≪24≫ 嵐の訪れ
王都、北街門前にて。
冒険者ギルドを通してチャーターした高速馬車が待機しており、ルシェラとカファルは既にそれに乗っていた。
「慌ただしいこった。やることやったらクグセ山にとんぼ返りか」
「まあ、期限までに用事が済んで良かったです」
見送りに来ているティムとウェインに、ルシェラは窓から声を掛ける。
宮中晩餐会に出る三人を残し、ルシェラとカファルは先にクグセ山へ戻るのだ。
今から王都を出れば、途中の宿場町で夜を明かし、明日にはクグトフルムへ戻れる。そして明後日がシュレイの指定した『試練』の期日だった。
「ドラゴンの試練ってやつ、俺らができることは何も無いのか?」
「気持ちは嬉しいですけど、それじゃ試練にならないと思いますし」
「だよな……せめて健闘を祈る」
「任せてください」
あのドラゴンたちを間近で見てしまっただけに、二人は心配げだ。
彼らを安心させるようにルシェラは平たい胸を叩いた。
「まあ……俺らがあーだこーだ考えてもしょうがねえか」
「んだな。頑張れよ、ルシェラ。
その間、俺らは王宮の美味い飯をしこたま食ってくるぜ」
冗談めかしてウェインが言った。
一見気楽なようだが、彼らもお偉いさんとの付き合いがあるわけで、本当に飯を食うだけでは終わらないだろう。これもまた仕事のうちだ。
お互いの健闘を祈りあい、馬車は北へと走り出した。
* * *
快適性も考慮された高速馬車は、整備された街道なら揺れることもほぼ無い。
早馬に近い速度での快適な旅だ。
ルシェラは馬車の中で『盤上君主』のルールをカファルに教えていた。
盤上にて、多くの駒を用いて戦争するこのゲームは、頭の中での情報処理能力が問われる。ルシェラだって別に達人というわけではないのだが、覚えたての筈のカファルが三戦目で既に良い勝負をし始めたのには舌を巻いた。
いよいよ詰むか詰まされるか、という局面。
車窓の外の景色は夕焼けに染まり、そろそろ車内の魔力灯を点けようかとルシェラが思った丁度、ルシェラの持っていた一枚の札が青く燃え上がった。
通話符という遠隔会話用のマジックアイテムだ。
冒険者などが使う連絡手段としてはかなりポピュラーなもので、魔法触媒を用いた紙に通信用の術式を書き付けてある。
二枚セットで作られ、紐付けられたもう一枚の通話符と会話が可能。そして十数分で燃え尽きる、使い捨てのマジックアイテムだ。
ルシェラが持っている通話符は、イヴァーに持たされた、彼とペアのものだ。
青白く光る札の表面を所定の形になぞり、ルシェラは札を起動する。
「イヴァーさん、どうかしました?」
『ゴーレムの鑑定出たぞ、ド畜生!
