≪28≫ 作戦会議
「……ってな具合のことを考えてるんじゃねえかと思うぜ、ジュリアンの野郎」
侮蔑的な溜息をついて、イヴァーは話を締めくくった。
王宮の周囲には、ジュリアンの攻撃に巻き込まれた人々を救護するための天幕が立ち並んでいる。
魔法と力仕事で瓦礫を掻き分けて、生き埋めになった者を助け出し、ビオラやカファルは回復魔法で救命措置をする……
その作業を延々とやっている間に夜も明けて、“黄金の兜”の面々+カファルは、崩れた城壁の欠片に腰掛けて休んでいた。
そこに、夜通し情報収集と分析に駆け回っていたらしいイヴァーがやってきて、合流したところだ。
セトゥレウの動きをどうにかして封じることができれば、どちらに転んでも損は無い。
それがジュリアンの採りうる戦略だというイヴァーの予想は、皆を絶句させるに充分だった。
「それは、いくらなんでも……」
「と、思うか? よりによって竜命錫使いを掻っ攫って、自分のための宮中晩餐会の最中に竜命錫を分捕っていくような、頭の歯車が数十個はトンでる奴だぞ。
物理的に可能なことなら何をしたっておかしくない」
イヴァーの予想をルシェラは否定できない。
全くもって無知な大馬鹿者か、冷血で自分本位で失うものを持たず人の心の機微を理解しない者であれば、こんな事を考えるだろう。少なくともジュリアンは馬鹿ではなさそうだが、それ以外に関してはルシェラの印象に合致する。
「私が居たのに……!」
「落ち着け、ビオラ。んなこと言い出したら全員同罪だ」
「そうとも。一義的には、奴の企みを見抜けなかった私の責だ」
そこで話に割り込んでくる者あり。
血の滲む包帯を巻いた上半身に上着を羽織ったラザロ国王が、供の騎士を従えてこちらに来ていた。
「陛下! お身体はもうよろしいので?」
「気遣いは無用だ、ティム。私は真っ先に神官たちの治療を受けたからな。
……ああ、皆も今は礼儀など気にするな。私に頭を垂れずともよい、その間に一人でも多くの者を救え」
せわしなく行き交う中、ラザロの姿を見て動きを止めかけた騎士や神官たちは、また働き始める。
ラザロが皆に向かい合って瓦礫に座ろうとしたので、供の騎士は疾風の如き手際で近くにあった折りたたみの椅子を持ってきた。
「先程、昨夜の一件に関して私自ら、遠話でマルトガルズ側に説明を求めた。
『皇宮は関わりなきこと』と言われたが、それ以外は全て『調査中』とのことだ。
ジュリアン・アンガスをどうするかについても言質はとれなかった」
「……時間稼ぎ、ですか」
「おそらくな。
断言した以上、皇宮が関わっていないのは確かだろう。だが……向こうはこれを奇貨として、状況を利用しようとしている」
皆が揃って唸る。
国が国に対して嘘をつくことは少ないが、どの国も、自己を正当化するための誤魔化しの言葉を山ほど持ち合わせているのだ。
ラザロへの反応からすると、この件に関してマルトガルズが『誠実な対応』をすることは期待しにくい。
「マルトガルズは強かだ。
たとえばアンガス侯爵軍がクグセ山を奪ったところで止めに入り、表面的にはジュリアンを罰し、竜命錫を我が国に返却することで人族国家としての節度を示し、批判を弱める……なんてことをやりかねん」
「冗談だろ、一度クグセ山に道を作られたら、竜命錫無しでも連中はセトゥレウを……」
「一呑みにできような。
さすればもはや、マルトガルズは攻め入る必要さえ無い。
我らは戦えば負けるのだから、我が国はマルトガルズの属国も同然となろう。グファーレも不利な条件で講和をすることになる」
その結果は、マルトガルズにとって魅力的すぎる。
十四年続いた泥沼の戦争にケリを付けられるかも知れないのだ。誘惑には勝てないだろう。
ジュリアンの暴走を止めきれなかっただけなのだと言い訳をする余地も、ギリギリ、辛うじて残る。講和という着地点に収まるのであれば、周辺国からの心象が致命的に悪化することも避けられるだろう。実際、それはほとんどのセトゥレウ国民にとって、本格的な戦争になるより遥かにマシな結末である筈だ。
