≪7≫ ハズレクエスト
クグトフルムの街、中心部の冒険者ギルド支部にて。
銀行のように立派なロビーにゲメルが姿を現したとき、丁度受付を担当していた女性職員はぎょっとした。
すぐにいつもの営業スマイルを取り繕ったが、その仕草はゲメルを苛立たせるに充分だった。
「よーう」
「お、お久しぶりですね、“七ツ目賽”のゲメルさん。
しばらく支部の方にはお見えになりませんでしたが」
「ああ。雑用係がその手の仕事は全部やってたからな。
まあそいつが死んだから次が見つかるまでしょうがなくって所だ。
……言っとくが、俺は止めたんだぞ? なのにあいつが仕事に付いてくるっつーからよ」
『彼』が死んだことは既にギルドも把握している。
いつも支部に顔を出していた『彼』がここ数日、急に顔を出さなくなったもので、訝しんだギルド側がゲメルに直接聞きに来たのだ。
「はい、そうですね。その……マネージャーの方、のことはご愁傷様でした」
――言い淀んだ? まさか、こいつも名前を忘れてるのか?
受付嬢の弔辞はどうでもいい。『彼』の名前が出なかったのが奇妙だった。
しかし、その辺りのことを深く聞くと、何かとんでもない恐怖に触れてしまいそうな予感がして、ゲメルは何も言わなかった。
「まあいい……
依頼を寄越してくれ。うちの指名は入ってるか?」
「今はございません」
「じゃあ適当に丁度良いのをくれや」
「でしたらこちらの調査・討伐依頼をお願いできますでしょうか。推定脅威度は5となります」
「なら俺らのレベルだな。報酬もそれだけ高えんだろ?」
受付嬢は依頼書を取り出してゲメルに見せる。
お役所構文で書かれた依頼書は非常に難解だったが、摘要を述べるなら『家畜が襲われていたので魔物の仕業だろうと思ってギルドに討伐を依頼したところ、脅威度が低く見積もられて全然請ける奴が来ねえ。仕方なく自警団が警戒していたら三人も惨殺された。凶暴な魔物の仕業に違いない、いい加減助けに来い』という恨みと苛立ちが滲んだ内容だ。
「予備調査では貪食群狼の仕業ではないかとされています。こちらが調査報告書です。
報酬は通常通り、基本額に加え討伐対象と討伐数によって決定される出来高制です」
「いいじゃねえか、こいつは俺の依頼だ」
それからゲメルは20分待たされ、依頼の受諾手続きとしていくつかのサインをさせられた。
――ったく面倒くせえ。やっぱり雑用係は必要だな。こんなつまんねー手続きのために毎度支部まで来るとかやってらんねえぜ。
マネージャーに任せていた手続きを久々にやらされて、ゲメルは既にうんざりしていた。
“七ツ目賽”は今、飛ぶ鳥どころかドラゴンすら落とすような勢いでメキメキ頭角を現しているパーティー(少なくともゲメルはそう思っている)だ。
高報酬の依頼も次々こなし、さらにゲメルの神業的な財テク(少なくともゲメルはそう思っている)によって、金など使っても使っても入ってくる。
雑用係を一人雇う程度の余裕はある。面倒事を押しつける下僕が一人くらい居てもいいだろう。
もっとも、次は仕事に余計な口を挟まない従順な奴が良いとゲメルは思っていた。若い女で巨乳ならさらに良い。
――まあ、この依頼が終わったら考えるか。
ゲメルは依頼書を受け取り、帰っていった。
そんな彼がギルド支部に怒鳴り込んでくるのは、一週間後のことだった。
* * *
「騙しやがったなてめぇコンチクショウ!!」
「ひいっ!」
ゲメルは力一杯、拳をカウンターに叩き付けた。
巨漢でもあり、冒険者として戦いの経験を積んだ彼の身体能力は既に人間の物理限界に近い。
頑強なはずのカウンターテーブルは干魃を受けた畑のようにひび割れた。
「何がレギオンウルフだ、狼ですらねえ単なるゴブリンの群れじゃねえか!
しかも上位種も居ねえ六匹ばかしのしょぼい群れ!!
