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≪17≫ 彼を知り

 イヴァーはコーヒーアイスを完全に『頭の燃料エサ』としか認識していない様子で、味わう間も感じさせず掻っ込む。


「そうか、奴と王宮で……」


 ルシェラが王宮の庭園でジュリアンに遭遇した話を聞いて、イヴァーは難しい顔だった。

 表面的には確かにジュリアンは友好的だった。

 だが、何かが不穏なのだ。ルシェラの話を聞いただけのイヴァーも、どこか違和感を感じている様子。


「イヴァーさんの予想通りで、『平和を望む』とかなんとか言ってました。

 本心はどうだか分かりませんけど」

「まあなあ。仮に一時的に平和になったとしても、マルトガルズは機会があれば絶対にセトゥレウを狙うだろうからな。

 だがお互いそれを承知で、一時の平和を永遠であるかのように宣伝する。それが政治ってもんだ」


 そうだ。欺瞞に満ちた一時的な平和であろうと、それを実現し、維持しようとするのが政治かも知れない。

 だが、だとしてもだ。

 あの空虚さを、そんな一般論的な言葉で表現してもいいのだろうか?


 ……あくまでこれはジュリアンと実際に会ったことでルシェラが感じた、言語化の難しい仄かな印象みたいなものでしかないのだけれど。

 ルシェラは腑に落ちなかった。どうしても。


「ジュリアン・アンガスとは、どういう奴なんです?」

「政治手腕は未知数だが、切れ者って噂だな。

 ……正直、俺はどうもいけ好かん。漏れ聞こえる話からすると、『俺が俺が』って意識が強く、確かに頭は良いかも知れんが周りを馬鹿だと思って見下すタイプに思える」


 王宮での会話をルシェラは回想する。

 イヴァーの評を否定するには至らなかった。


「それ以上は分からんな。

 何せこいつは表舞台に出てきたことが妙に少ないんだ。

 普通、領主の嫡男ってのはもうちょい経験を積まされるもんなんだが」

「いえ、充分です。ありがとうございます」


 ルシェラは小さく頭を振る。

 藪の中で髪に絡みついた蜘蛛の巣みたいに、ジュリアンのことが気がかりで頭から離れなかったけれど、ここでルシェラが気にしていても仕方が無い話ではあった。


 ひとまずはジュリアンが己の言葉通り、セトゥレウ側との平和的解決を成し遂げ、クグセ山にも平穏が戻ることを祈るだけだ。

 そしてあの、どこか不穏な空気の男と、もう関わらずに済むならそれでいい。


「ところで例の襲撃の件だが、あの嬢ちゃんは……」

「聞きました。モニカ殿下って人ですよね」

「聞いてたか」

「ゴーレムの出所は?」

「流石にまだ分かんねえけどよ……」


 イヴァーは苛立った様子で苦い溜息をつき、アイスクリームのコーンを噛み砕いた。


「一旦は冒険者ギルドが残骸ブツを回収したんだが、セトゥレウ王宮の預かりになった。王宮は事態を制御下に置きたいんだろう。相手次第じゃ公表の可否も手札になるからな。

 まあ冒険者ギルドは政治不介入だから『暗殺未遂として調査するんだ』と王宮が言うなら断れねえ。

 だが、王宮にゃ悪いがギルドに任せた方が真相究明は早えぞ」

「うーん……そっかあ……」

「もちろんギルドも記録取ってるから、それを手掛かりに調査を続けてるけどな。

 まあ、何か分かり次第連絡するわ」

「お願いします。何かあったらわたしの名前出していいので」

「ああ、んだな助かる。マルトガルズで便宜上資格取っただけの俺より、国内の一流パーティーのメンバーのが通り良いし」


 まあ今回の件に関しては、当事者であるルシェラとイヴァーは冒険者ギルドから情報を得る権利があると言えるだろうし、でなくてもイヴァーはどこからか情報を掴んでくるはず。

 ルシェラが援護射撃の矢を託したのは、あくまでも念のためだ。


 後は情報を待つだけだ。知識が必要な専門的分析は、ドラゴンの力でもどうにもならないのだから、これは然るべき機関に任せるしかない。


「それよりもまずは王様との話し合いか」

「ですね。

 ……正直、めっちゃ緊張してます」

「指輪とやらが一つで助かったかもな。

 話す相手は王様一人に絞れるだろ。変な横槍を入れられなくて済む」

「まあ、確かに……」


 気休めにはなった。


 ジゼルの指輪は今、王宮に預けている。宮廷魔術師たちがアレを調べた結果、王様に着けさせること自体は問題無いと判断したそうだが、調べてから会談までの間にすり替えられたら何にもならないので向こうに預けるという段取りになっている。

 これは王宮がルシェラを信用していないからではなく、事が事なので致し方ない。


 明日になれば、件の指輪を着けた王様とカファルが会談し、クグセ山の今後を決める。

 そして、主役はあくまでカファルであっても、ルシェラは場合によっては割って入らなければならない立場だ。


 いくら冒険者マネージャーとしての経験があるとは言え、一国の王宮を相手にしたことは無い。

 まして、その王宮の主と直接言葉を交わすなど。


「セトゥレウの王様ってどういう人か知ってます?」


 戦いを左右するのは情報だ。

 依頼クエストを受注するときは、どんな魔物と戦う可能性があるのか調べ、傾向と対策を練ることで、冒険者たちは生き延びる。

 人と人の交渉であろうと、それは同じ事だ。


「概ね世間の評判通りだと思うぜ。

 『全科目65点の王様』ってな」

「それ褒めてるの? けなしてるの?」

「さあ……俺なら褒め言葉として言うけどな。

 物腰柔らかな人格者って評判だが、つまりそりゃ、()()()()タイプってことだ。どこにでも居る人の良いオッサンみたいに思えても、油断すんなよ」

「もちろん」


 ルシェラは決意を固めていた。

 緊張は使命感の裏返し。きっと交渉事にかけては自分の方がカファルより経験あるのだから、いざという時は自分が守らなければならないと思っていた。


 そんなルシェラを見てイヴァーは、生暖かい表情で溜息をつく。


「……お前マジでさっきママに甘えてた時と顔が違えぞ」

「甘えてないし! あれはママが勝手に……」

「ちなみに親御さんの感想は」


 なお、カファルがルシェラを離さなかったので、ここまでの会話は全てルシェラがカファルの膝の上に座ったままで交わされている。


「かっこいい、るしぇらも、かわいい」

「そうかあ」

「うー……」


 自分のために頑張ろうとするルシェラが愛おしくてたまらない様子で、カファルは背後から頬ずりをかます。

 ルシェラはただ、されるがままだった。

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コミカライズ版
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書籍版
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― 新着の感想 ―
[良い点] >ここまでの会話 叙述トリック!
[良い点] ルシェラのカッコいい一面を見てさらにカファルの愛情はますます上がる [一言] こんな素敵な家族を脅かす存在は消さねばならぬ
[良い点]  親馬鹿なカファルさんも素敵ですよ。
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