、何ができると思う?』

『えっ……?』


 急にシュレイはカファルに語りかける。

 ルシェラの方を、向いたまま。

 ブルードラゴンの化身たちは、急に何を言いだしたのかと訝っていた。


『全く、子というのは親の思い通りにならぬものだ!

 止めたはずのことをことごとくやりおる!

 与えたはずのものを受け取らぬ!』


 あまりにも実感がこもりすぎた言葉だった。

 短い言葉に、シュレイの積年の鬱憤が籠もっていた。


 憤懣やるかたない様子でぶちまけたシュレイだったが、彼はそれから、ふっと表情を和らげる。


『だが、子を育てるという営みは決して無為ではない。

 思い通りにこそ育たぬが、育てただけ子は育つ。

 そして己が為すべきを全て為したなら、後は子を認め、その結果を受け容れるしかないものよ』


 自分は何を聞かされているのか、とルシェラも疑問に思い始めたが、シュレイは大真面目だった。

 気まぐれで説教をしているわけではなく、今ここで必要だから話しているという様子で。


 長すぎる時間を生きながらも、ドラゴンが子を為すことは非常に稀だ。

 だからこそ彼らにとって、子育てをすることの意味は、人にとってのそれよりも重いのだろう。


『一年か……

 我らドラゴンには瞬きの時。人にとっても長いとまでは言えまい。

 ぬしはまだ、彼奴あやつを巣の中で可愛がっていたいのだろう。しかし、そうもいかぬのだ』


 シュレイは、相対するルシェラではなく、カファルに向かって語りかける。

 カファルの成長を見守るシュレイの優しさをルシェラは見た。


 最初から完璧な母親など、居ない。

 そして、成長は子どもだけの特権ではないのだ。


『なれば信じて、全てを託せ。ぬし彼奴あやつの飼い主ではなく、母たらんとするならな。

 ……それともぬしはまだ、託し切れておらぬかな?』


 山際から昇る太陽のように、カファルの目に光が灯ったと、ルシェラは思った。


『ルシェラ!』


 カファルがルシェラの名を呼んだその時、世界が鳴動した。

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コミカライズ版
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― 新着の感想 ―
[一言] カファルのママLvアップイベント到来か
[一言] 何が起こるのか!
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