俺ぁ“七ツ目賽”だぞ、分かってんのか! こんなクソ安い仕事をさせやがって!!」
ゲメルの怒鳴り声に、ギルドのロビーは騒然となる。
事前の調査で想定されていたような強力な魔物ではなく、一山いくらのザコの仕業だったのだ。
楽な仕事ではあるが、それはゲメルの基準からすれば小遣い程度の報酬しか貰えない雑用まがいの依頼だった。
こんな仕事をしている暇があれば、もっと自分たちに相応しいレベルの仕事をして、がっぽり稼げたはずだ。
「も、申し訳ありません! ですが、全てギルドの規定通りに……」
「だったら調査やってる奴ら全員クビにしろ!!
こんなくだらんミスで俺らエース冒険者(少なくともゲメルはそう思っている)の時間を無駄にさせてよお!」
「ですが、こ、このように予備調査と異なる魔物が討伐対象となることも多く、また予備調査は冒険者の方の安全確保のため最大限に脅威を見積もる方向でして……!」
「言い訳してんじゃねえ! 高いはずの依頼でゴミみてえなザコと戦わされた事はここ一年以上なかったぞ!?」
ゲメルが叫ぶと、それを聞いて、ロビーに居合わせた冒険者たちはどよめき顔を見合わせた。
「え、何言ってんだ? あいつ」
「普通、だよな……?」
「あんだと?」
まるっきり頭がおかしい奴みたいな目を向けられて、ゲメルはうそ寒く感じていた。
カウンターの向こうでは、脅されて縮こまっていた若い女性職員の代わりに、オフィスの奥に居た年配の職員が出張ってくる。
「大変申し訳ありませんが、それが普通です。貴方ほどの等級の冒険者でも『ハズレ』の依頼を掴んでしまうことはままあります」
「じゃあ、なんで……」
呆気にとられるゲメル。
「あなたのパーティーは……その、マネージャーさん? 彼が……そういった依頼を全て弾いていましたので」
涙目の若い職員がそれでもハッキリと言った。
年配の職員も深く頷く。
「ええ、神業的な眼力でしたね。調査書を一字残らず読み込んで、報告者や調査員の癖まで把握して文字の裏にある事実を読み、『ハズレ』を見通していました。
私の方からも意見を伺うようになったのですが、彼は『確証を持てないものもある』と言いながら推理を披露してくれて……これが嘘のように当たるんです。
実際、彼の指南を参考にして支部内で調査報告査定を改善したんですよ」
「あいつが……そんなことを?」
エルフ語でも聞かされているかのように、ゲメルには全てが理解不能だった。
分かったのは先日殺した雑用係が、なんかよく分からない妙な特技を持っていたらしいということだけだ。
「それから、ゲメル様。ロビーではお静かに。また備品の意図的破損はギルド規約により懲罰対象となることもあり得ます」
年配の職員は三角眼鏡を冷たく光らせゲメルを睨み付ける。
ふと背後に気配を感じて振り返れば、ゲメルと遜色ないほどの大男が二人、腕組みをして睨み付けていた。
「……くそっ! 酒だ!!」
苛立ちをぶつける先を失ったゲメルは床を蹴りつけ、這々の体で帰っていった。
*
「ああ、怖かった。助けてくれてありがとうございます、チーフ」
「いいのよ。……全く、彼をあれだけ付け上がらせた『マネージャーさん』の罪も重いわね」
騒乱の気配が去ったギルドロビーは、徐々に平時の賑わいを取り戻しはじめた。
そんな中で二人のギルド職員は溜息をつく。
ゲメルは元々、素行の悪さで知られていた冒険者で……そういう冒険者は珍しくもないのだが……彼の雇った『マネージャー』がゲメルの代わりにギルド支部に来るようになってホッとしたという職員は一人ではない。
「……あの『マネージャーさん』の名前、思い出せた?」
「いえ、まだです……所属する冒険者の方の名前を忘れてしまうなんて、管理官失格です」
「いいのよ。私も思い出せないんだから」
「にしても、なんであんな人がゲメルさんなんかと仕事を?」
「さあ……人には色々事情があるからね。
他の冒険者はマネージャーなんか雇おうと思わなかったのかも知れないわ。北のマルトガルズでは普通らしいけど、冒険者にマネージャーがつく事なんてこっちじゃ珍しいから」
「あんなことができるならギルド職員になればよかったのに……」
「ギルドの学歴主義は知ってるでしょ」
年配のチーフはこめかみを揉む。
ここ数日発生している異常事態に悩まされた頭をほぐすかのように。
「彼の名前が書かれた資料は全てギルドから消えてしまった……
ただ単純に死んだってわけじゃないわよね。何が起こったっていうの、マネージャー君……」