≪25≫ 殿中騒乱
王宮には百人単位の参加者を収容してセレモニーを催すための大広間もあるのだが、参加者が少ないのにそんな場所を使っては閑散としてしみったれた空気が出てしまう。
その夜の晩餐会は、長いテーブル一つきりがすっぽり収まるダイニングにて執り行われた。今宵の主賓たるジュリアンの訪問そのものが急なことでスケジュール調整も付けにくかったのと、まだあまり事をおおっぴらにすべき段階ではないということから、参加者も少なかったのだ。
王宮の高官たる貴族などが、華美ならずとも麗しく上品な礼装にて、姿を現す。
末席には故あって招かれた冒険者二人。
彼らが食前酒を舐めつつ、政治的な駆け引きなども含めた社交的な会話をしていると、今宵の主賓たるジュリアンが姿を現し、そして、平和な時間はそこで終わった。
「きゃあああっ!」
「ええい、出会え出会え!」
そう広いとも言えない部屋の中にひしめくは、腕と一体化した刃で武装している、骨格標本に金属板の装甲を貼り付けたかの如き外見のゴーレムたち。背丈は大人の男と同じくらいだ。
収納用の魔法やマジックアイテムに適合させ、体積を減らす調整がされているのだが、その動きは高位冒険者にも匹敵する機敏さと力強さを兼ね備える。
壁の花となっていた、形式的な警備の近衛騎士は、まず最初の一撃として奇襲を受け黙らされた。
不運にも逃げ遅れた貴婦人が一太刀に胴部両断され、血の海の中に横たわる。
招待客の紳士たちも騎士である以上、武の鍛練は積んでいるのだが、既に一線を離れて久しい者ばかり。しかも今は丸腰だ。冷酷に襲い来るゴーレム相手には逃げ惑うより他になし。
そんな中。
「でりゃあああっ!」
長テーブルが怪力でひっくり返され、ゴーレムたちに打ち付けられる。
如何なる状況でも、襲い来る敵が居るならそれに対処する。
臨機応変に戦うということにかけては冒険者こそが秀でていた。
「鎧が欲しいぜ、くそっ!」
ティムは礼服の上衣を脱ぎ捨て、巌のような筋肉を隆起させてシャツを爆破。
倒れた近衛騎士が取り落とした剣(美しさと引き換えに、斬れ味と耐久性を損なっているように思える)を振り回して、テーブル攻撃を躱したゴーレムに打ちかかった。
ゴーレムは意外なほど機敏な動きで二合打ち合い、ティムの剣をいなす。ちゃんとした剣技を使える高級ゴーレムらしい。
だが、そのゴーレムの硝子のような単眼にフォークが突き立つ!
「ったくよぉ、俺はこういうの向いてないんだっつの!」
投じたのはウェイン。
まだ料理は出てきていなかったが、既にテーブルの上には食器が並んでいたのだ。それが今は床に散乱していた。
ウェインは五本のナイフをジャグリングめいてお手玉しつつ拾い上げる。いずれもミスリル製の検毒食器だ。ミスリルは軽く、丈夫で、加工に向く。武器の素材としても定番だ。
そしてウェインは、稲妻の如くゴーレムの身体を駆け上がりつつ、目にも留まらぬ早業でナイフを関節や装甲の隙間などに突き立てた!
立ったままギシギシと痙攣するゴーレムの後頭部を蹴って宙返りをしたウェインは、続いて壁際にあった灯籠型の魔力灯に手を掛ける。
部屋の外から引き込まれている長いコードが、部屋の隅でとぐろを巻いて、照明器に繋がっていた。地中から汲み上げた魔力を照明器に供給するための魔力導線だ。
その先端をウェインは力任せに照明器から引き千切る。
襲い来るゴーレムの剣閃を掻い潜ったウェインは、導線の先端を持って背後に回り込み、ロープをくぐらせてゴーレムの関節を極めながら縛り上げる。
さらに、導線の先端を装甲の隙間に突っ込んだ。
一瞬、青白い光が閃いてゴーレムは痙攣し、糸を切られた操り人形みたいに倒れて動かなくなった。
「なるほど、魔力導線を……」
「駆動器を過負荷でぶっ壊した。こういう手が効く奴で助かったぜ」
テーブルに押し潰されていたゴーレムたちが起き上がり、歩調を合わせて包囲する態勢を取る。
頭数が減ったことでティムとウェインを脅威と判断し、慎重になったようだ。
逃げ遅れた貴族たちは壁際に追い詰められ、二人の冒険者がそれを守る。
ウェインも護衛の近衛騎士が持っていた剣を蹴り上げて拾い、構えるが、ウェインにとっては普段使わない武器だ。ティムと真っ向から切り結べるような性能のゴーレムに対抗するのは難しい。
ここは王宮のど真ん中。少し時間を稼げば近衛騎士や精鋭の衛兵たちが集まってきて、十体ばかりのゴーレムなど制圧できるだろう。だが、その『少し時間を稼ぐ』というのが難しいのだった。
そこへ、硬質な足音を響かせてやってくる者がある。
「遅れました……!
