≪19≫ 裏会談
昨日もルシェラが訪れた、王宮庭園の東屋にて。
テーブルの上には美しい青白磁の茶器が並び、三段のワゴンには宝石のような菓子がたんと積まれている。
そこに居るのは三人。
あるいは二人と一匹か。もしくは一人と二匹なのだろうか。
諸々の話し合いが終わった後、ルシェラとカファルは『ささやかなお茶会』に招かれた。
確かにささやかかも知れない。参加者の人数だけを見るのなら。
「済まないね。王と言えど何もかもを勝手に決めるわけにはいかないから。
あんな風に衆人環視の中でないと話し合いもできないんだ」
客であるルシェラとカファルに対し、先程の会談の時よりも少し軽装になったラザロが、自ら茶の用意をする。
この場には給仕すら居ない。警備の近衛騎士も、声を張り上げなければ届かない程度の距離を保って庭園内に散開している。
「ここには私しか居ない。肩の力を抜いてくれ。
私もやっと『セトゥレウ国王』ではなく『ラザロ』として話ができる。
……おっと、フクレツユクサ茶しか無いな。喉にはいいんだがこれは癖が強いから……」
「あ、あの、お気になさらず。飲めますので」
「ならよかった」
鼻歌でも歌い出しそうな調子で、ラザロは手際よく茶を注いでいく。
王宮の作法に詳しくないルシェラでも、これが普通ならあり得ないような事だというのは、流石に分かる。ヘタすれば国の権威を失したとしてラザロが貴族たちから突き上げを食らいそうな振る舞いだが、ドラゴンが相手なら身分のことなど考慮しなくても大丈夫、なのだろうか。
『あくまで私人としてのお茶会』などという欺瞞を頭から信じるほどルシェラは脳天気ではない。
だがここでラザロと縁ができることは、きっと利益になるとルシェラは考えた。
「……ところで本当に人の言葉で大丈夫なのかい?」
「はい。ママはまだ喋る方は不自由ですが、聞く方は概ね」
「ならば遠慮せずに喋ろうか。
やあ、しかしドラゴンの言葉を喋るなんて貴重な体験をさせてもらったよ」
既にジゼルの指輪はルシェラに返されている。
言語能力を附与するマジックアイテムを使った体験を、好奇心旺盛な少年のようにラザロは喜んでいた。威厳とか貫禄はどこかに置いてきたらしい。
「どうぞ」
「で、では遠慮無く……」
「いただきます」
よりによって王様自らの手で給仕された茶を、ルシェラは恐る恐る押し頂いた。
カップにはミスリル銀のティースプーンが挿してある。これはおそらく毒に反応して色が変わる検毒食器だろう。上流階級の人が飲食するときはミスリル銀の検毒食器を使うのが普通だが、カップ自体は磁器なので、代わりにこんな形で供しているのだ。
まあルシェラとカファルは、仮に毒を盛られたとしても消化してしまうだろうけれど……
茶は、おそらく適温。渋みの強い大人の味だった。甘いものが進みそうだ。
カファルも口を付けたのを見てラザロも茶を一口飲んだ。
「るしぇら。おんど、だいじょうぶ?」
「熱くないよ」
「わかった」
言うなり。
カファルは甘く細長い吐息をルシェラのティーカップに吹き付けた。
いわゆるファイアブレスではないが、それはむせ返るような熱気を孕む。
ルシェラの手にしていたお茶は、たちまち沸騰した。
「ドラゴンの『ふーふー』って逆に熱くするの!?」
「あつくない、たりない、おもった」
「あ、ありがと……」
「……ふふっ」
堪えきれなかった様子で、ラザロが吹き出す。
ルシェラは沸騰するお茶を飲んだ。常人なら喉が焼けただれそうな温度だが、ルシェラにはちょっと刺激的なだけだ。確かにこれは、平気で飲めるなら面白い味わいかも知れない。
「もろもろの事情はティムからも聞いているが、君たちのことに個人的に興味があるんだ。
よかったらお話を聞かせてはくれないかな」
「構いませんよ」
乞われるままにルシェラは、ここ一年ほどの、あまりにも数奇な出来事についてラザロに話した。
山で死にかけたこと。カファルとの出会い。そして今に至ること。
おそらくラザロも大まかなところは既に承知しているのだろうが、やはり当事者から聞くと細部まで分かるし、何よりも真に迫って聞こえるのだろう。興味深そうに彼は聞いていた。
「なるほど、興味深い。
得てして現実というのは物語よりも数奇なものだ……おっと、この言い方は無礼だったかな」
「いえいえ、わたし自身が一番信じられないくらいなんで」
ラザロの感想は実際、まさしくという印象だ。
いくつもの幸運と偶然、そしてルシェラ自身の選択によって、ルシェラはここに居る。
少なくとも、今日のお茶とお菓子代くらいにはなるだろう。
「……そうだ、まだ礼を言っていなかったか。
モニカを助けてくれてありがとう」
唐突に、ラザロは感謝の言葉を述べる。
「モニカって……あの子、ですよね?」
王都への道すがら、謎のゴーレムを撃退してルシェラが助けた少女だ。
その名前がラザロから出たのは意外にも思われた。
彼にとってすればモニカは血の繋がりも無いし、それどころか妻の不義によって生まれた子であるわけだが。
「その……彼女は」
「あの子には、うん。可哀想なことをしてしまった」
ラザロの目は憂いの色を帯び、庭園の向こうにある壮麗なる宮殿へと向けられる。
「国というシステムは、機能するために多くの犠牲を必要とする。
ロレイナはそれに耐えられなかった。だから私は、ロレイナも、モニカも、何かの被害者であるように思える。
それは、セトゥレウという国を背負う私の罪でもあるんだ。彼女らもこの国に住まう者なのだから」
ロレイナ。
それはモニカの母親の名前だ。
ルシェラもモニカのことが気に掛かって古い新聞記事などを少し調べていたのだけれど、余計な情報の多さにうんざりした。王宮の醜聞は、のどかで平和な国を揺るがす楽しい事件で、大衆の好奇心の餌食となったのだ。道理でみんながモニカのことを知っているはずだ。
竜命錫使いの血筋ということはつまり、ロレイナの実家たる公爵家も竜命錫製造当時の王家の血を色濃く引いているわけで、家格も相応のものだ。ラザロ第一王子(当時)の結婚相手としては順当で、しかしそれが醜聞に発展したとなれば、まさに国を揺るがす大事件だった。
「国のために私は彼女を娶るべきだった。皆が賛同して祝福し、全てが符合し、収まるはずだった……
だけどその結果として事態が悪い方へ転じたのであれば、私は選択を誤ったのだろう」
溜息交じりに、ラザロは語る。
彼女は『竜命錫に適性があった』という理由で次期国王との結婚を強いられた。本人が望んだことではなかったのだ。
それをラザロは悔いている様子だった。
「どうか、モニカと友だちになってあげてくれないかな。これはただのみっともない頼み事だ」
王冠を脱いで茶会に臨んだ王は、ちょっと薄くなりかけている頭を、ルシェラに向かって下げた。