「皇宮は手を汚す必要さえ無えってのかよ、クソッタレ!」
ウェインはヒビ割れた石畳を蹴りつけた。
「まあ皇宮が適当なところで幕を引きたがっても、ジュリアンがそれで止まるかは分からんよな。皇宮の狙いより更に悪い方向へ事態が転がって行くことも、こっちは覚悟しなきゃならんだろ」
「でも、この状態が続けばマルトガルズも国際的な非難と敵視を受けるんじゃ」
ルシェラが言うと、イヴァーも頷く。
「そういう意味では向こうも時間との勝負だ。おそらくジュリアンもそこは理解している。
十中八九、数日中には、ジュリアンはモニカ殿下を伴ってクグセ山を狙うだろう。
動くのはアンガス侯爵軍のみだろう。皇宮はそこまで振り切ってない。だから兵力的な意味では負けやしねえだろうが……」
そこにどんな問題があるかはルシェラも承知している。
竜命錫は国土維持の要石。
しかし、これを戦いに用いれば、万の兵にも匹敵する超越兵器となるのだ。
その力はドラゴンにも匹敵するか、それ以上になるとも言われる。いくらカファルとルシェラが居ると言えど、正面から戦って勝つのは並大抵ではない。
「竜命錫を止める方法は?」
「一番早いのは使い手を殺すことだな」
「それは……!」
情け容赦無いイヴァーの言葉に、ルシェラは声と息を詰まらせる。
「……できません」
「だろうな。
だが殺さないなら勝つのは難しくなる。お前自身も、より危険になる。それが分かっててやるんなら止めねえさ。
セトゥレウがどう考えるかは知らんけどよ」
皆の視線がラザロに集中した。
手負いのセトゥレウ国王は、苦悩の表情で虚空を睨む。
「そのような勝ち方は、可能なら避けたい」
誰も、それ以上、何も言わなかった。
もしモニカ一人とセトゥレウを引き換えられるなら、ラザロはそうするだろう。ラザロが王として為すべき事だ。勝算も無く賭けをするよりは余程良いはずで、それを責めることはできない。
同時に、そんな結末は決して受け容れたくない。
「次が竜命錫の奪取だな。各国が竜命錫使いの血筋を管理している以上、普通の戦場で使われることは稀な作戦だが、今回はそれができる。
こっちもモニカ殿下より適合率の高い竜命錫使いを出して、竜命錫の制御を直接奪い取るんだ」
「国も基本的にはそのつもりで動く。万一、無理に止めようとして竜命錫が破損してしまえば、それを修繕している余裕など無いことだしな」
「だったら俺らも全力だ。パーティーメンバーを救うためで、竜命錫を取り戻す戦いとなりゃ、ギルドも『政治不介入』なんて言わねえだろ」
ティムの言葉は力強い。
三人の仲間たちは今や不退転の決意を漂わせていた。それぞれが大切なものを守るため、ジュリアンの暴走を止めなければならない。
その気持ちはルシェラも同じだ。カファルと共に生きるために。
そして、袖がすり合うような微かな縁ではあったけれど出会ってしまい、偶然にも(と言うかルシェラが九割方悪いのだが)心の声を聞いてしまったモニカを守るために。
「ジュリアンの野郎は自分の作戦の弱点を分かってるはずだ。
モニカ殿下はガチガチに守られてることだろうし、操られた殿下自身もお前を狙ってくる」
「だとしても、助けます」
「……どっちにしても、ドラゴンたちの協力を得て山の守りを固めるのは必須だろうな」
「そうですね……」
「『試練』とやら、もう明日だろ? 大丈夫なのか?」
「その点は心配無用」
ラザロは落ち着いた声で言う。
こういう話し方をされると、人は意味も無く安堵するもので、周囲の動揺を収める効果がある。咄嗟に平然とそういうことができるのだから、なんだかんだでラザロは王たる者だった。
「事情は把握している。
事が事だ、転移陣の使用を許可しよう。乗り継げば半時間もかからずクグトフルムに行けるだろう」
「ありがとうございます」
「礼には及ばぬさ。我が国のためでもある」
柔和に笑い、ラザロはそれから、真剣に案じる顔をする。
「私がこれを言うのは、虫が良いかも知れぬが……健闘を祈る」
「はい。絶対に乗り越えてみせます」