リーダー! ウェインさん! 無事ですか!?」
「ビオラ、お前ここに来て大丈夫か!?」
「言ってる場合じゃないでしょう!」
肩口を大きく露出した、水彩画の青薔薇みたいなイブニングドレスを着たビオラが、スカートをまくって器用にもヒール付きの靴で走り、部屋に駆け込んできた。
こんな格好なのにビン底メガネがそのままなのはアンバランスな印象だ。
小脇に抱えていた魔法の杖を打ち振るい、ビオラは早口に詠唱する。
「『蒼天に隘路あり∥我は馳せ駆け捧げる者∥天網恢々/吹き抜く慨嘆/汲めど計れどその名は尽きず∥』……!」
ゴーレムたちは当然これに反応、致命的な詠唱を潰しに掛かる。
だが、もはや心得たものでティムとウェインは即座に割って入った。
詠唱終了までの時間も把握済み。それまでの数秒を稼げばいい。
切り結び、蹴りつけて距離を取り、最後には剣を投げつけてまで一瞬の猶予を生みだした。
そして二人は、さっと左右に身を投げて飛び分かれ、ビオラの射線を開けた。
「『舞い果てよ無貌の王』! ……≪万鈞雷霆≫!!」
辺りを白と黒に染め上げるほどの光が、ビオラの杖から迸る。
耳が唸るほどの強烈な雷鳴。部屋の窓の硝子は全て砕けて吹き飛び、ぬるい夜風が吹き込んできた。
そして極太の雷撃光線は迫り来るゴーレムたちに直撃!
まず前面に立っていたゴーレムが粉微塵のスクラップとなって砕け散り、さらに他の個体も薙ぎ払われ、電撃によって内部機構を焼かれながら綿埃のように吹き飛んだ。
それでも立ち上がろうとするゴーレムの一体をティムが踏みつけ、先程投擲した剣を拾い上げざま、首裏に突き降ろす一撃。
ガクンと揺れて、それは動かなくなった。
「よっしゃ、近衛が集まるまで持ちこたえるぞ!」
「おう!」「はい!」
生き残ったゴーレムたちは黒煙を上げながら、それでもゾンビのように立ち上がり始めていた。
*
同時刻。
「この音は? 何か起こってるの?」
騒ぎの中心から、そう離れていない小さな部屋にモニカは居た。
晩餐会の会場をそのまま縮小したような、小規模なダイニング。
喪服のような雰囲気もある濃紺のドレスを着たモニカは、そこでじっと独り、待っていたところだ。
建物が揺れ、壁に掛けてあった皿が一枚落ちて割れた。
悲鳴のような声もどこからか聞こえる。
よりによって、ここは王宮だというのに。
「何者だ! ここは……ぎゃあっ!」
「えっ!?」
すぐ近くで悲鳴。そして、何か重いものが床に倒れる音。
この部屋の前には、警護だか見張りだか分からないが、武装した近衛騎士が居たはず。
だが、今。その扉を開けて不当に押し入る者があった。
二十代半ばほどの、上背がある凜々しい青年だ。
飾りボタンの沢山付いた純白の上着と、マントをそのまま首に巻き付けたような襟巻きを身につけていて、彼は黒光りする機械人形を従えていた。ゴーレムの腕と一体化した剣は、鮮血に塗れていた。
「これはこれは、お初にお目に掛かります。
私、マルトガルズ皇国はアンガス侯爵、ジュリアン・アンガスと申す者。
貴女はモニカ様に相違ありませんね」
息もできないモニカに向かって、ジュリアンは慇懃無礼な、所作だけは完璧な礼をする。
彼が晩餐会に招かれているという事はモニカも知っていたが、それ以外の全てが分からない。
ここにモニカが居ると何故彼が知っているのか。
何のために自分に会いに来たのか。
どうしてこんなところで物騒な戦闘用ゴーレムなど引き連れているのか。
今の悲鳴は何なのか。
「私にご同行ください。
くれぐれも抵抗などなさいませぬよう。少々痛い目を見ていただくことになりますよ」
「……来ないで!」
モニカが後ずさり、拒絶すると、形ばかりの丁寧な態度をジュリアンは早々にかなぐり捨てた。
「躾が成っていないな。所詮は雌犬の娘か。
捕らえろ、ゴーレム」
「あっ……!」
ジュリアンの命令を受け、ゴーレムは無慈悲に機械的に、血染めの拳でモニカに掴みかかる。
そして素人目にも無駄の無い、鮮やかで無機質な動作でモニカを組み伏せた。
「かはっ、げほっ!」
自分が何をされたか理解するより前にモニカはむせ返っていた。
ピタリと身体が床に吸い付いたかのように押さえつけられ、モニカは身動き一つ取れない。
そんなモニカの前にかがみ込み、ジュリアンは、見下しきった冷たい目をしていた。
「ふん。犬の娘にはこういう物も相応しかろう」
その手には、滑るように邪悪に黒光りする革の首輪があった。