徹底してクセを消した造りだったが、焼け残ったグラセルム回路の解析から特定できた! ほぼ確実にマルトガルズ軍製、しかも三ヶ月以内に完成したやつだと。
鹵獲品や横流し品の可能性は限りなく低い。十中八九、ジュリアンが持ち込んだやつだ!』
「ええ!?」
開口一番、血相を変えているのが声だけでも分かる調子でイヴァーが叫んだ。
『なあ、おい、分かるか? ゴーレムの兵士としての有用性』
「死を恐れないとか、絶対に逆らわないとか……」
『それもあるがそれだけじゃねえ。
収納用のマジックアイテム、あれ生き物は入らないだろ』
「それが?」
『生きてなきゃ入るんだ』
イヴァーの言わんとすることを理解した瞬間、ルシェラは全身の産毛が逆立ったように感じた。
『たとえばトランクを収納用に魔化して、『こいつは侯爵様の着替えです』って言えば、こっちへ持ち込んだとしてもまあ中身まで検めはしないだろ普通』
「あの大きさのゴーレムは、半端な収納には入らないだろうけど……」
『それこそ、解体して持ってきて継ぎ合わせりゃいい。ゴーレムなんだから』
つまり、ゴーレムは個人が密かに持ち込める戦力だ。人を連れ込むよりも秘匿性高く。
そしてジュリアンにはそれができる。一般市民なら針一本まで荷物を検められるような場所であれ、ジュリアンは都合良くすり抜けられる地位にあるのだから。
『もちろん、収納できるったって限界はある。
たとえば王都を攻め落とすほどのゴーレムを収納に入れて持ち込もうとすりゃ、どう見ても怪しい大荷物になるし、そもそもそんな大量のゴーレムは用意できねえだろ』
「じゃあ……持って行ける数のゴーレムでできることって言うと……」
『要人だから入れる場所』
「警備の脆い場所」
『万一にも狙われちゃならんターゲット』
「最悪のタイミング」
そして、沈黙。
高速馬車の客車には、車輪が大地を踏みしめる音も、馬の蹄の音も、馬車の軋みもたいして聞こえない。
なのに今はその音が耳障りなほどに大きく聞こえた。
ルシェラが思い起こすのは、王宮に入ったとき、城門前で受けた検査。
あそこでマジックアイテムの所持が無いか確かめられたわけだが……
「そうか、そういうことか……
普通はマジックアイテムを身につけてたら怪しまれそうなものだけど、権力者は呪いとかから身を守るため防御用のマジックアイテムを身につける方が普通だ。
魔力の有無は調べられても、アイテムの効果までは分からないんだから誤魔化せる」
『要するに箱状か袋状になってりゃいいんだ。マントでも襟巻きでも偽装はできる。
今にして思えばあのヤロ、やたらごつい襟巻きを着けてたが』
話に筋が通り、何もかも符合していた。
ぴたり、ぴたりとピースが嵌まり、完成してはいけないパズルができあがっていく。
『王宮の警備は厳しい……
だが限度がある! 中に入る奴全員ケツの穴まで調べてたら日が暮れちまうからな。
すると『ほぼあり得ない事態』は無視することになるんだ』
「要人自ら刺客になって命を危険に晒すようなことは普通しない。
更に言うなら決定的な政治的決裂を招くから普通しない」
『賓客を疑うのも無礼だから、そこはお互い様ってことで深くツッコミもしねえだろう』
普通しない。そう、普通は。
国と国の関係に絶対的な法律など無いが、協定や、外交の中で生まれた不文律がある。
お互いに『何でもあり』だとすぐに戦いになり、どちらかを滅ぼすまで止まらないわけで、それを防ぐために人はルールを作る。
道徳とか善性のためと言うよりは、最終的に利益を得るためだ。
ジュリアンが何らかの陰謀を準備していると仮定しよう。
王宮に乗り込んでゴーレムをぶちまけるとするなら、さて、どの程度有意義な戦いになるか。
もしそれでセトゥレウという国を奪えるなら意味もあろうけれど、王侯貴族の幾人か暗殺したところで、国が壊れるかと言えば疑問だ。
そんな真似をすればむしろ、グファーレ戦線に関して様子見をしている国々の世論を好戦的な方向へ煽り、批難や参戦の口実を生み出しかねない。つまり、得るものより失うものの方が大きいはず。そしてジュリアンも十中八九、その場で討たれる。
しかしルシェラは、王宮で出会ったジュリアンの、軽く、危うく、掴み所が無い、空虚な印象を思い出す。
あの男には、守るべきものや失うものなど何も存在しないのではないか?
そして……さらに恐ろしい想像だが……もし、これが、マルトガルズすら欺いたジュリアン個人の暴走なのだとしたら?
そこには如何なる歯止めも期待できず、存在しない。
「……まずい?」
『まずいな』
こわばってしまった手を、ルシェラは握りしめる。
「王宮に戻るよ、ママ!」
今後更新頻度ちょっと落ちます。悪しからずご了承ください。
理由はおめでたい方のやつです。お察しください……







